第15話 あなたの味方

 アンドロメダと名乗る女に連れられて、僕たちは街を南から北へ縦断するように進む。中心部のにぎやかで整理の行き届いた場所から離れるにつれて、街並みは次第に荒れ始めた。崖の上からでは見えなかったスラム街だ。ひとっ気は無くなり、家屋も潮風にやられて築何十年かとお尋ねしたくなるほどのぼろさだ。このまま裏路地に連れて行かれて身ぐるみはがされそうになってもおかしくない。

 スラムからもはみ出すと、砂浜に出た。先を行くアンドロメダは迷うことなく砂浜に足を踏み入れ進んでいく。

「どこまで行くのですか?」

 クシナダが彼女の背に問うた。

「もう少し先よ。砂浜の終わりに私たちの住処があるから」

 やや弧を描く海岸線を進むことしばし、掘立小屋が見えてきた。今まで通ってきたスラムのおんぼろ家屋がマシに見えるほどだ。

 アンドロメダが戸に手を当てる。開けるのか、と思いきやガン、ガンと一、二度その戸の隅を蹴った。

「最近立て付けが悪くてね」

 そりゃそうだろう。外から見てもわかるくらい傾いているのだから。

 ギリギリ、と軋ませながら戸を開けた。中は六畳くらいの広さで、それに応じた大きさのテーブルとイスが並んでいた。奥には布団、というより少しぶ厚めの布が敷き詰められて、小柄な誰かが横になっている。

「姉さん?」

 か細い声が奥から聞こえた。モゾリと毛布を掻き分けて、横になっていた誰かがゆっくりと体を起こす。すぐさまアンドロメダが寄り添い、肩に手を添えて支える。

「お帰りなさい」

 そう言った誰かは、明らかに異質だった。

 わずかに刺し込んだ光で、奥にいた誰かの姿が浮き上がる。年のころは小学校低学年くらいに見えるから、七、八歳くらいだろうか。アンドロメダと同じ波うつ金髪を腰まで伸ばした少女だ。多分。なぜなら、その人物は顔の上半分を包帯でグルグルにまかれて、容貌が知れないからだ。

「お客様?」

「ええ。旅の方。なんでも、化け物のことを調べているらしいの。それで、我が家に来てもらったのよ。ええと」

 アンドロメダが紹介しようとして、詰まる。そういや、名乗ってもなかった。

「タケルだ。こっちがクシナダ」

 初めまして、とクシナダが会釈する。

「こちらこそ、初めまして。私はメデューサと申します。アンドロメダの妹にして、同じく魔女アテナの末裔です」

 まさかの展開だ。アンドロメダの妹がメデューサで、アテナの末裔ときた。

「化け物のこと、ということは、姉さん。もしかしてこの方たちに?」

 メデューサの問いに、アンドロメダが頷く。そして、僕らの方を向いて、切り出した。

「この地に眠る魔龍を、倒してほしい」


「我らの祖先アテナは優れた魔女だった。怪我や病があれば癒し、荒ぶる神がいれば鎮め、困難に喘ぐ人、動物問わず、あらゆる生き物を救いながら世界を巡っていたの。

 やがて、彼女はこの地へたどり着いた。今では考えられないくらい荒れ果てていたと伝わっているわ。当時は毒が溢れ瘴気の満ちた、生き物の住める地ではなかったそうよ」

 アテナは原因を探った。やがて、この地の地下に恐ろしい魔龍が息づいていることを突き止めた。魔龍も、徐々に自分の住処がアテナによって浄化されていることに気づき、地上へ姿を現した。毒の原因と、縄張りを荒らす者が出会えば、激突は必至だった。

「アテナと魔龍との戦いは、三日三晩続いた。魔龍とアテナの力は拮抗し、互いに決定打に欠いた。アテナは倒すことを諦め、この地を利用した魔術の檻を築き、魔龍をこの地の地下深くへと封じ込めた」

