第139話 人出品子は願う

「お、おはようございます。皆さん」


 品子達を見渡し、まずつぐみが最初に発した言葉だ。


(何だろう、彼女らしくてほっとする)


 相変わらずきょろきょろとしているつぐみに、品子は説明をする。


「ヒイラギは別室で検査を受けているよ。千堂君は、……室の元へ帰っていったよ」


 それでもまだ何かを探しているつぐみの様子に、惟之が尋ねる。


「冬野君? 何をしているんだい?」

「あ、あのさとみちゃんを……」

「あ、あぁ千堂君なら」

「いえ、沙十美ではなくてさとみちゃんを」


 この会話を二回ほど繰り返し、ようやく品子達はつぐみからヒイラギの心の中で起きた出来事を聞くことが出来た。


「それでそのさとみちゃんがここにいないかと探していた訳だ」

「はい。でもいない、……みたいですね」


 寂しそうにしているつぐみを眺めながら、沙十美が言っていた言葉を思い返す。

 つまりそれは小さなさとみを、つぐみ自身に受け入れることだったのだ。

 さとみが現れなかったのは、つぐみに受け入れる条件が合わなかったからなのだろうか。

 現状において、受け入れていた室とヒイラギは発動者だ。

 一般人のつぐみは黒い水を摂取していたとはいえ、やはり受け入れるという器にはなりきれなかったということなのだろうか。

 あるいはそのさとみ自身が、そのまま消えることを望んだということも考えられる。


 いずれにしても、品子達はヒイラギを目覚めさせることが出来た。

 おそらくだが明日にでもヒイラギは、退院出来るのではないだろうか。

 そうなれば、いろいろと準備をする必要がある。


「冬野君、私はヒイラギの退院に向けて準備をしたいので、今から木津家に戻る。君はどうする?」

「あ、そうですね。私も一緒に帰ります。ヒイラギ君が帰ってくるなら、私もそろそろ木津家を出る準備もしないといけないですし」

「君が良いと言うのなら、しばらくは滞在してもらった方がありがたいのだが。ヒイラギも回復するのに時間がかかるかもしれない。そうなると人が多いほうが何かと助かるし」

「確かにそうですね。……では、あと数日の間はお世話になってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、助かる。こちらこそお願いするよ。惟之、お前はどうする?」

「俺はもう少しここにいるよ。ヒイラギとも話がしたいからな」

「あ、それでは靭さん。もし白い服の小学生くらいの女の子が、ここに現れたら……」

「わかってるよ、すぐに連絡する」

「はい、宜しくお願いします。本当にすみません」


 つぐみは惟之に何度も頭を下げると、品子と一緒に病室を出る。

 並んで歩くつぐみの表情は、ヒイラギを救い出した喜びの表情とは言いがたい。

 疲れもあるだろうが、そのさとみが来なかった件で気落ちしているのは明らかだ。

 何か自分に出来ることは無いのだろうかと品子は考える。


「冬野君、えーとまずは。……ヒイラギを助け出してくれて本当にありがとう。これは君でなければ、いや君と千堂君がいなければ決して叶わなかっただろう。私達だけでは到底、無理だったろう」


 とにかく元気づけたい一心で話しかけた為、随分と変な話し方になってしまった。 

 品子のそんな言葉にも、つぐみは優しく微笑み返してくれる。

 だが、その目にはまだ悲しみが残されているのだ。


「君は今、悲しいのかい?」


 どうしたら彼女の力になれるのだろう。

 そう考えていたにも関わらず、自分の口から出た言葉に、なにより品子自身が驚く。


「いえ、そんなことはないのです! こうしてヒイラギ君は起きてくれました。さらに言えば、もう二度と会えないと思っていた沙十美に会うことも、話すことも出来ました。これは、私にとっては奇跡だと言ってもいい出来事で……」


 そんな言葉に対して、つぐみは慌てながら答える。

 

「……色々な、本当に色々なことがこの短い期間に私に起こりました。良い事も悪い事もたくさんありました。でも今までは、そのことについて後悔はありませんでした。むしろこうやって、先生や他の皆に会えたことに感謝することのほうが多いくらいですし」


 彼女は自分の言葉を噛みしめるように、品子に語り続ける。


「なのに、さとみちゃんのことは考えてしまうのです。彼女が消えてしまったのは、私の責任ではないのだろうかと。ヒイラギ君を目覚めさせたいという私の思いが、彼女の存在を否定してしまったのではないかと」


(――あぁ。いつもの優しい、君らしい考えだね)


 自分以外の人のことばかりを思う、優しいつぐみの気持ちに触れ品子は口を開く。

 

「どうして諦めてしまっているんだい? 消えてしまったって、それは決まったものなのかな?」


 品子は問い続ける。


「まだ君の元へ向かっている途中かもしれないんだろう? 君がそんな気持ちでいたら、さとみちゃんも君に辿り着けなくなるんじゃないのかい? 前にも言ったけど君の念いは本当に強い、そして優しいんだ。だからその念いを、彼女がそりゃもう君の元へ来ずにはいられないって位に持ち続ければ良いじゃないか」


 つぐみはじっと品子を見つめている。


「私は。……いや私達は、もっと君に自分自身を大切にして信じて欲しいんだ。君が私達に対して思うのと同じ位に。もっと君自身の念いの力を信じてほしいと願っている。君が諦めない限り、さとみちゃんはきっと来てくれると私は思うね。君はどうなんだい?」


 少し前までは品子もつぐみと同じように、さとみは消えたと思っていた。

 だが、つぐみの気持ちの強さがあれば。

 それは変えられるかもしれないと、品子は思うのだ。

 現にこの子は決して諦めることなく、ヒイラギを導いてくれたではないか。

 つぐみは足を止めると、震える声で品子に思いを伝えて来る。


「私っ、私は。……彼女に約束しました。待ってると。ずっと待っていると。約束したのに守ろうとしてませんね。今の私は」

「ささやかな力だろうが私も願うよ。君の元へさとみちゃんが来てくれるように」


 品子を見上げたつぐみの顔。

 それを見た品子は嬉しくなり笑った後、いつものようにつぐみの頭を撫でる。


「さてと、答えが出たところで行動開始だね。まずは、そうだな。夕飯の買い出しだ。今日は贅沢にいこうじゃないか。シヤがびっくりするような豪華な食材でいこう! 何なら私が作っ……」

「任せてください! いつも以上にはりきって、美味しいものを作ってみせます!」


 被せるように笑いながらつぐみが言う。


「ちぇー、ちょっと残念だけど。……まぁ、いいか」


 同じように品子も笑い、思うのだ。


 ――あんないい笑顔を見せられたら、私は何も言えないや。

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