第149話 十年前の昔話 その5

「どうしてここに人が! あなたは二条の靭さん? ……でも千里眼せんりがんだってここは分からないはずじゃ!」


 仁部が上ずった声で惟之を見て呟くのを、品子は呆然と見つめていた。


 千里眼、遠く離れた人や物を見る力。

 それが彼、靭惟之の持つ発動能力だ。


 だが仁部は、この場所は発動が感知されないと言っていたはずだ。 

 そしてそれ以上に品子を驚かせている事実。

 それは……。

 

「それにあなたは先だっての事件で、視力を失ったはずでは?」


 さすがに惟之が相手ということで、仁部も敬語で話をしている。

 惟之は十九歳という若さで上級発動者になった程の人物。

 そんな才能を持つ人間は、白日内でも数人しかいない。

 それを考えれば、その対応も当然のことだ。


「何だ? 俺ってそんなに有名人だったか。……まぁ、あれだ。ちょっと用事を片付けがてら、散歩に来たってところだ。ところで君の所属と階級を聞こうか?」

「あ、あの、俺はっ」

「少なくとも二条ではなさそうだね。俺は君に見覚えがない。……さて、そこのお嬢さんに早く帰るように連絡が来ているんだ。とりあえず事情を説明してもらえるかな?」


 惟之が仁部の方へ向かい歩みだすと、仁部はびくりとしながら後ずさる。


「これは、……俺は騙されていたんです。あの、ある人から、人出さんが中級選抜の際に俺が不合格になるよう不正をしたと言われたので」

「……だからこんな騒ぎを起こし、……たと?」

「はい。あ、あの靭さん、どうされたのですか?」


 仁部が動揺しながら惟之に声を掛けていく。

 品子が見上げた先にある惟之の顔は、苦しそうにゆがんでいる。


「せ、せんぱ……」


 品子が声を掛けるとほぼ同時に、惟之はその場にがくりと膝をつく。

 かろうじて両手を前に出し、そのまま倒れることだけは防いでいる。

 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、とぎれとぎれに彼は言葉を続けていく。


「ははっ、体力不足は否めないな。……もうすぐ、ここに二条の人間が、来るだろう。君は彼らに説明をする義務が、……あるよ」


 惟之はその場で片膝を立てた状態で座り直し、息を整えようとしている。

 その言葉を聞いた仁部の体が、わなわなと震えだす。


「そんな! だって、誰も来ないから。大丈夫だっていうから……」


 うつむきぶつぶつと呟いていた仁部だったが、突然に顔を上げる。


「嫌だ! こんなのはおかしいんだ!」


 そう叫び、小屋から飛び出していく。

 仁部はともかく、まずは惟之の様子を確認しなければ。

 そう思うのに、まだ品子の体は動かすことが出来ないでいた。


「先輩っ! 大丈夫ですか? でも、もうすぐ二条の方が来ますよね? その方に早く連れて行ってもらって治療を!」

「二条は、……というか誰も来ない。ついでに言えば、俺のこの状態は反動だ。治療の必要はない」


 呼吸が落ち着いてきたようで、惟之の口調が普段通りになりつつある。


「お前は動けない。俺も反動が来て動けないと彼が知ったら、危険な行動に出るのではないか。そう思いとっさに嘘をついた。結果的に彼が出て行ったのでまぁ、正解だったな。それで、今のお前の状態はどうだ?」

「すみません。相手の発動で体の自由が利きません。こうやって話すことは出来るのですが。……この場所では発動が使えないし、感知もされないと言ってました」


 品子は疑問を惟之へとぶつける。


「先輩、どうして感知できないこの場所が分かったのですか?」

「感知できなかったからだよ。千里眼、……いやもうそこまでの力は無いな。とにかくこの場所だけがおかしい反応をしていた。だからちょっと見に来たという訳だ」


『ちょっと』どころではない。

 反動が出る程に、彼は無理をしてここまで来たのだ。


「俺が動けるようになるまで少し時間が掛かる。それまでにお前が動けるようになればよし。そうでなければもう少しここで待つことになる。……退屈しのぎに、話でもして待つか?」


 そう尋ねる惟之に品子は口を開く。


「聞きたいことがありすぎですよ。まずは、先輩の目は今、どうなっているのですか?」

「どうなってると言われてもな。現状の説明からすれば視力は、どうやら両目が見えているみたいだ。右目も瞼を開くことが出来ている。だが、発動については、まだよく分からない……」


 自分の右目の瞼に触れながら、惟之は続ける。


「右目の視力の回復と瞼が開くようになった件については。……俺自身にもうまく説明は出来ない。ただ、いつも以上に発動の力を集中して使ったことが、関係しているのかもしれない」


 発動をすることによって、視力が回復したということだろうか?

 だが現に彼は、品子と目を合わせ話しているのだ。

 目は見えているのは間違いないのだろう。


「先輩はこの場所のことはご存知でしたか? 私は発動を感知できなくなるこんな場所が、本部内にあるなんて把握していませんでしたが」

「その辺りの話については、少々デリケートな問題になるだろうな。ここは一条の管轄のようだ」

「ということは彼は、一条所属でしょうか?」

「断定は出来ない。さらに言えば、発動が使えない場所があるなんて俺も知らなかった。一条としては、ここにそんな場所があるというのは隠しておきたいだろう。だから俺達がここに居るのも、まずいことになるのかもしれない」


 苦々しく笑ったあと、惟之は真顔になり続ける。


「ここを出たら俺達はお前の家に戻り、今回の説明をすることになるだろう。それからは上の人達が互いに話をすることになるはずだ。俺達はその話し合いの結果に従うのだと思う」

「つまりは一条と三条の話し合いということですか?」

「そこに俺が入ると二条も、ということになるかもな」

「……すみません。私のせいで先輩にまで迷惑が掛かってしまいました」

「それに関しては俺も二条に許可を取らずにここに来ているからなぁ。まぁ、俺は自業自得でいいんじゃないのか。……さて、体が動いてくれそうだ。お前は?」


 惟之は立ち上がり、品子へと目を向けた。

 小さくうなずき、品子は体に力を入れてみる。

 何とか動くことが出来そうだ。


「大丈夫みたいです。本当にありがとうございました。先輩が来てくれなかったら、今頃どこかの山に身投げさせられていたみたいですから」


 今更ながらに、惟之が来なかった時のことを想像すると品子の背中に寒気が走る。


 小屋を出る前に外の様子をうかがいながらそっと扉を開ける。

 幸い誰もいないようだ。

 ゆっくりと扉を開け、互いにうなずくと二人は外へと歩き出した。

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