 以上が、過去に起こった魔龍と魔女の戦いの顛末だ。

「檻のカギはアテナの血。血の中に術を込め、体中に巡らせることで、常に呪文を唱えているような状況を作った。死ぬまで術を発動させ続ける為にね。アテナが死んでも、その血を受け継ぐ者がいる限り、封印は守られる。だけど、それは諸刃の剣だった」

 アンドロメダは、メデューサの後ろに回り、その目を覆っていた包帯をほどき始めた。包帯がはらりと落ち、メデューサの容貌が明らかになった。隣で、クシナダが息をのむ。

「魔龍が目覚め、再び活動を開始したら、封印と魔龍との間でせめぎあいが起こる。魔龍を封じていた私たちの血は、魔龍の影響を受けて変質し、体に影響を与え出した。特に妹は、アテナの血を色濃く受け継ぎ、生まれつき魔術の才に長けていた。だから、影響も強かったのでしょうね」

 メデューサは姉そっくりでありながら、年相応の幼さも備えていた。姉が華麗なら妹は可憐、と言ったところか。違いを上げるとすれば、瞳が違った。姉と同じ海のように深い藍色をした、切れ長の姉とはうってかわってくりくりと大きな瞳が二つ。そして、額の中央に縦長の、深淵を映したかのような濁った闇色の瞳を一つ。

 伝承にある、魔龍の邪眼だと、アンドロメダは言う。

「魔龍の邪眼は、見る者全てに呪いをかける。生き物を石に変える呪いを持っているわ」

「じゃあ、この瞳で見られる、と?」

 恐る恐る尋ねるクシナダに、アンドロメダは首を振った。

「それは無いわ。包帯を変えるとき、私が見て、見られているもの。けれど」

 妹に目くばせをする。素直にメデューサは頷き、足元にかけていた毛布をのけズボンの裾を捲った。

「嘘でしょ」

 クシナダが驚くのも当然だ。メデューサの小さな足は、つま先からふくらはぎのあたりまで大理石のような真っ白になっていた。それより上の肌の部分も白いが、それでも人の肌色の範疇に入る。一言ことわってから、触れる。石のような、ヒンヤリした感触が返ってきた。

「呪いの力が、この子を蝕んでいる。つま先から、徐々に石化しているみたいなの。ここ最近進行が早まっているのは、魔龍の目覚めの時が近いことを示しているからだと、私は考えてる」

 そっと、妹の頭を抱え寄せる。妹もされるがまま、姉の胸に抱かれ気持ちよさそうに目を瞑った。

「このままでは、妹は全身を石に変えられる。その前に手を打たなきゃならない」

 事情は分かった。けど、色々と確認しておかなければならないことがある。

「手を打つって、どうやってだ。弱まっていようと封印中であることには変わりないんだろ? 封印が解けるまで手は出せないんじゃないのか?」

 また封印が解けるということは、症状の進行とイコールにならないか?

「これを見て」

 そう言って、彼女はボロボロの洋紙皮を取り出した。

「アテナが残した、封印の地図よ」

 洋紙皮に目をやる。やはりと言うか、そんな精密なもんじゃない。大まかな位置が乗っているだけだ。

「中心にあるのが、今よりも小さな街。その真下に封印された魔龍が眠っている。そこから南北に一本ずつ大木が立っているわ。それが檻の柵を形成していたのだけど」

 すっと細長い指が地図を滑り、南の木を指差す。

「街はアテナの時代から肥大化し、土地の開拓が進んだ。現在セリフォスを治めるアクリシオス王は、私たちの忠告を聞かず、この南側にあった木を切り倒した。メデューサの体に異変が出始めたのも、この木が切られた後辺りからね」

