第117話 観測者
「あー、腕が疲れたぁ」
クラムは右腕をぐるぐると回す。
「ん〜、でもまぁそんなに体力は使ってないか。格下相手に少し力を出し過ぎたというのが、今回の反省点だね」
彼女には、もう少し自分がしでかした愚かな行為。
これをしっかりと後悔してもらってから、お休みしてもらうはずだったのに。
「それにしても、この人の発動は何だったんだろう? 戦った感じだと、髪の毛と爪に関係する発動者かなぁ?」
一度、彼女に問うてみたが、答えを聞くことなく今は物言わぬ存在と成り果てている。
終わったこととはいえ、気になりだすと心は落ち着かなくなるものだ。
ならば、問うてみればよいだけのこと。
なぜならきっとあいつは『みていた』だろうから。
空を仰ぎ、クラムは呼び掛けていく。
「いるんだろう?
「……はい、いますよ」
唐突に響く声。
それは勝手に見られていたという、決して気持ちよいのものではない状況でもあった。
やはりそうかと思うと同時に、この声だけの存在のことを考える。
クラムは、この人物の顔すら知らない。
意識を集中し周辺の気配を探るが、この辺りには自分の他に誰もいないことが確認できただけ。
そもそもこの人物はどこにいて、どうやって話しかけたり、言葉を聞き取っているのだ。
一瞬その考えがよぎるが、さして興味のない人物。
こちらの目的が果たせればそれで良い。
「見てたんなら、観戦料金を払えよ。この人の発動能力って何?」
「彼女ですか? えーとこの人はですね。……媒体が象ですね。汐田さんに使った発動は象牙を模した爪と髪の強化です。『女の髪の毛には大象も繋がる』って言葉があるんですが、女性の髪の毛で足を縛られた象のことわざなんですって。あと、象って牙で地面を掘るじゃないですか? あれって象が木の根を食べるからなんですよ」
楽し気に語る相手へと、クラムは言葉を返す。
「ふ〜ん、博識なのは結構だけど、別に要らない情報も入ってるなぁ。象牙だけあって、攻撃も
「ふふ、受けてみたら楽しかったかもしれませんよ」
茶化すような口調の相手に、とりあえずは礼を述べておく。
「情報ありがと。ついでに処理班に、この象の女の人とそこの男を片付けるように言っといて。理由は、僕の印がある人に手を出したことによる
「えー、自分でやりましょうよ。それ位」
声を聞いている限り、自身とそれほど離れた年ではなさそうだともクラムは感じる。
『観測者』
おそらくは、上級発動者だと認識している。
性別は、声を聞く限り男だ。
彼の仕事は、発動者達の仕事の様子を上層部に報告すること。
こうして声は聞くのだが、姿を見たことは一度もない。
上級発動者であるクラムにも、彼の情報が手に入らないのだ。
つまりは自分と同等、あるいはそれ以上の存在だということ。
別にこの人物に対し興味もなく、どう観察されようが今までは何とも思わなかったのだが。
「ところで汐田さん。その印の人の件ですが」
……やはり来たか。
内心で舌打ちをしながら、クラムは相手からの言葉を待つ。
「殺されたこの人は、ちょっと可哀想でしたね。あんなに分かりづらい所に印を付けてたら、気づかなくても仕方がないでしょうに」
「だったら、
「あ、ばれちゃいました?」
「そんな棒読みで言ってたら誰だってわかるさ。……あと処理班には自分で連絡するよ。教えてくれてありがと」
クラムは目を閉じて、ポケットの中のスマホの感触を確かめる振りをする。
同時に再び意識を集中させ、辺りを探知していく。
だが、現状において自分の攻撃が届く範囲内に人はいない。
つまりは観測者を片付けるのは、今の自分には無理だということだ。
諦めて目を開くと、観測者からの声が響く。
「観戦料金には、
「まぁね、もう次の観察対象を見つけて来なよ。僕の観察は十分に楽しんだろう?」
「んー、そうですね。それなりに楽しませてもらいました。では最後に一つ質問を」
「何? 手短にしてね」
「見つけにくい所に印を施したということ。これは、落月の他の発動者にその人の存在を知られたくないからなのですか?」
訂正だ。
何とも思ってないはやめる。
自分はこいつが嫌いだ。
小さく息を吐き、クラムは言葉を出す。
「……僕も聞いていい? お前って何? 名前は? 性別は? どんな発動能力を持ってるの?」
「おや、そんなにたくさん聞かれても困りますね」
「だったらお前も僕に聞くなよ。自分だけ聞いておいて答えないんじゃ納得いかないね。それに……」
先程の発言に、クラムは問わずにはいられない。
「どうしてお前が、分かりづらい所に僕が印をつけたのを知っている? お前はいつから僕を見ていたんだ?」
しばしの沈黙。
その後にクラムの耳に届いたのは、くすくすという笑い声。
「おっと、どうやら怒らせてしまったようですね。これ以上はお互いによろしくない気がします。……それでは」
声を聞いたとき同様、突然に存在が消えた。
現れた時も、姿を消す時も全く気配を感じない。
クラムが発動者の気配に気づきにくいタイプということもあるのだが。
しかし、今回の件が観測者から上層部に報告されたら。
少々、面倒臭いことになるかもしれない。
この原因となった彼女には、もう少し自重してほしいものだ。
おそらく今回の件で、大変に反省はしているだろうが。
「そもそも僕さ、他人に振り回されるのは好きではないんだよ。つぐみちゃん」
呟きながら左頬の傷に触れる。
チリチリとした痛みを感じながら、スマホを取り出すと処理班への通信コードの入力して空を仰ぐ。
夜に近づこうとする気配すら見せない、じんじんと突き上げてくるような熱気。
足元から来るそれを感じながら、クラムは連絡相手が出るのをただ待っていた。
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