第239話 木津シヤは父を思う その2

「おっじゃましまーす! つぐみさん! こんばんは!」

「こんばんは、井出さん。今日はたくさん食べていって下さいね!」

「うんうん! もちろんだよっ! お腹がはちきれるくらいにまで食べるよ~」


 つぐみのいる台所まで、リビングから駆け抜けるように明日人がやって来る。


「す、すまない冬野君。品子から連絡を受けた時に明日人が一緒にいたんだ……。その、本当に申し訳ない」


 大きな体をかがめながら惟之が疲れた様子でつぐみに話しかけてくるのを、品子が楽しそうに眺めている。

 この様子を見るに、品子は明日人が惟之のそばにいるときにあえて連絡をしたのかもしれない。

 つぐみとしては、たくさんの人と一緒に過ごせるほうが良いのでこの展開は喜ばしいものだ。


「問題ないですよ。今日はたくさん作ってありますから! 人数が増えれば楽しさも増えますよ。冬野つぐみ、全力で皆様を歓迎いたしますっ!」


 真っ直ぐに指を揃え、斜め上に伸ばした右手をびしりとおでこに当て敬礼のポーズをとる。

 にぎやかな声が聞こえたのだろう。

 ヒイラギとシヤがリビングへと入ってくる。


「おっ! 全員そろったか? じゃあ冬野、準備を始めていくぞ!」

「うん。じゃあよろしくね、ヒイラギ君」


 リビングで座って会話を聞いていたさとみが、すっと立ち上がる。

 いつものようにぱたぱたと足音を立てながら、つぐみの前に立つと両手を真っ直ぐに伸ばしてくる。


『冬野! 私は運ぶの係をするぞ! 重いのもおねえちゃんといっしょになら運べるからな。いっぱいがんばるぞ!』


 元気いっぱいにお手伝い宣言をした彼女の頭を、つぐみは優しく撫でながら返事をする。 


「ありがとう、さとみちゃん。じゃあ料理ができたらお願いするね!」

「はーん、さとみちゃ~ん。今日もおりこうさんで可愛いねぇ! 私が君を運んじゃおっかなぁ」

「なぁ、品子。お前、またリビングでぐるぐる巻きにされたいのか?」


 ヒイラギの声に、品子の怪しげに動いていた両手の動きがピタリと止まった。

 あまりにわかりやすいその反応に、皆が笑っている。

 自分くらいは笑うのを我慢せねばとこらえつつ、閉じた口をひくひくさせながらつぐみは冷蔵庫の扉を開く。


 つぐみは今回の食事会において、メイン料理に集中するつもりだ。

 そのために今日は、ヒイラギには温め直しや盛り付けをお願いしてある。

 その間に自分はある秘密計画を実行していくつもりなのだ。

 事前に品子にもらった情報で準備は万端だ。

 戦闘準備のごとく、つぐみはつぶやく。


「さぁ、皆に美味しくて懐かしい料理の時間を!」

 