 もとは、アンドロメダの家は街の中心部、王の側近のような位置づけだったらしい。アテナの末裔なのだから、建国にも深くかかわった一族でもあった。だから王にも進言できた。歴代の王は、疎ましくは思いながらもそれを受け入れてきた。最終的にそれが間違っていない、正しい結果を生むことが分かっていたからだ。その進言を受け入れるだけの度量があったというのも要因で、残念ながら、今の王にはそれが無かった。どころか、王に刃向ったとして、反逆罪の汚名を着せられた。私財は全て奪われ、彼女たちの両親は処刑された。彼女たち二人は、事前に危険を察知した両親に逃がされたそうだ。その後、姉妹二人、ここに流れ着いたらしい。

「どうして、遠くへ逃げない。追われることを考えなかったのか?」

 そう言うと、肩を竦めた。

「そのころはまだ幼くてね。街の外に出ることなんて考えられなかった。残飯を漁りながら何とか生きてきたの。使命もあったし」

「あんたらの両親は、その使命に、殺されたんじゃないのか?」

「タケルっ!」

 クシナダの怒鳴り声を無視して、続ける。

「一体この街に何の価値がある? 傲慢な兵士を束ねるのは聞く限りさらに傲慢な王様だ。ここに来るまでの街中を見たけど、栄えてるのは本当に中心部だけで、そっから先はボロボロ。どう見たって善政が敷かれてるとは思えない。旅人や商人から何の考えもなく金を徴収するような様子も見られるし。魔龍が蘇らなくても、この街は遠からず滅ぶよ。わざわざ使命を全うする必要はないと思うけど」

「そのことに関しては、悲しいかな、同意見よ。けれどね、その使命が無ければ、私は生きてはいない。妹を守り、使命を果たすことを支えにしてここまで生きてこられたの。今更捨てることはできないわ」

 僕には理解できない。大切な物を奪われて、それを奪った奴らの住む街のことを気に掛けるなんて。こちとら同じような事情で世界を捨てた身だ。多分共感できることなど一生ないだろう。

「それに、殺しても殺したりないような、憎たらしい奴らばっかりじゃないのよ。この街は。まだ両親が生きてた頃、先代の王の頃は、まだましだった。仲良くしてくれた人たちもいた。私が守りたいのは、そういう人々の方」

 一番大事なのはメデューサだけど、と締めくくった。そうか、と否定も肯定もない、只の相打ちを打っておく。誰かの生き方を非難できるほど偉い人間ではないので、彼女らの選択については口を挟まないことにした。

 話を戻そう。促すと彼女は頷いた。

「それで残っているのは、この北の木のみ。けれど、近々切り倒される予定よ」

「理由は何だ?」

 倒される予定が分かっているということは、何らかの理由があるはずだ。

「王命よ」

 こらまた、すごい理由だ。

「王は、アテナの偉業も、私たちがこれまでやってきたことも、全てただの迷信だと思っている。魔龍などいない、いや、いたとしても、自分たちだけで倒せると思い込んでいる。だから、あの木が封印だと知っていて切るの。魔龍をも恐れぬ、偉大で勇猛な王だと知らしめるために」

「いい迷惑だな。あんたらにとっては」

「ええ。けど、あちらは聞く耳を持たない。側近であった頃であっても聞かなかったのに、この身の上じゃあ話をする機会もない」

「ならどうする。このまま大人しく木が切られるのを待つのか?」

 いいえ、と首を振って、アンドロメダは地図の上に指を置く。街の中心部だ。

「木が切られるのは明後日の昼。それまでに、ここから地下に封印された魔龍のもとへ行き、対処する」

 シンプルで良いね。そうすれば、封印自体がいらなくなる。

「行き方は私が知っている。後は、あなた達のほうだけど」

 僕たちの方を見て、言う。

「腕前はどうなの? さっきのやり取りでクシナダの腕前は少し見たわ。あいつら程度なら簡単にあしらえるってとこよね。けど、魔龍並みの相手と戦ったことは?」

「これまで戦ったのは二体。一匹はでかい蛇。もう一匹は鵺・・・ええと、犬と猿と鳥を足したような奴だ。実績としちゃそんなもんだけど」

 魔龍とやらの強さが分からないんじゃ、基準も何もない。

「街の人には、協力してはもらえないんですか?」

 クシナダが言った。

「以前の戦いのときも、街の住民総がかりの戦いになったんです。協力できる人間は多い方が良い。多ければ多い程良いと思うけど」

「街を追われた人間を、信じる街の人間はいないわ」

 自嘲気味にアンドロメダは言う。そうだろうか?

