第93話 秘密の共有
「ははっ、これは、勘づかれたな」
発動を解除して、惟之はゆっくりと目を開く。
まもなく着信が入り、スマホから聞こえてくるのは不機嫌な品子の声。
「今、どこだ?」
「デートのお誘いにしては、つれない誘い方だな」
「お前を誘うくらいなら、がーがー眠ってるヒイラギ連れて行くわ」
「つれないねぇ。家から北の方角の公園にいる」
「動くなよ!」
それだけ言うと電話は切れた。
かなり立腹している品子との、これからの会話を惟之は考える。
自分も何か
そう思い、ついやってしまった自分の行動に思わず苦笑する。
助手席の鍵を開けておきしばらくすると、乱暴に扉が開き品子が乗り込んできた。
「……人の車を
「人の会話を、盗み聞きするやつに言われたくない。あのタイミングで電話を掛けて来て、気づかない訳が無いだろうが」
品子は腕を伸ばし、強引に惟之のサングラスを奪う。
「……何を言っているんだ。返してくれないか?」
「惟之。お前、何を隠している?」
「別に何も。いや、お前こそ俺に何を隠している?」
「それこそ『別に何も』だよ」
このお嬢さんのご機嫌を
……ある程度の事情は、話す必要があるだろう。
そう結論付け、惟之は口を開いた。
「明日人が冬野君に、何かよくわからない『力』のようなものを感じたらしい」
「それで
鷹の目。
惟之の発動能力の一つ。
発動者の気配を察知し、どこにいるかを把握する能力だ。
「念のためだ。だが何もなかったよ。彼女は鷹の目に反応しなかった。つまり彼女は、発動者ではない」
「電話を掛けてきたのは、どういう意図があったんだ?」
「それは彼女が在宅しているかの確認だよ。家からは、お前とシヤの二人分の発動者の気配しかなかった。買い物か何かで、家から出ている可能性もあると思った。だからそうしたまでだよ」
品子は、じっと惟之を見つめている。
「なぁ、そろそろ返してくれないか?」
「……今からもう一度、冬野君を確認してみろよ」
「その必要はないだろう。先程したばかりなのに」
「何? 私の前で発動すると、都合が悪いとでも?」
「二度手間はごめんだ。ただそれだけだよ」
サングラスを取り返そうと、伸ばした惟之の手首を品子が掴んだ。
ぐっと自分を見上げ、何かを言おうと品子は口を開きかける。
だがそのままうつむくと、しばしの沈黙の後に呟いた。
「言えないことなのか?」
「……」
「言ってもらえないこと、……なのか?」
どう言葉を紡ごうか。
どこまでを伝えたらいいのか惟之は惑う。
「……帰る」
沈黙を肯定と捉えた品子が、ぽつりと言葉を落とした。
サングラスをダッシュボードに置き、彼女は車を出ようとしている。
(……いつぞやとは反対の立場だな。あの時の品子はちゃんと俺に謝ろうとしていた)
今なら手を伸ばせば、品子の腕を掴むことが出来る。
行動を起こすべく、惟之は彼女へと顔を向けた。
「しなっ……」
「んざっけんじゃねーぞ、惟之のくせに!」
伸びてきた手。
惟之が伸ばした、ではなく品子から伸びてきた手が惟之の顔を掴む。
その力は強く、もはや掴むといったレベルではない。
「……に、握りつぶされるのか? 俺の顔は」
惟之の言葉にかぶさるように品子は叫ぶ。
「惟之のくせにっ! 惟之のくせに、隠し事なんかしようとするなんて! 一億万年早いんだよ!」
「お、おいっ。そんな単位ないぞ」
これでは、以前の再現ではないか。
初めてつぐみと会った時、品子に対して自分が起こした行動。
どうやら品子は、それをなぞらえているようだ。
想定していた以上の痛みに、たまらず惟之は品子に訴える。
「おい、かなり痛いんだが」
「お前この間、私に同じことやっておいてよく言えるな!」
「……まぁ、確かに」
数十秒後、惟之を疲れるまで握りきったであろう品子の手がようやく離れた。
「惟之。私はお前に、一つ提案をする!」
品子は惟之をぐっと力強く見つめると、口を真一文字に結ぶ。
解放された自身の顔に惟之はそっと触れてみる。
頬にヒリヒリとした痛み。
軽く触れただけで、熱を持っているとわかるほどだ。
「本当にまぁ、遠慮なくやりやがったもんだな」
思わずつぶやけば、そんな痛みなど知ったことかと言わんばかりに、品子は口を開く。
「心理学的には、秘密を共有すると親密度が上がるらしいぞ。今なら聞いてお前に対する親密度を上げてやるんだが、どうだ?」
「何か知らんが却下だ。帰れ」
「話は最後まで聞け。無駄に目ぇ垂らしてんじゃないぞ」
「前も言ったが、好きで垂れてるんじゃない。生まれつきだ」
軽々しい会話ながら、二人の目は全く笑ってはいない。
腹を探りあう時間など、続ける必要はない。
流れを変えようと、惟之は品子を見つめる。
「お前は共有しろと言うが、それは相互のメリットがあってこそではないのか? 片方のみにそれを求めるのは、おかしな話だろうよ。そこまで言うのならば、俺はお前にもそれを求めるね」
惟之の言葉に、ほんの
自らの額に手を当ててしばらく考えている様子だったが、すっと惟之を見上げた瞳に宿るのは何かしらの強い決意。
「確かにな、お前の言う通りだ」
次いで、にやりと笑う。
「いいだろう、お前の話に乗ってやる。だが、後悔しても遅いからな。お前の秘密を一緒に背負ってやるよ。その代わりお前も私の秘密を背負え」
「……おいおい、俺には選択権なしかよ」
小さく惟之はため息をつく。
「……相変わらず可愛げのない言い方しか出来ない女だな、お前は」
「そんなものは無くて結構。さらに言えば私の秘密はお前にとってかなり刺激が強いかもなぁ。お前に付き合いきれるかねぇ」
「さぁね。……いいんじゃないのか、それならそれで。では俺から親密度とやらを上げていきましょうかね」
互いの口に浮かぶのは小さな弧。
サングラスを手に取り、惟之は話を始めていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます