第29話 冬野つぐみは知る

「なるほどなー。どうりで品子は夕飯の前にこの話をしたわけだ」


 リビングの机に置かれた資料を読みながら、ヒイラギはトイレの方を眺める。

 彼女は、冬野つぐみはトイレに行ったまま帰ってこない。

 真っ青な顔をしていた彼女はしばらく帰ってこないだろう。


 見慣れた自分達にとってはたいして驚くものでもない資料。

 彼女にとってはそうではないと、早く気づいてやればよかったかもしれない。


 だが、ヒイラギは人に気を配るのは得意ではない。

 そもそもここにある写真や資料は、それほど刺激的なものは無いのだから。

 品子が、ある程度は外しているのだろう。


 大まかに見る限りあるのは、ここ最近で行方不明になったと思われる人達の顔写真。

 そしてその人達が着ていた服、所持品の写真。

 どの写真にも共通しているのが、服にべったりと黒い染みがついていること。

 どの人も行方が分からなくなって数日後に、服と所持品だけが発見される。

 だがその本人がいないため、生死は不明ということになっているのだ。


 パラパラとめくる資料の中で、自分にも見覚えのある顔写真をヒイラギは目にする。

 千堂沙十美。

 彼女もその行方不明の一人だ。



◇◇◇◇◇



 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ちが悪い。

 吐き気が全く治まらない。


「ううっ」


 うなるような声を上げたつぐみの口から、また嫌な臭いの液体が出ていった。

 トイレの壁に手をついているのに、世界がぐるぐると回っている。

 反対の手を床に置いても、頭をグラグラと揺さぶられているような感覚は消えようとしない。

 出したくもないのに流れる涙を、つぐみは止めることできない。

 この吐き気に対してなのか、彼女の写真を見てしまったことからなのか解らない。

 沙十美は。


 ――彼女は今、つぐみの手の届かない場所にいる。

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