第364話 少女は決意する

『冬野のおねがい。ひいらぎ君たちをよんでくる!』


 つぐみとの約束を守らねば。

 その思いを抱き、さとみは木津きづ家へと急いでいた。

 慌てて離れてしまったために、先程つぐみがいた場所を正確には覚えていない。

 だが、つぐみが自分を呼んでさえくれれば、彼らを連れていくことが出来る。

 

『だからまずは、教えてあげるんだ。冬野がわるいやつに、いじわるされる前に!』


 つぐみの声は、とても焦っていた。

 だから自分は、一刻も早くヒイラギ達に伝え、助けにいかなければならない。

 見覚えのある木津家の屋根が目に入り、さとみは窓ガラスへと近づいていく。


 普段はチャイムを鳴らし、玄関を彼らが開けてくれるまで待つ。

 だが今は緊急事態。

 少しでも早く、つぐみの状況を伝えねばならないのだ。

 窓ガラスの前まで飛んでいき、目を閉じ意識を集中していく。

 体は蝶のまま、ガラスをするりと通り抜け、皆がいつも集まっているリビングへと向かう。

 

 リビングには、ヒイラギとシヤの二人が揃っていた。

 人の姿になり話をしようとするが、どうも彼らの様子がおかしい。

 二人とも真剣な表情で、机に置かれた小さな四角い物をじっと見下ろしている。


 あれは確か、つぐみ達が「スマホ」と呼んでいたもの。

 そこにいない人の声が聞こえる、とても不思議な道具だ。


 スマホはさとみにとっては、とても恐ろしいものだ。

 沙十美さとみの所にいた、『観測者』も同じく姿は見えない。

 だが彼は、離れた場所から声だけを届けている。

 沙十美から、そう教えてもらっているので、観測者のことは怖くはない。


 だがスマホは、あの小さな場所から声がするのだ。

 きっと中に、人が閉じ込められているに違いない。


 ヒイラギ達に、話をしなければいけないのは分かっている。

 だが、スマホの存在が恐ろしく感じられ、彼らの元に向かうことが出来ないのだ。


『このまま近づいたら、わたしは「すまほ」に食べられて、出られなくなるかもしれない』


 さとみの心を、恐怖が支配していく。


『だめだ。ちゃんと、ひいらぎ君たちに教えなきゃなのに』


 早く伝えねばならないというのに、体は前に進んでくれない。

 そんなさとみの視線の先で、ヒイラギがスマホを掴み立ち上がる。


「やっぱり、連絡を待っているだけなんて無理だ! シヤ、俺は今から惟之これゆきさんの所へ行く!」


 そうだ。

 ヒイラギ達だけでなく惟之にもと、つぐみは言っていた。

 ならば、惟之に話をすればいい。

 すぐに彼の所へむかうとしよう。

 再び外へ出ようとしたさとみに、シヤの鋭い声が聞こえてきた。


「いけません、兄さん! 惟之さんは、今回の件で謹慎処分を受けています。私達が動けば、惟之さんがさらに良くない立場になるのですよ」

「でも、だからってこのままじゃ! 品子しなこと冬野が助けられない、……じゃないか」


 弱々しくつぶやき、ヒイラギは再び座り込んでいく。 


清乃きよの様すら動けなくなっている今、私達が探しているのに気づかれるのはつぐみさんをさらった犯人を刺激することにもなります。悔しいですが、今は待つしかありません」


 二人の話を聞き、さとみは考える。

 惟之に話をすると、良くないことになるらしい。

 更に彼ら二人はすでに、つぐみ達が捕まったことを知っているではないか。


『ここのみんなは、冬野たちがいないのを知っている。でもたすけによんではいけない。どうしよう、とてもこまった』


 つぐみに頼まれたことを、今の自分には守ることが出来ない。

 ならば、どうしたらいいのだ。

 さとみは、つぐみと交わした会話を思い出していく。


「どうか、みんなに助けてと……」


 彼女はそう言っていた。

 

『ちゃんと、たすけてを言わなくちゃ』


 さとみは小さくうなずくと、木津家から出ていく。


『まってろ冬野! ぜったいに、わるいやつをやっつけてもらうからな』

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