「じゃあ、さっきから聞き耳を立てている奴は駄目なのか?」

 僕らが入って来た、立て付けの悪い戸を指差す。「え?」と魔女二人は首を傾げ、ガタン、と戸が鳴った。

「誰っ?!」

 アンドロメダの声に反応したようにして、戸がまた鳴った。走り去る気配。

「メデューサをお願い!」

 言って、駆け出す。勢いを殺さずに長い脚を鞭のようにしならせ、足裏を叩きつけた。ガコッと溝から戸が外れ、大の字で倒れた。戸の意味がない。防犯意識が低すぎる。若い娘二人で住んでるってのに。倒れた戸を踏み越えて、アンドロメダは駆けていった。

 腰を上げて、外に顔を出す。少し先の砂浜で、アンドロメダともう一人が掴みあっていた。というよりも、アンドロメダがそいつの首根っこを押さえつけて、猫を乱暴に持ち上げるみたいにしていた。彼女が力尽くでこっちに引きずってこれる程度には、相手は小柄で、近づいてきてようやく納得した。相手はメデューサと同じくらいの少年だった。

「どちら様?」

「近所の悪ガキね」

 悪ガキに目を向けると、フイと明後日の方を向いた。生意気な奴だ、状況を分かってないと見える。

「言ったわよね。来るなって」

「何でだよ! どうして急に来るななんて言い出すんだよ! メデューサは家に籠りっきりだしさ!」

「だから、言ったでしょう? メデューサは病気で寝ているの。うつしちゃ悪いから来るなって言ったの。治ったらまた来ていいから、それまでは」

「嘘だ!」

 言葉を切られ、真正面からの否定にアンドロメダがたじろいだ。

「姉ちゃんの言う事は全部嘘だ! 俺知ってるんだからな! 姉ちゃん嘘吐くとき唇を少し舐めるんだ」

 ほお、只の悪ガキかと思いきや、なかなか観察眼のある奴だ。

「教えてくれよ! 俺が何したってんだよ! 何かしたなら謝るから、また来させてくれよ!」

 熱い訴えだった。子どもながらに。だからこそ、だろうか。

 そんなに熱くなれる彼が、誰かのことで言いつけも破って走れる彼が、少し羨ましい。

 けれど、この状況では、彼の思いは厄介だった。もし仮にメデューサの症状を知られたら、流石の彼でも街の人間に報告してしまう可能性がある。魔龍の前に彼女たちに討伐命令が下されかねない。

 もちろん、そうならない可能性だってある。

「仕方ないわね」

 アンドロメダは彼の首根っこを掴んで持ち上げ、目線を合わせた。さて、彼女はどうするつもりだろう。

「じゃあ、教えてあげる」

 そして、酷く悪い笑みを浮かべた。美人なだけに、凄味のある笑顔はある意味強面のヤクザや警官より怖い。

「前にも話したと思うけど、私たちは魔女アテナの末裔で、魔術を行使する魔女なの」

「知ってる。前にも聞いたから」

「じゃあ、魔術をどうやって使うか、聞いたことは?」

 悪ガキが、戸惑ったように首を横に振る。

「魔術を使うには魔力が必要なの、魔力は生命力を変換して使うのだけれど、まあ、使えば減るわけ。回復するには、ゆっくり休んだりするのだけど、一番手っ取り早いのが食事。人は、動物や植物の命を食べることで、それがもつ生命力を食べて回復させるの。ここまではいい?」

