第326話 靭惟之は赤面する
「
「あ! 緋山さんについては私からも話しておきたいことがある。さっきなんだけどさ」
緋山が
「あんな緋山さんの怖い顔を見たのが初めてだったから、すごく印象に残っててさ。普通に考えたら、十鳥さんに振り回されたから怒っていたっていうことになるんだろうけど」
品子の考えに、惟之は納得できないという顔を見せる。
「普段あれだけ温和な人だ。そんな態度を見せるほどの内容とは考えにくい。明日人、同じ四条として彼女のこの行動はどう思う?」
「……すみません。
惟之の望む答えが出せなかったという申し訳なさが、か細い声として表れてしまう。
そんな場の空気を変えようとした品子が、明日人へと問いかけてきた。
「ねぇ。さっき惟之が言っていた、緋山さんの危険な能力って何? 治療の他に彼女が持つ発動に気をつけろということなのかい?」
「あぁ、品子さんはご存じないのですね。緋山さんのもう一つの発動能力は『相手の嘘を見抜く』というものです」
明日人の言葉に品子の表情が曇っていく。
「それじゃあ、彼女の前では真実しか語れないということかい。確かにそいつは厄介な能力だな」
「えぇ。ですが常に発動しているわけではないですし、成立にはいくつか条件があると僕は聞いています」
「ん? 聞いている、ということは明日人は実際に発動を見たことがないってこと?」
「はい。実は少し前にその発動を受けそうになったのですが、その際には正直に答えたものですから」
「……彼女が生成した赤い液体が関連している、というところじゃないか?」
二人の話を聞いていた惟之が、会話へと入ってくる。
「その通りです。惟之さんはご存じなのですね」
「ご存じも何も、……さっき受けたからな」
「え? 受けたって……。えええっ!」
品子の驚いた声を聞きながら、惟之が部屋にやってきた姿を明日人は思い出す。
「随分と疲れた顔をしていると思っていましたが、それが理由でしたか」
「おいおい。それでお前、緋山さんに話してしまったのか?」
慌てた様子で問いかける品子へと、
「そうなっていたのならば最初に報告するさ。とはいえうまく乗り切りました、と断言はできないのだが」
どうしたわけか顔を赤く染めた惟之を、品子は不審そうな顔で見つめている。
「なんでお前が赤面しているんだよ。治療で何があったってのさ」
「治療の間に話をされた。その際に発動を使われ、真実のみを語らざるを得なかった。だからその会話内においてはありのままを話した。……それだけだ」
ごまかされているのは分かるものの、あの惟之がたやすく緋山に大切な情報を漏らすとは思えない。
何か自分達に。
……いや、品子に聞かれたくない話があったのではないか。
そう推測をしながら、明日人は二人を見つめる。
「とにかく、二人とも今後の行動は気を付けてほしい。あともう一つ、これは全く違う話になるのだが」
真剣な表情に戻った惟之に、明日人と品子は顔を見合わせる。
「最近、お前達の周辺で組織に関しておかしな話を聞いたりしていないか? 例えば最近になって見なくなった人がいるとか、変な噂を聞いたとか」
「うーん、私は特にないな。なにせ
気まずそうに品子が答えていく。
『
「いや、だからこそ聞きたいんだ。以前に比べて何か違和感などはなかったか?」
「そうだなぁ。うーん、しいて言えばだけれどさ」
目を閉じ、品子は記憶をたどりはじめていく。
「人が少ないな、とは思った。でもそれは今、延期になっている『祓い』で待機して本部に来ない人がいるからなんだろう?」
「あぁ、それなら僕も少し前から思っていました。いつもなら誰かしらとすれ違うのに、ここ数日はめっきり人に会わなくなっているなぁと。確かに四条からは明らかに人が減っていますね」
二人の言葉に、考え込むような
「
「そんなことがありましたか。でしたら僕は、これから四条の人達の動向を見ておくことにしますね」
「助かる。ただその相手の所在の確認まではしなくていい。今の時点ではまだ疑わしいという段階でしかないんだ」
「わかりました。何かありましたら連絡を入れるようにします」
「あぁ、よろしく頼む。あともう一つ、
想定していない姉の名前を出され、明日人に動揺が走る。
「直接に彼女から聞いたわけではない。だが今までのお前に対する行動は、嫌ったり憎んだりといったのものではないはずなんだ。いや、そう思うというか……」
いつもの惟之らしからぬ歯切れの悪い口調に、不思議そうな表情を浮かべながらも品子が続けていく。
「うん、私もそれに対しては同意したい。真那さんはそんな感情で動くような人ではない。何か考えがあってのことだと思うんだよね」
「そうなんだ。だからお前は、真那さんをサポートしていきたいということを、もう少し彼女にも伝えてみてはどうだろうか? 言いにくいということであれば、行動をもって彼女の隣で支えていきたいという願いを表していくことも大切ではないかと思う」
真那に思いを伝える。
それは今までの自分が諦め、逃げていたものだ。
決して実現することはないと考えていた提案に、戸惑う明日人へと品子は穏やかな視線を向ける。
「惟之の言うとおりだね。当時と違って、二人とも大人になっている。きちんと話をすれば違うものも見えてくるんじゃないかなぁ」
「……僕の気持ち、伝えられるでしょうか? 大切な人に思いを正しく知ってもらうことが、まだ僕はうまく出来ないのに」
先程の品子に対する行動を思い返し、明日人は唇をかむ。
そんな自分を、惟之は優しい目で見つめてくる。
「まっすぐな思いは、例え言葉がつたなくても相手に響く。俺達のそばには、そんな女の子がいて、お前はそれを見てきたじゃないか」
その言葉に、品子が嬉しそうに大きくうなずいている。
「ふふっ。冬野君の言葉は確かにぎこちないものが多いかな。それなのになぜだろうね。あの子の言葉はとても温かくて、聞いてあげたい気持ちになるんだよな」
明日人にも覚えがある。
一条の面接の後に、彼女が自分へと掛けてくれた言葉がそうであったからだ。
『私はあなたを振り回します。でも決して握った手は離しませんから』
不器用だけれど、ただ正直な答えを彼女は自分へと向けてくれた。
あの時、伝えられた思いに自分の中で何かが芽生え、大きく心を揺り動かされたことは間違いない。
彼女からの言葉は、今も明日人の心に温かさと嬉しさを与え続けてくれているのだから。
自分もそうできるように。
静かに願いながら、明日人は思いを口にしてみる。
「確かにそうですね。今まで伝えられなかった思いを、僕も鶴海様に話してみたいです」
叶えられるのかはわからない。
けれども惟之達の表情を見る限り、自分の出した言葉は間違っていないようだ。
その答えを得た明日人は、穏やかな気持ちで二人へと笑ってみせるのだった。
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