第184話 井出明日人は説得する
「な! 靭さんに先生? どうして、お二人がここに?」
突然の二人の登場に、つぐみは言葉を詰まらせる。
これはつまり明日人との会話が、聞かれていたということではないか。
なにより、どうして二人がここにいるのだ。
驚くつぐみを見つめ、惟之が慌てた様子で部屋へと入って来る。
「えぇと、つまり何だ。……これはだね、冬野君」
たどたどしい口調で惟之は話し始める。
「盗み聞きのようなことになり、すまないと思っている。だが何だか君の様子が変だということを、俺も品子も気になってしまっていてだね。そんな矢先に明日人が真剣な顔をして、君の部屋に向かっていくのが見えたものだから」
「……だから、鷹の目を使おうって言ったじゃないか」
厳しい表情を変えることなく、品子はつぐみを見つめている。
「いや、でもあそこにはヒイラギもシヤもいたから。何となくそのまま明日人を追って、ついていってしまったというか……」
動揺している惟之とは正反対に、冷静な態度を崩さず品子が口を開く。
「明日人。君は惟之と私がついてくると、分かっていたんじゃないのかい? いや。あえて私達がここで話を聞くように、誘導したんじゃないか?」
抑揚のない口調で品子は明日人に尋ねる。
一方の明日人は、品子を見つめてふわりと微笑んだ。
「いやだなぁ。そんな器用なことを、僕が出来るわけないじゃないですか~」
まさに「しれっと」という言葉がふさわしい様子。
先程までの明日人の行動は、計画的なものだったのだろうか。
だがそうなると明日人の意図は一体、何だろう。
そう考えるつぐみの耳に、品子の鋭い声が届く。
「つまり明日人としては、冬野君が発動者になるのを認めろと?」
「そこまで言うつもりはありません。どちらかといえば僕も、彼女がこちら側の人間になるのは反対ですから。でも二人とも、彼女の気持ちを聞いていたでしょう? 本人の気持ちを
先程までの笑みを顔から消し、明日人は続ける。
「品子さんとしては白日の上の人達に彼女の能力を知られ、利用されることを
「あぁ、そうだよ。先程も君が冬野君にそう言っていたではないか」
「だったらとりあえずは、そんなに心配しなくてもいいのではないですか? 基本的にさとみちゃんが、つぐみさんの中に入らなければ変化は起こらない。だったら必要時だけ、それを行うようにすればいい。あと、惟之さんに聞きたいのですが。さとみちゃんからは、発動者の気配を確認が出来ないと言っていましたよね?」
突然に話を振られ、惟之は慌てて視線を明日人へと向ける。
「あ、あぁ。そうなんだ。さとみちゃんは、俺の鷹の目に反応しなかった。その時に、さとみちゃんのそばにいた品子の気配は捉えていたんだ。だから俺の発動が失敗していた訳ではなかったはずだ」
「先日のつぐみさんの変化の際も、惟之さんは鷹の目を使っていましたよね? その時はどうだったのですか?」
「……やはり分からなかったよ。あの部屋にいたお前たちの気配は、しっかりと確認出来ていたんだがね」
明日人はその言葉に、考えこむ様子を見せる。
すやすやと眠り続けるさとみの頭をなでながら、彼は口を開いた。
「理論は分かりませんが、さとみちゃんはどうやら特別な存在みたいですね。つまりは組織の動きに気を付けてさえいれば、つぐみさんの能力は隠し通せるのではないかと僕は考えます」
明日人の言葉に、思わずつぐみも続ける。
「あのっ! 私がその力を使う時に条件を決めて、行動するようにすればいいと思います。必ず靭さんか先生がそばにいる時のみに使う。そうすれば万が一の時には、先生が私を眠らせればいいですし、靭さんが一緒に居れば他の発動者の方の気配に気づいて下さるでしょうし!」
つぐみの言葉に対し、抑揚のない声で品子は続ける。
「……そもそもがその約束を、君が守るという保証がない。君は誰かが
品子に対し、何も言い返すことが出来ない。
確かにその状況になったら、何のためらいもなく自分は力を使うだろう。
「でも、
黙りこくったつぐみを見て、明日人は穏やかな口調で品子へと語り掛けている。
明日人の言葉に、品子は小さくうなずくとつぐみの隣へとやって来た。
つぐみの肩にそっと手を添えると、目を合わせ静かに語り出す。
「……確かにそうかもしれない。十分に私も理解はしているんだよ。今、私がこうして話しているのも君の為でもある。けれども私が。何より私自身が、君が傷つくかもしれない。場合によってはあの時の奥戸の事件のように、命にかかわることになるかもしれない。そうなるのが耐えられないんだ。もうそんなものは見たくないんだよ。……わかってる、これは私の
品子からのありのままの思い。
それを聞きながら自分の心にあるこの気持ちを。
今の思いをどう伝えるか、どう応えるかを考えていく。
――自分も品子と同じように、素直な気持ちを、願いを。
「先生は以前、私に言ってくれましたよね? 私の念いはとても強い。だから諦めてはいけないと。私は今、自分を信じ前を向いて皆と一緒に歩いて行きたいと考えています。確かに、今の私は頼りない存在です。でも少しずつですが、前に進めていると思うのです」
かつての自分であれば、最初の明日人の説得に応じて守られることを選んでいただろう。
そして守られるという幸せで穏やかな。
けれども、とても小さな世界で生きていたに違いない。
「自分で、私自身で進もうと思えている限り。私が諦めない限りはきっと成長できる、皆の力になれる存在になれると思うのです。いえ、なります! なってみせます! 私はこれから先、何があっても諦めません。失敗しようが何だろうが、上手くいくまでです。私は何度でも自分の足で立ち上がり、前へ歩いて行きます。だから先生には、それを見守ってほしいのです」
そう、自分は変わっていくのだ。
気持ちを奮い起こし、品子からの返事を待つ。
返答を決めあぐねているのか、品子はつぐみを見つめたまま何も言わない。
その様子を見守っていた惟之が、品子の隣へとやって来る。
「品子、お前が冬野君を大切に思うのは分かる。だが大切ならば、大切だからこそ。見守り導いてやることも、正しく動くことにつながるのではないかと俺は思う」
惟之の言葉に、思うところがあったのだろう。
その短いひとときに様々な感情が品子の目から、あるいは姿からこぼれ出してくるようだ。
苦しいとは違う、喜びとも違う。
複雑に混ざりあった表情を向けながら、品子はようやく口を開く。
「……考えていることが一緒なのに。相手には諦めなさいなんて言ったら、駄目だよね」
そう呟き、つぐみを優しく抱きしめてくる。
「諦めないのは大事、でも無理はしないで。大切なんだ、君のこと」
どれだけたくさんの思いを、この短い言葉に込めているのだろう。
品子からの言葉に胸の中に生まれてくる、この感情は喜びなのだろうか。
どうしたらこの気持ちを伝えられるだろう。
頭の中にはいくつかの言葉が浮かぶ。
でもそれらはどうしても、今の自分にはふさわしくないように思える。
そう答えを出したつぐみは、言葉の代わりに品子の肩に頭をのせたままうなずく。
今度は強くつぐみを抱きしめると、品子はぽつりと言葉を落とした。
「わかった。……私は、君がこちら側に来ることを認めるよ」
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