第267話 井出明日人は憂う

つぐみの面接の間、彼は何をしていたのか。

ここからは時間が少し戻り、明日人の視点にての話となります。


――――――――――――――――――――


 明日人がエントランスで品子達と別れて十分が経過した。


 どうしてこんなことになっている。

 そんな思いを抱き、明日人は一条の管理地内の休憩スペースにいた。

 十数メートル離れた先にある応接室の扉を、明日人はただ睨み続ける。

 行われているつぐみの面接に、すぐにでも向かいたいのに入ることすら許されない。

 自分はただもどかしさを感じながら、ここで待つしか出来ないのだ。

 ままならぬ思いを抱え、明日人は先程までの自分の行動を思い返していく。

 

 惟之への説明を頼まれた明日人は、すぐに二条へと向かった。

 木津家で聞いていた通り彼は不在だったが、出雲いずもとは話が出来た為、彼女に惟之への説明を依頼しておく。

 そうして自分は取り急ぎ、面接が行われている応接室から一番近いこの場所へとたどり着いた。

 だが結局は、こうしてただ座っているだけだ。


 不思議そうに明日人を眺めながら一条の人達が通り過ぎていく。

 一条の管理地に四条である明日人が一人でいるのは、彼らにとって違和感があるだろう。

 だがそんなことは今の自分には知ったことではない。


 そんな余裕のなさが態度に出ているようで、明日人に話しかけてくる者はいない。

 今は普段のように穏やかさを装い接する自信がない。

 自分としては、近づかないでいてくれた方が好都合だ。

 うつむき目を閉じて、明日人はつぐみのことを思う。


 つぐみと一緒にいるのは品子だ。

 品子の能力の一つに記憶消去がある。

 不合格とみなされた時点で長である吉晴きはるの立会のもと、その場で記憶は消されることになる。


 あの部屋からつぐみが出てくる時、彼女はもう明日人のことは忘れているのだろうか。

 今この瞬間もここを通り過ぎていく一条の人達のように、自分に一切の感情も見せず去ってしまうのだろうか。

 先程からずっと、その考えが明日人の頭から離れようとしない。


 一条がつぐみを迎え入れる可能性は低い。

 仮に受け入れられたとしても、優しいあの子にとって一条はいるべき場所ではない。

 ならばむしろ記憶を失ったとしても、面接がうまく行かないほうが彼女の為になるではないか。


「いや、違う」


 こんな時ですら、自分の心を偽る自分に明日人の口から乾いた笑いと言葉がこぼれた。


『彼女の為』などではない。

 何よりも明日人自身がそう願っているのだ。


 一条あそこで彼女の心が壊されてしまうくらいなら。

 あの子の笑顔や優しさが一条に潰される位ならば、たとえ記憶が消えたとしても。

 自分のことを忘れてしまったとしても、その方がずっといいと思っているのだ。


 そう願う一方で、襲い来るのはじくりとした胸の痛み。

 彼女には自分のことを忘れてほしくない、そばで笑っていてほしい。

 矛盾した感情から来る思いを消し去ろうと、明日人は強く拳を握りしめていく。


 頭を振り、開かない扉を睨みつけながら考える。

 おそらく今回の面接が内密に変えられていたのは、自分たち三人が推薦状を出したことが原因だ。

 二条の惟之、三条の品子、そして四条の自分。

 各所属の上級発動者である三人が推したつぐみが不適格とみなされた場合。

 それは自分達に見る目が無かったと内外に知らせると同時に、見当外れな人物をよりによって三人もの上級発動者達が推薦したという状況が出来上がる。


 面接を断れば惟之が。

 今、明日人があの部屋に入れば自分が。

 面接を失敗すれば品子が。

 どう転んでも誰かしらに非があるように見せつけられる。

 そのように今回の件は作られているのだ。


 一条彼らの狙いは、こちらの失態を起こすことにより他の所属の力を弱め、一条の力をさらに強めることだろう。

 下らない力比べのために、無関係のつぐみが利用されるのだ。

 なんと愚かなことだと明日人は唇をかみしめる。


 だが、止めることができない自分はどうだ。

 上級発動者と名はあるものの、結局はこうしてふがいなくここにいることしかできないではないか。

 答えの出ない思考を繰り返している明日人の横を、一人の女性が通り過ぎる。

 真っ直ぐに背を伸ばし、肩先で揺れる髪をなびかせながら歩くその後ろ姿。

 自分以上に、ここに来る用件があるはずのない人物に思わず声をかける。


「待ってください! どうしてあなたがここに!」


 声が予想以上に大きく出てしまい、周りにいた人達が何事かと一斉に明日人を見る。

 だが女性は、明日人に話しかけられるのが不本意だと言わんばかりに全く振り返る様子もない。


 いつもならば、そのまま相手を見送ってしまっていただろう。

 そもそも声を掛けようなんて思いもしない。

 ――これまでの自分であればそうだった。


 だが今は違う。

 この状況を変えられるものがあるのならば。

 どんなものであろうが、どんな相手であろうが。

 たとえ相手にどれだけさげすまれているのを知っていようが……。


「お待ちください! ……鶴海つるみ様っ!」


 強き決意のもと、明日人は言葉を続けていく。


 みっともなかろうが構わない。

 すがりついてでも、自分はあの場所へたどり着いてやる。

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