第150話 悪魔の呪いと祝福
「て、敵襲、敵襲!」
泡を食ったように、伝令が走っている。
「馬鹿な、昨日の今日だぞ。二回目の襲撃だと?」
シュマが顔を険しくして、通り抜けようとする伝令を呼び止めた。
「敵襲と言うのは本当か!」
「シュマ様!?」
「いいから応えろ!」
「は、はい! 本当です!」
「数は!」
「それが、三体です」
「三? たった三体なのか?」
昨日は百規模の軍勢だった。そんな慌てるほどの物じゃない気がするのだが。
伝令は、いかにシュマ相手とはいえ自分の使命を優先させた。一礼して、クルサのいる塔へ走っていく。
「珍しいのか? 二日続けて来るなんて事は」
動揺しているのかぼうっとしていたシュマに声をかける。
「あ、ああ。珍しいなんて物じゃない。俺もこの街に何年もいるが、初めてだ。それに、三体しか現れないというのも。今までは少なくても十匹はいたからな」
こうしちゃいられない、とシュマも塔の方へ駆け出した。
「僕達も行くか」
「そうね。私達が来て、今まで無かったことが起こるなんて、気になるもの」
全面的に同意だ。イレギュラーが発生するには何らかの理由がある。偶然にも何かきっかけがあってしかるべきだ。そして、この街でわかりやすいきっかけは、僕達が来たことだ。自意識過剰かな?
塔の前には、狩猟者が何組か集まっていた。だが、明らかに昨日より少ない。そりゃそうだ。徹夜で戦っていたのだから、今頃寝てるか、ザムたちのように酒を飲んで、疲れとあいまってつぶれている可能性が高い。
だが、さすがと言うべきか、ウルスラやシュマたち十傑は集まっていた。
「疲れているときにすまない」
クルサが言った。
「無かったことが起こった。これまで襲撃は五日に一度のペースだったが、今回はたった一日で再び襲撃が確認された」
にわかに場がざわつく。
「幸いなのは、現在確認されているのは三体。サソリ、カエル、トカゲの一匹ずつだ。もしかしたら、昨日の討ち漏らしが現れたのかもしれない・・・」
「クルサ様!」
彼女の演説を横合いから遮ったのは、新たな伝令の悲鳴のような声だ。伝令はすぐさま彼女に駆け寄り、耳打ちする。内容を聞くうちに、彼女の顔が驚愕、そして訝しげなものに変わる。
「それは、本当か?」
「間違いありません」
何度も頷く伝令。
少しの間クルサはあごに手を当てて考え込み、やがて意を決したように頷いた。
「伝令の話では、化け物どもはこれまでの固体よりも巨大で、毛色も違うようだ。もしかしたら奴らの新種かもしれない」
新種という言葉に、その場の全員の顔が引き締まる。これまでに例がない敵と戦うのはリスクが高いことを知っているからだ。個体としての強さが跳ね上がっているかもしれない、これまでの戦法が効かないかもしれない、新しい攻撃方法を持っているかもしれない、これまでの常識が通用しないかもしれないからだ。
「不可解なのはそれだけではない。侵攻を停止し、平原のど真ん中に居座っている。これも今までにない行動だ」
「では、様子見としますか?」
傍らにいた守備隊の一人がクルサに声をかける。
「新種であるなら、こちらも万全を期す方が良いかと思います。狩猟者の皆は昨日の戦いで疲れています。動かないのであればこちらも休みを取り、全員で攻める方が得策ではないでしょうか」
「それは、あまりに弱腰すぎないか」
十傑の一人が口を挟む。巨大な槍を抱えた男だった。
「これまで我らがどれほどの戦果を挙げてきたか知っているだろう? 多少デカくなったとはいえ、たかが三体。我らに倒せないというのか?」
「いえ、決してそういう訳では・・・」
守備隊員を黙らせ、クルサに向き直る。
「誰かが一当てしなければ相手の出方もわからん。次につなげるためにも、ここは打って出るべきだ」
他の十傑から反論は無い。黙ってはいるが、皆同じ意見なのだろう。彼らにはこの街を幾度となく守り、化け物を屠ってきたプライドがある。三体程度で他の連中の回復を待つなど考えられないのだ。そもそも、数が多すぎて自分達の守備範囲から抜け出されてしまうのを、他の狩猟者たちがカバーしてきただけで、手の届く範囲なら彼らだけの方が動きやすいのだろう。彼らにとっては、他狩猟者も街の人間と同じく守る対象であり、足手まといなのだ。
