第244話 笹の葉は如何様に揺れるのか その3

「さてさて! 織姫様の所へレッツゴーですよ! 私にしては順調に進んでいますよね。ふふっ」


 ヒイラギの隣でつぐみは、嬉しそうにくるくると回りながら歩いている。

 確かに惟之が説得に応じてくれたので、後は織姫だけだ。


 そんなヒイラギ達の前に大きな沼が姿を見せる。

 かなりの大きさの沼だ。

 迂回するとなると時間が掛かるが、他に道がない以上は仕方がない。

 だが黒々とした水をたたえたその沼に、つぐみは近づいていくではないか。


「おい、冬野。危ないから迂回しよう」

「そうなんですが、そうしていたらかなり時間が掛かってしまうのです。この沼を真っ直ぐに突き抜ければ、早く着きます!」

「それはそうだが、船でもあるのか? さすがに泳ぐなんてのはごめんだぞ」


 かなづちではないが、こんな色の沼をヒイラギは泳ぎたくない。


「大丈夫です。こんな時のために女神様にお願いするのですよ」


 にこりと笑って言ったつぐみにヒイラギは言葉を失う。

 いくら夢だからって女神様はない。

 呆然としているヒイラギに構わず彼女は沼にさらに近寄り、ごそごそと自分の服をまさぐると何かを取り出した。


「じゃじゃーん! 女神様召喚アイテム~! これをこの沼の中心にですね、えいやっと投げ込めば女神様が助けてくれるのです!」


 その手に握られていたものは、黒縁の眼鏡。

 これは女神と眼鏡をかけてあるダジャレであろうか。

 そんなヒイラギの考えなど知らず、つぐみは嬉しそうに眼鏡を握った方の腕をぐるぐると回し、「えいっ」と掛け声を上げて、手に持ったそれを放り投げた。


 だがつぐみが投げた眼鏡は沼の中央から外れ、ヒイラギ達のわずか三mほど先の場所にポチャリと落ちるとやがて沈んでいく。


「あ、あれ。間違えちゃいました。私の予想では真ん中の部分にポチャリと落ちて、そこから女神様がぐわーって登場のはずだったのですが」


 しょんぼりとしているつぐみの姿を眺めながら、ヒイラギはため息をつく。


「間違えたんならしょうがないだろ。さぁ、時間がないならさっさと先に進まなきゃ、……ってえぇ!」


 なんとその眼鏡が沈んだところからブクブクと泡が出て来たかと思うと、水の上に人の姿が現れたのだ。

 

「あぁ、女神様! お待ちしておりました」


 水際ぎりぎりまで近寄り、つぐみが嬉しそうにその『女神様』に話しかけている。


「……おい、冬野」


 わかってたよ、何となくは分かっていたよ。

 誰か知ってるやつが来るんだろうなぁって。

 黒い水の時点で気付くべきだった。

 そんなヒイラギの思いは全く受け入れられることもなく、その女神は胸の前に両手を掲げ手のひらを静かに上に向ける。

 その上に何か光輝く小さな物体が二つ現れた。

 

「あなたが落としたのはこの金の眼鏡ですか? それとも銀の……」

「ちょっと待てや! おい! どういうつもりだ! 千堂せんどう沙十美さとみっ!」


 水の上でぷかぷかと浮いているのは、つぐみの親友である千堂沙十美であった。

 女神の衣装に一応は気をつかってなのだろう。

 以前に会った時のワンピースと違い、今日はレースが施された黒のロングドレスをまとっている。


「そもそもこの夢のコンセプトは七夕だろう? 急に金の斧、銀の斧をぶち込まれても戸惑うんだが……」


 ヒイラギの言葉に沙十美は少し考えこむ様子を見せた。


「なるほど、そのまますぎるのも面白くない。ヒイラギ君はそう言いたいわけね!」

「いや違うし! お願いだから人の話を聞いてくれ!」

「オッケーよ! そんなワガママ男子高校生にも対応できるのが女神の力ってもんよ!」

「うわぁ、凄いね! さすがは沙十美! かっこいいっ!」

「……おい冬野。お前、今『沙十美』って言っちゃっていたからな」


 そんなツッコミも届かず、つぐみ達はキャッキャと楽しそうにしている。


「さて、仕切り直しね。ではあなたが落としたのは」


 そう言って沙十美はしゃがみ込むと沼の中に手を入れ何やらごそごそとしている。

 ヒイラギはその動きに嫌な胸騒ぎを覚える。

 ざばっ! と大き目な水しぶきの音が二回。

 見たくないと本能が察し、思わずヒイラギは目を閉じる。


「うわぁ! 沙十っ、……女神さま凄いっ! こんなことも出来るのですね」

「ふふん、私にかかればざっとこんなもんよ」

「さすが私の親友。もう大好き!」

「やーねー、もぅつぐみったら。褒めても何も出ないんだからね! うふふっ」

「……駄目だ。こいつら放っておいたら、ずっとこのままだ」


 ヒイラギは諦めて目を開く。


「あ、ヒイラギ君。こっち見たわね! あなたが落としたのは金の奥戸おくとですか? それとも銀のおく……」

「いや、もはやちょっとではなくずっと待て! 何でそうなるんだよ!」

「「やあ、久しぶりだね」」


 ハモって聞こえる二つの声に、ヒイラギには果てしない脱力感が生まれる。 

 目の前には、片手ずつで奥戸の頭を鷲掴わしづかみした沙十美の姿があった。

 その掴まれた奥戸は片方は金色、もう片方は銀色に全身を染めている。


 ヒイラギの頭の中で、「千堂、お前すごい力持ちだな」、「その奥戸はボディペイントなのか」というツッコミが浮かぶものの、脱力感によりそれを口から出すことが出来ない。

 そもそも奥戸はこの沙十美を誘拐した犯人なのだ。

 そんな人物がその相手に頭を鷲掴みされてるってどうなんだ。

 そんな思いがよぎり、黙ってしまった自分に奥戸が声を掛けて来る。


「「ふふふ、少年。驚いて声も出ないようですね。これぞ水も滴るいい男というやつです」」


 そんなヒイラギに当人は。

 いや当人達は、なんかうまいことを言ってやったというドヤ顔で自分をみてくる。

 もう奥戸は無視をしようとヒイラギは心に誓う。

 

「さて。リクエストにお答えしたことだし、返事を貰おうかしら。どうする?」

「はーい! じゃあ答えまーす。いいえ、どちらでもありません。私が落としたのっ、……きゃぁぁぁ! ヒイラギ君、何でぇぇぇぇぇ!」


 ヒイラギは米俵の様につぐみを肩に抱えると、脱兎だっとを発動し沼から離れる。

 つぐみは分かっていない。

 その答えを出すともれなく、千堂から奥戸のよくばり三人セットが渡されるという事実に。

 そして同時にヒイラギは思うのだ。

 

 ――最初から脱兎を使って、こうしていればよかったのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る