第185話 井出明日人は提案する

「という訳でですね~。つぐみさんの能力がどんなものなのかは、さとみちゃんが起きてから。つまり明日以降に再確認ということですかね?」


 のんびりとした口調で、明日人が皆を見渡しながら問いかけている。

 いつも通りの雰囲気に戻ったことにつぐみはほっとする。

 同じく緊張を緩めたであろう惟之が、明日人に答えていく。


「そうだな、では一度リビングに……」

「はいはーい! 僕からもう一件、提案がありまーす!」


 明日人が、まっすぐに腕を上げて話を始める。


「つぐみさんを白日に所属させて下さーい! これが僕からの提案です」


 相変わらずにこにこと話しているが、本人以外は全く予想していなかった提案につぐみも含めて、誰も何も言わない。

 明日人はつぐみの方を向き、にこりと笑って問いかけて来る。


「ちなみにつぐみさん本人は、この提案どう思う? 本人の意見を聞きたいな」

「え、私が、……白日にですか?」


 あまりに意外な提案に驚いていると、品子が明日人へと再び厳しい視線を向ける。


「明日人、今日は一体どうしたんだ? 君の意図が全く分からないんだが」

「あぁ、紛らわしい言い方でしたか? もちろん、つぐみさんの能力は隠したままでですよ。つぐみさんは表向きは発動者ではないのですから、事務方じむかたとして所属すればいいと思うんです。今だって上の人達には、品子さんの書類等の整理で勤務先の学生を使っている。そう報告を入れているのでしょう? それだったら、彼女はとても有能だ。なのでこのまま自分の補佐として、白日に所属させたいという事で申告すればいい。十分な理由として、通るのではないですか?」

「なるほどな、確かにそうかもしれないが……」


 惟之の言葉に、明日人は嬉しそうにぱちりと手を合わせる。


「そうですよ! 別に白日にだって発動者じゃなくても、所属している人間はたくさんいるわけですから。惟之さんの所の出雲さんなんて、その最たる例ではないですか」

「まぁ、確かに出雲は発動者ではないが。……なぁ、急にどうしたんだ明日人? 品子ではないが、今日は何だかお前さんが、いつもと違いすぎてなぁ。こちらとしては、調子が狂うんだが……」


 かなり困惑したの惟之の問いかけ。

 それを機に、明日人は笑顔を消し目を閉じそのまま黙りこむ。

 何事か考えている様子を見て品子が、明日人へと声を掛ける。


「明日人? 一体どうし……」

「なぜつぐみさんを白日にという理由ですね。それは今後、つぐみさんが危険な目に遭う可能性がゼロではないからです」


 品子の言葉を途中で遮り、明日人は言葉を発する。


「奥戸の件もそうですし、先日の倉庫の件もあります。そして彼女に何かあった際のことを、考えてほしいのです」


 明日人は目を開き、話を続けていく。


「組織の関係者では無いつぐみさんを、僕がその場にいたとしても治療を施すことが出来ません。そう考えての提案です。僕はもう、あんなもどかしい思いをするのはごめんです。……ご理解いただけましたか?」

 

 ゆっくりとした口調ながらも、強い意志を感じられる提案に品子達は何も言えない様子だ。


 つぐみは倉庫の一件での、連太郎の言葉を思い出す。

 治療班は、自分の組織以外の人間を治療すると罰せられる。

 倉庫に駆け付け、傷だらけのつぐみを見た明日人は自分に対しずっと謝り続けていた。


 出来ることが出来なかった。

 どれだけもどかしく、苦しかったことだろう。

 改めて知る彼の気持ちに、つぐみも品子達と同様に言葉が出て来ない。


「ん~、少し険しい雰囲気となってしまいましたね。皆さん顔が暗ーい! はいはい! きちんと顔をあげてくださいよ。それで、僕の提案は受け入れてもらえるのですか?」


 ぱんぱんと手を叩きながら、明日人が皆に話すのを聞き、惟之が口を開く。


「そうだな。発動の力を隠してということならば、俺はその提案には賛成するよ。……品子、お前は?」

「……わかったよ。明日人の提案に私も乗ろう。だが、まずは本人の確認が最優先だ。冬野君、君はどうなんだい?」


 品子がつぐみを見つめてくる。

 まっすぐにその視線を受け止め、つぐみは思い返す。


 品子は覚えているだろうか。

 黒い水の事件で、全てが終わった後のことを。

 あのビルの一室で、二人きりで話したときの約束。

 自分がもし相応しい成長をしていたら。

 その時は連れて行って欲しいと、一緒にいきたいと。

 ――つぐみはその時、そう強く願ったのだ。


「私ですか? ……先生、私は約束にふさわしい人間になれていますか? もし、そうであるのならば私を白日に、皆さんのそばにいさせて欲しいです。……一緒に、いきたいのです」


 願いが伝わりますように。

 約束を覚えていてくれますように。


 思いを込め見つめ返した品子は、つぐみの言葉を、約束を。

 反芻はんすうしているかのように少しだけうつむく。

 そして再び顔を上げると嬉しそうな、それでいて少しだけ不安そうな顔をつぐみに見せる。


「約束は守れているよ。少し急ぎ過ぎている位にね。では私から君に伝える言葉はこうかな」


 一呼吸おいてから、品子はつぐみに手を差し伸べて笑顔で告げる。


「ようこそ、白日へ。冬野つぐみ君。私と一緒に来てくれるかい?」

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