第105話 変わりゆくもの
「はー、満足だね」
両頬に手を当て、幸せそうに笑みを浮かべる明日人をつぐみは眺める。
「僕は近日中に第二回の開催することを、ここに宣言するよ。連太郎君は参加するかい?」
連太郎は、はにかみながらうなずく。
「そうですね、仕事と重なっていなければ是非」
「わかったー、また連絡を入れるね」
「はい、楽しみにしています! あ、すみません。そろそろ自分は戻ります。お二人はもう少し、ゆっくりとしていて下さいね」
「九重さん。お時間を頂きありがとうございました。あの私、今日は先生達にお土産を買うつもりですが、皆さんはどうされます?」
「んー、僕はいいかな。連太郎君は?」
「自分は……。出雲さんも今日は居ないですし、惟之様の分は冬野さんが買われるのですか?」
「はい、そのつもりです」
「でしたら先に、そのお土産を自分が届けましょうか? 早い方がいいでしょうし」
ありがたい提案だ。
つぐみは鞄へと手を伸ばし、紙とペンを取り出す。
「助かります。では今からメモしますので、お願いしていいですか?」
「任せてください。きっと皆さん喜びますよ」
メモを受け取ると、連太郎はショーケースの方に向かっていく。
彼を見送りながら、明日人にまだ聞きたいことがあるのをつぐみは思い出した。
「井出さん。ヒイラギ君の体内の蝶の毒については、どう思われますか?」
つぐみの問いに、目を閉じて両手で腹をさすりながら明日人は口を開く。
「君の仮説の『彼本人が起きたくない』という意見に乗っかって言うのならばだけれど。毒がそれに重なったというのかな。そもそもが『毒』というのも、ちょっと違ってきてるのかもしれないんだ」
「違ってきている? 一体、どういうことですか?」
明日人は目を開くと、真っ直ぐに姿勢を正す。
「実はね。僕、何度かヒイラギ君を診察しに病院へ行ってるんだ。でもやっぱり、毒らしきものが彼の中から感じられないんだよね。ちょっとオカルト的な言い方をしちゃうとさ。毒が寄り添っているというか、同調しているというか。うーん、考えがまとまらないなぁ」
「それは毒が変化をして毒ではなくなっている、という話でしょうか?」
「そうだねぇ。今の所、僕はそれに近い考えでいる。いずれにしても、その毒もどきが目を覚まして欲しいという僕達の望み。これを妨げているのは、変わりはないんだけど」
ヒイラギが、起きたくないと願っている。
毒が、その願いを叶えているから起きないというのならば。
今、つぐみが彼を目覚めさせたいと思うのは、間違いなのだろうか。
目を覚まして辛かった現実を知りたくない。
もう戻りたくないと、彼が思っていたとしたら。
紅茶を僅かに底に残したカップを見つめ、つぐみは思う。
それでも。
それでもつぐみは、目を覚まして欲しいと願う。
シヤだって品子達だってそうだ。
起きて欲しいと願い、今も皆が必死に調べている。
今までが辛くて大変だったのは変えようがない。
でも、「これから」なら変えられる。
現につぐみは変えてもらえたのだから。
ヒイラギにそれは伝えたい。
それを自分に教えてくれた一人は、間違いなく彼なのだから。
「冬野さん、お土産の準備が出来たので、自分は先に届けさせてもらいますね。……冬野さん?」
連太郎が心配そうに見ているのにつぐみはようやく気付く。
「……あ、すみません! 少し考え事をしていました。お土産の代金を支払うので、少し待ってもらっていいですか?」
慌てて鞄から財布を出そうとすると、ためらいがちに声が掛けられた。
「その件ですが、自分が今回は払ってもいいですか? えと、その……。と、とても楽しい時間でしたので」
見つめた先の連太郎の頬は、赤く染まっている。
「わかるわかる。だってこういうお店って、女の子がいないと来れないよね。だから僕も今日、つぐみさん誘ったわけだし」
なぜだかにやにやした明日人に言われ、連太郎の顔が一層赤くなる。
「九重さん、私もとても楽しかったです。第二回も参加してくださいね!」
「はい、そうですね。出来れば是非」
「では次回は九重さんも、二つ頼んでくださいね!」
「いえ。すみませんが、それは無理です」
即答で断られてしまう。
だがその時の連太郎の笑顔は。
とても優しく、眩しくつぐみには映った。
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