◇◇◇◇◇



「美味しいおいしーい! つぐみさん! この半分に切ったゆで卵ってなんでこんなに美味しいの? 何の味付けなの〜?」


 口の端にマヨネーズをつけたまま、子供のような笑顔で聞いてくる明日人につぐみは答えていく。


「ふふ、これはですね。黄身を一度取り出して細かく切った玉ねぎとチーズを混ぜて塩コショウと、マヨネーズで味付けしてあります」

「すっごいね! 上のパセリの緑が卵の黄色と白色に合わさって、美味しさが増してるって感じがするもん!」

「素敵な感想ありがとうございます。さて、今日は炊き込みご飯もあるのです。準備してきますね。あ、そうだ」


 シヤにある提案をしようと、つぐみは部屋を見回す。

 彼女はさとみにサラダを取り分けている最中だ。

 そばに近づき、サラダを取り終えたシヤに声を掛ける。


「シヤちゃんのお父さんのこと。今のうちに靭さんに聞いてみたらどうかな?」

「あ、確かにそうですね。惟之さん、私に父のことを教えてもらいたのです」

「あぁ、品子から話は聞いているよ。とはいえ俺は品子と違って仕事で接している清春きよはる様の話しか出来ないが」

「はい。聞かせてください」


 名残惜しいと思いつつ、つぐみは台所へと次の準備の為に戻って行く。

 会話からヒイラギ達の父の名前は『清春』であることを知る。

 素敵な名前だと考えながら、出来あがった炊き込みご飯を次々とお椀に盛り付けていく。

 運ぶためのお盆には既に薬味として刻んだネギ、大葉、みょうが、海苔。

 そしてゴマを小鉢にそれぞれのせておいた。

 それらの彩りや香りを楽しみながら、ご飯のお椀をのせたお盆を両手に持つ。

 ずっしりとしたお盆を抱えながらリビングへ戻ると、皆が惟之の語る清春の話を聞いている最中だった。


「……というわけで判断の甘さを清春様から指摘されてな。『反省の言葉などいらん。態度で示せ』と言った後に思いっきり頬をつねられた。力任せにつねられたものだから、それはそれは痛かったな。だが命を救われた詫びとしては足りないくらいだ」


 当時を思い出したのだろう。

 惟之は自分の頬をそっと擦りながら、だがとても嬉しそうに話をしている。


「そっかぁ、シヤさんの宿題なんだね! あ、実は僕も清春様との思い出があるよ。参考になりそうなら、お話しようか?」


 明日人からの提案に品子がおや、という表情を浮かべる。


「へぇ、明日人も清春様と接点あったんだ。ってことは実はけっこう前から本部とかに来ていたんだね? 私、君に会っていたっていう覚えがないや」

「あっ、そうですね。僕は、……そう! たまたまの時だったのだと思います」


 品子の言葉で反応する明日人に、つぐみは少しだけ違和感を覚えた。

 彼の言葉に動揺が感じ取れるのだ。

 明日人の顔を見れば、いつも通りのにこやかな表情。

 気のせいだったのだろうかとつぐみは思いなおす。


「冬野君。ごはんを人数分、まだ運んでいないよな? あといくつ運べばいいかな?」


 惟之の声でつぐみは我に返ると、再び膨れ上がる違和感を抑え込む。


「……あっ、あと少しだから大丈夫です。私、持って来ますね!」


 動揺を見せないように、つぐみはリビングから早足で台所へと戻っていく。

 残りのご飯を盛り付けながら、先程の明日人と惟之のことを考える。

 明日人の様子はまるで、何かを隠しているようだった。

 まるでうしろめたさを感じているようにつぐみには見えたのだ。


 さらには惟之の態度だ。

 あのタイミングでの会話は、明日人の話をそらすために自分に話を振ったように感じられるものだった。

 話の内容も普段なら彼が言わない内容のもの。

 明日人を、とっさに惟之がかばった。

 つぐみにはそう映ったのだ。


 だがこれはつぐみの推測であり、彼ら自身から何か言わない限りは触れてはいけないように思う。

 つぐみも当初は家族のことを、皆にずっと隠していたのだ。 

 いつか本人から何かを話す時があるのかもしれない。

 もし自分に、それが関わることがあるのなら。

 しっかり聞いて、真っ直ぐに受け止めよう。

 ――自分はそうして救われたのだから。

 改めてつぐみはそう思う。


 最後のご飯を盛り付けを終え、お盆にのせる。

 いつまでも考え事をして、他の人に自分の動揺を気付かれるのはよくない。

 つぐみは両手で頬をパチンと軽く挟み込み、気持ちを切り替える。


「さて、気持ちはリセット出来たね」


 両手を胸の前でぐっと握り気合を入れなおす。

 お盆をしっかりと両手で持つと、つぐみはリビングへと向かうのだった。

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