クルサが男を見上げ、そして他の十傑の顔を窺う。
「わかった。ここは狩猟者諸君の意見を採用する。だが、相手の力量は未知数だ。討伐困難と判断したらすぐにでも引いて立て直してくれ」
「了解した。任せておけ。引き際の判断を迷うようなやつは、ここにはいないからな」
「奮闘に期待する。守備隊もいつもと同じように彼らのサポートを頼む。また、周辺の警戒を怠るな。諸君らが街防衛の最終ラインだ。気を引き締めて掛かってくれ」
「かしこまりました」
「よし、では各自持ち場に着いてくれ!」
そして、ダブルヘッダーが始まる。もちろん、僕は控えで収まってやるつもりはない。スタメンを希望だ。
再び下ろされた跳ね橋から狩猟者たちが飛び出していく。視界に化け物を納めて、ようやくクルサたちが言っていたことが理解できた。
昨晩戦った連中よりも一回りはでかい。後、色が違う。サソリは白から赤へ変わり、つやを放つ丸みを帯びた外殻がなんとなく車のフォルムのようだ。トカゲは茶色から黒に変わっていた。明るい場所に一点だけ生まれた黒点のような異質さがある。カエルは直接戦ってないが、死骸は緑っぽかった。目の前のカエルは鮮やかな黄色の蛍光色だ。暗闇でも光るんじゃないかな。派手な色の生き物は、総じて毒とか持ってるヤツが多いのだが、こいつもそうだろうか。
狩猟者が接近しても、三体は動かない。彫像のように固まっている。十傑たちはハンドサインで誰がどれを狙うか決め、分かれていった。見るからに硬そうなトカゲにはクルサに進言したあの槍を持つ男や巨大な剣やハンマーを担いだ男たちが近づいていった。カエルにはウルスラたち素早くて小回りのきく連中が、残るサソリには僕達十傑以外の狩猟者が向かう。
サソリまで後十歩というところで、唐突に三体が身じろぎした。警戒を強める狩猟者たち。だが、襲ってくる気配は、ない。
『ニオウ、ニオウゾ』
男とも女ともつかない声が頭に響く。僕だけじゃない。他全員も耳や頭を押さえている。
『ワレト同ジニオイ』
『アノ女ニ植エツケラレタ呪イ』
『レヴィアタン』
『間違イナイ』
『我ラガ殺シタ、愛シキ悪魔』
化け物どもの赤い目が、僕を捉えた。
何という僥倖だろうか。こんなに早く、レヴィアタンの情報が手に入るなんて。
「訳の分からんことを・・・!」
誰かの放った言葉が合図となったか、位置についた狩猟者たちが一斉に飛びかかった。いずれも必殺の一撃、これまで幾度となく化け物を葬ってきた技は各化け物たちに向かい
「ッ!?」
誰もが言葉を失った。
鱗に弾かれたわけではない。想像を絶する動きで躱されたわけでもない。確かに刃は化け物に届いた。その皮を裂き、身を抉り、内部に達した。
だが、それだけなのだ。傷口から血が溢れることも無ければ、苦痛に悶え叫ぶこともない。
「効いて、ないのか・・・?」
呻くように狩猟者たちは後ずさる。ずるりと化け物の体から彼らの武器が抜けた。傷口から見えるのは肉でも骨でもない。真っ黒な闇だ。
「あれ、この匂い・・・」
クシナダが眉を顰め、口元を腕で押さえた。
闇が蠢き、傷口を血小板のように覆った。闇はしばらくそのままとどまっていたが、やがて化け物どもの体に染み込んで消えた。後には、傷一つない体が残っている。再生したのだ。これにはさしもの狩猟者たちにも動揺が走った。
この光景、見たことある。それも何度も。当たり前だ。自分の体が傷つく度に同じような現象を目にしているのだから。
間違いない。こいつらは蛇神と、僕達と同種だ。
『デハ同胞ヨ。始メヨウ』
『アノ女ガ開キシ宴ヲ』
『最後ノ呪イヲ』
『散ラバリシ呪イハ数多、シカシ祝福ヲ受ケルハヒトリ』
呪いはともかく祝福ってなんだ。呪と祝の漢字が似てるからって中身はまったく異なるものだぞ。
『貴様ノ持ツ悪魔ノ欠片ヲヨコセ。ワレガ新タナレヴィアタントナル為ニ』
サソリが、カエルが、トカゲが。目の前の狩猟者たちを無視してこちらに向かって飛び掛ってきた。
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