第287話 冬野つぐみは答える
「僕が言っていることは分かるね。ごまかしやとぼけようなんて考えはないとは思うが……」
つぐみを見る里希の鋭い視線は、答えを出すまで決して逃がしはしないと語っている。
だがつぐみとて逃げるつもりなど全くない。
幸いというべきか。
今の言葉でつぐみは答えるべきヒントは得ている。
後は
組み立て、積み上げろ。
そうして出した答えをつぐみは口にする。
「確証はありませんでした。ですがあの男との会話の中で、私に対して発動で風を送って来たことに違和感を覚えました。敵である男に対し、わざわざ弱い力しか出せないことを見せる必要があるのか? それを考えてみると『あえてこの力しか出せない』と見せるためだったのではないかと」
「ふん、判断力は悪くないね。だがその後の君の動きは、褒められたものではないのだけれど」
危機的な状況。
とっさのことだったとはいえ確かに他にも方法があったのは間違いない。
その気まずさもあり、つぐみはうつむきながら言葉を続ける。
「男が油断、あるいは気を逸らした時点で蛯名様が発動を行うのだろう。あの風はその隙を作り出すようにというメッセージだと私は理解しました。あとはどのタイミングで、それを実行するのかということだけ」
当初は男に何か話しかけて動揺を誘うなり、転倒するふりでもして自分に注意を向けようと考えていた。
「ですが状況は、蛯名様が落ちるしかないというところまできていました。もはや
「そこまではいいだろう。だがその後の行動だ。なぜ、あそこまでする必要があった? そこに至った君の考えを聞きたい」
その言葉につぐみは里希を見つめる。
「あの男は私を銃で狙うことはあっても、蛯名様を最後まで撃とうとしませんでした。これは落下をさせようとしている蛯名様に、銃創があってはまずいとの判断をしたからだと考えました」
男の依頼主は里希が『不慮の事故』で落ちたことにしたいのだ。
銃で撃たれた跡があれば、そこから疑惑が広がり、依頼主の望む『不慮の事故』が成立しなくなる。
疑いがかけられるリスクが起こるのを、依頼主は良しとしないだろう。
「男は蛯名様と依頼主をいまだ天秤にかけており、どちらにつくかを計りかねている。つまりは蛯名様の襲撃を諦めていないのだと判断しました」
発動が使えなくなるという装置を使った時、男は笑っていた。
自らの勝利を確信した笑み。
つまりあの瞬間に依頼主を取ると決めたということ。
「恐らくあの男は例の装置が効かなければ蛯名様に、そうでなければ依頼主につこうと考えていたのでしょう」
「結果、装置は見事に作動。僕を殺して依頼主の元に行くはずだった。だが君の予想外の行動によりそれは阻止されて、彼はここから落ちることになった」
里希の言葉を聞きながら、つぐみは再び崖の方へと向かって行く。
踏みしめた足元には彼の発動により
あえてその上を歩いていく。
踏みしめた土は、当然ながらでこぼことしておりとても歩きづらい。
それはこの戦いが
先程の里希からの言葉。
『……浜尾さん。彼は十年間、僕の護衛を務めてくれている』
そしてこの周りの状況。
導き出される情報でつぐみはいくつかの仮説を立てていく。
「君の考えは理解した。冬野君の観察力、理解力は資料通りに実に優秀だということは見て取れたよ。……だがね」
その言葉に振り返れば、彼は小さく浮かべた笑みと共に宣言する。
「判断力、行動力において君は僕の望むレベルにまで達していない。非常に残念ではあるのだが……」
「蛯名様、私からも一つ、お尋ねしてよろしいでしょうか?」
上に立つ存在である里希の言葉をさえぎるなど、礼を失する行為だと分かっている。
だがこれから彼の口から出る答えは『つぐみを不合格にする』というものだ。
ならば自分は抗う。
判断力と行動力が伴っていないと言うのであれば。
「蛯名様。いつから
――今から自分はそれを、覆してみせる。
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