第10話 人出品子は動く

「いや、無理ですよ。絶対に無理です!」


 普段ならば出さない大声でつぐみは訴える。

 周りにいた生徒がぎょっとしているが、当の人出ひとで品子しなこはどこ吹く風だ。


「まぁ、いいじゃないか。とりあえず最後まで話は聞くべきだと先生は思うぞ~」

「聞くのは結構ですが、無理なものは無理です!」


 品子から出された招集内容。

 それは『この学校のパンフレットを作るのでモデルになれ』というものだった。


「沙十美が選ばれたのはわかります。これは力いっぱい応援します。なぜ私がそれに参加することになるのですか!」

「いや、私も嫌なんだけどさ。この学校の勤め人である私は断れないのだよ。そんで渋ってたら『じゃあ学生のモデルは先生が選んでいいですよ~』なんて言われてさ」


 腕組みをした品子はうんうんとうなずく。


「このパンフレットが完成した時に、ご家族に見せてごらんよ。きっと喜ばれるのではないかね?」

「まぁ、確かに。すごく喜んでくれるとは思いますけど」


 沙十美の言葉に、品子は嬉しそうに続ける。


「そうだろう。さぁ、千堂君! 冬野君! ここは一つご家族に、サプラーイズでだね! 喜ばせてあげようではないか」

「……先生。そもそもサプライズって、意味がおかしいのですが」


 沙十美は呆れながら、品子に言葉を返している。

 一方のつぐみは黙ったまま、わき腹に手を置きうつむいて話を聞くことしかできない。


「でも先生、なぜ私達を選んだのですか? そもそも、そんなに接点があるわけでもないですよね?」

 

 確かに自分も同じ疑問を抱いていた。

 問いかける沙十美と共に、つぐみも答えを聞こうと品子を見上げていく。


「……え。あの、インスピレーションだよ! もちろん、君達しかいないと……」

「あー! いた! 人出先生やっと見つけましたよ!」


 自分達に向かい叫んでいる女性の声を聞き、つぐみは振り返った。

 こちらへと駆け寄ってくる、学校の事務の制服を着たその姿には見覚えがある。


「あれは、確か窓口の栗生くりおさん?」


 諸々の書類の申請は、ほぼこの人が担当してくれているのでつぐみも知っている。

 いつもにこやかに対応し、ふんわりとした雰囲気がお日様のような人という印象の女性だ。

 特にこの栗生という人物は引っ込み思案の自分でも、普通に話しかけることが出来る貴重な人でもある。

 よほど急いできたようで、栗生の顔には汗がびっしりと付いている。

 額の汗をポケットから出したハンカチで軽く拭うと、栗生は口を開いた。


「あれ、ひょっとしてどちらかが千堂さんですか? いくら何でも、勢いありすぎやしませんか」


 呆れた様子で見てくる栗生に、つぐみと沙十美は戸惑う。


「どういうことですか? 勢いとかなんとかって?」


 沙十美が怪訝けげんそうに尋ねていく。


「あー、待ってくれ。まだ私は彼女達に話がしっかりと出来てないというか……」

「確かに私は、人出先生に学生モデルを選んでもいいですよとは言いました! で、す、が!」


 栗生は顔を真っ赤にして、怒涛どとうのように続けた。


「いきなり学生名簿を取り出して目を閉じて、適当に指差して『よし、君に決めた!』って言って駆け出して行ったら、誰だって止めるに決まっているでしょう! あなたは、どこぞの何とかマスターですか! しかも先生、めちゃめちゃ足が速いんだから!」


 栗生は半泣きの状態で、品子に叫び続けている。


(……うわぁ。学生モデル、ゲットだぜ大作戦ですか。そんな理由で、選ばれた沙十美って)


 隣の沙十美を見れば、彼女は口をぽかんと開けたままで固まってしまっている。

 その反応につぐみは納得せざるを得ない。


 そうなるとだ。

 なぜ自分も選ばれたのだろうと疑問が生じる。

 栗生に怒られ続けている品子を見つめれば、どうやら意図いとに気づいたようだ。


「あ、あのさっき見てたらさ。彼女と君が仲良しみたいだったから」


 自分の頭をポリポリとかきながら、屈託ない笑顔を品子は向けてくるではないか。

 そのあまりに場当たりな理由に、今度はつぐみが口を開け呆然となる。

 それを見てとうとう、栗生が切れた。


「ちょ、人出先生。あんた、何やってるんですか!」

「いやいや、栗生さん。我ら教務に携わる者が学び舎で、『あんた』なんて言葉を使ってしまうのはいかがなものかと」

「……あなた、よくその言葉が吐き出せましたね。ごめんなさいね、あなたたち? 私、先生に急用が出来たの。連れて行ってもいいかしら?」


 にっこりと笑う栗生に、いつものほんわかお日様の名残なごりはない。

 つぐみ達は何も言えず、首を縦に振り続ける。


「え、でも私は彼女らともう少し話を……」

「これ以上、彼女達に。この件で迷惑かけるようならば」


 品子の腕に自分の腕を絡ませ、栗生は笑う。


「紐なしで、バンジーさせますよ?」

「……すみませんでした。千堂君、冬野君。モデルの件は忘れてくれ、いやどうか忘れてくださいぃぃ」


 品子が廊下を引きずられるように連れていかれる。

 何かをこちらに言っている品子の声はやがて消え、呆然と立っている二人だけが残された。

 つぐみは見送りながら、栗生には何があっても逆らってはいけない。

 そんなどうでもいいことを考えていた。



◇◇◇◇◇



「栗生さぁん、そんなに引っ張ると痛いです。モデルはもう自分で選ぶなんて言いませんからぁ、もう怒らないでくださーい」


 嘆願の声を聞いても栗生は、まだ品子の腕を放さない。

 品子の声の大きさに、周りの人達は珍しそうに二人を見ている。


「当たり前です! 学生モデルさんはこちらで選考しますからね!」


 怒りを隠すことなく栗生は品子に告げる。

 その言葉に品子は苦笑いを浮かべていく。


(……だいぶ怒らせちゃったなぁ)


 だが仕方がなかったのだ。

 品子にはどうしても『適当に選んだ』ようにしてあの女学生達に接触し、『誰かに』、つまり栗生に見てもらう必要があったのだから。

 これで今後、彼女達に接触してもそれほど怪しまれることはないだろう。


 少し強引だが、あまり時間もないから仕方ない。

 品子はそう考え、一人ほくそ笑む。

 千堂沙十美、冬野つぐみ。

 この二人の学生が今回の『対象』になるようだと、品子は情報を整理する。


「くくっ、どちらも可愛い子だねぇ。まぁ、私の大事な愛しいあの子には、残念ながら勝てないけどさ」

「え? 人出先生、何か言いましたか?」


 栗生の問いに品子は笑顔で答える。


「なんでもないですよ~。ただこれであの二人は、私の顔も改めて覚えてくれたかなぁって」

「覚えるも何も、忘れるなんてできませんよ」


 栗生の呆れた声に品子は笑い、これからの行動を考える。

 話してみた感じでいくと、『次は』彼女だ。

 

「そうと分かった今、私はどう動いていこうかねぇ」


 小さく呟いた言葉は、栗生の耳にも届くことなく夏の空に消えていく。

 品子の口元からは笑みは消え失せ、真っ直ぐな一文字がそこには表れていた。

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