第11話 雑貨店のルール
沙十美は看板を「CLOSE」に変え、雑貨店へと入っていく。
扉が閉まる音を聞きながら、無意識に右手首を撫でてしまう。
ブレスレットを渡したときのつぐみの顔は、なかなか見ものだった。
驚き、茫然、そして満面の笑み。
くるくると表情が変わる彼女に、沙十美の口は自然とほころんでくる。
そのあとにつぐみからの突然のハグ。
……いや、ハグというよりは締め上げられるような感覚だった。
痛いけど、嬉しい。
そんな困惑と喜びの混ざり合った感情に、思わず苦笑いを浮かべる。
「おや、これはいい結果だったようですね。おめでとうございます」
手入れのための布を持った奥戸が、いつものように店の奥から現れる。
彼の後ろにある部屋を眺め、沙十美はこの店に初めて来て言われたことを思い出す。
奥の部屋は彼の「控室」になっており、この部屋に入ることは、店の「ルール」として禁止事項の一つになっている。
ルール
その1、控室は私だけの場所なので入らない。のぞかない。
その2、お店の注意書きは守りましょう。
その3、お店のものは勝手に持ち出さない。
その4、約束はきちんと守りましょう。
その日の帰りに、このルールを書いた紙を渡され、一緒に音読をさせられた時は参ったものだ。
奥戸は『この店は道楽でやっている』と言うだけあって、自らが選んだ客にしか対応しない。
そのためルールを守れない客は、すぐに断るということだった。
最初に聞いたとき、なんだそれはと思ったものだ。
だがここに来て様々なことを知り、時には昨日のようにアドバイスを貰うことが出来ないというのは、今の沙十美にとってデメリットしかない。
これだけ親身になって相談に乗るのだ。
断られてもしつこい人なら、また来るのではないか。
ふと気になり、彼にそう尋ねたことがあった。
「大丈夫です。皆、話せば大体わかってくれるものですよ。それでもわがままを言う方も確かにいましたが……。何度か話しているうちに気が付いたら、お店には来なくなっていましたねぇ。きっと『他の楽しい場所』を見つけて、そこに居るのでしょう」
くすくすと笑いながら、奥戸は控室の方を眺めていた。
その時を思い出し、つい控室の方を見てしまう。
再び湧き上がる中を覗きたいという欲求を振り払い、沙十美は奥戸にブレスレットを掲げる。
「奥戸さんのアドバイスのおかげで、彼女と仲直りできました! ありがとうございます!」
「いえ、私はただの切っ掛けにすぎませんから。千堂さんの頑張りが実を結んだのですよ」
悠然と微笑むと、奥戸は時計をちらりと見る。
「今日は『試着室を使い』ますか?」
「はい、昨日は出来なかったから」
奥戸からアクセサリートレイを受け取り、沙十美はくるりと店内を見渡した。
以前から気になっていたネックレスを二つ、そっと手に取ってみる。
しばしそれを眺めてから、試着室と書かれたスペースへと向かう。
試着室は店の入り口から見て奥の方、例の控室の手前にある。
ベージュ色のカーテンで仕切られた、一畳半程の部屋だ。
沙十美はパンプスを脱ぐとカーテンを開けて部屋へと入る。
部屋の中には木製のスツールとその前に鏡が一枚。
室内には、『一度に二品まででお願いします』という文字と、コミカルに描かれた奥戸の似顔絵が掲げられている。
この子供が一筆書きで描いたかのような
「え、似てないですか? それ結構、頑張って描いたのですが……」
沙十美の態度に、本気でショックを受けていた奥戸の姿を思い出す。
彼はアクセサリーに対するセンスは抜群だが、絵心は持ち合わせなかったようだ。
そんなことを振り返りつつ、鮮やかなインディゴブルーの座面を軽く撫でるとそっと腰かける。
柔らかに沈んでいく感覚が心地よい。
目の前にある鏡を見ながらネックレスを着け、目を閉じて数を数える。
一つ、二つ。
(お願い、変わった私を見せて)
沙十美はゆっくりと目を開くと、正面の鏡を見つめた。
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