「お、おう」

「魔力を回復する一番の食べ物は、人の血なの。特に、子どもの血は魔女にとって最高の素材ね。魔術の触媒にしてもよし、そのまま飲み干して魔力にしてもよし」

 うっとりしたように、上気したのか赤くなった頬に手を当てて、薄く微笑む。ビクリ、と悪ガキは体を震わせた。

「子どもの肉なんて何年ぶりかしら。良ければ一緒に、どう?」

 とウィンク。断る理由もないので、話に乗る。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 いよいよ悪ガキの震えがピークに達しようとしていた。

「不用意に魔女の住処に近付いた、己の不運を呪うがいいわ」

 にい、と牙を剥く。悪ガキ何某は先ほどまでのふてぶてしい態度が鳴りを潜め、肉食獣に囲まれた小鹿のようになっていた。

「姉さん。もう許してあげて」

 クシナダに背負われて、苦笑しながらメデューサが出てきた。顔には再び包帯が巻かれている。

「メデューサ!」

 驚いて悪ガキを取り落した。落ちた本人は痛えっ、と悲鳴を上げて転がった。

「寝てなきゃダメでしょう? だいたい、お客様に何をさせているの? 迷惑かけちゃダメじゃない。そもそも不用意に出てきちゃダメでしょう!」

 ごめんなさい、とクシナダに謝る。

「私はいいんですよ。全然大丈夫です。この子軽いですし。それに、ほら、何か言いたいことがあるのでしょう」

 後ろのメデューサに声をかける。姉さん、と彼女は言い

「彼はあの時以降もたまに来て、姉さんがいないときに話し相手になってくれていたのです」

「なんですって?」

「こっそり逢引きをしていました」

 茶目っ気たっぷりにメデューサがはにかむ。呪いの影響から家に籠り切りだから、辛気臭い子どもじゃないかと勝手に思っていた。

 楽しそうな妹とは裏腹に、姉は呆れ顔だ。

「何のために人の目を避けて暮らしていると思っているの?」

「そう言わないで姉さん。彼のおかげでずいぶんと助かっているのです。ここがこれまで街の人たちに知られなかったのは、彼らのおかげでもあるのですし」

 どういうことだろうか。僕の疑問を感じ取ったか、メデューサが説明してくれた。

「彼はスラム、街とここの間にあるもう一つ別の街の住民です」

 タケルやクシナダも、ここに来るまでに見て来たでしょう? と彼女は言う。もちろん覚えている。同じ街かと疑う様な、整備の行き届いていない荒れた街並みだった。

「彼らはたいていが街の人々を快く思っていません。自分たちが苦しいのは、街の人のせいだからです」

 どうも、ただ貧しいからとか、単純な理由で彼らは追いやられているわけではないようだ。

「彼らのほとんどは、現王アクリシオスの政治よって虐げられた方々です。私たちの両親のように政治に批判的な意見をした人は当然の事、税金を払えない者は家財没収、城の増設や道路の建設に邪魔だから強制退去、王の視界に入ったから鞭打ち、気に入られなかったから処刑」

 ある程度は想像していたが、まさか斜め上をいかれるとは思わなかった。

 嫌わない方が難しいでしょう? とメデューサ。

「こんなですから、自分からスラムへ逃げ込む人も大勢いました。残っているのは、王に都合のいい、耳触りのいい言葉だけを語る者たちだけです」

 街の方を振り返る。ここからでも見える白亜の塔は白アリに喰い尽くされるまでもなく、土台はボロボロになっている。

「反対に、街の人に虐げられた者たちに対しては非常に友好的になります。私たちにも親身になってくれましたし」

「へへ、メデューサに言われて、俺たちずっと嘘の情報を街に流してたんだぞ」

 なるほど、もし街の誰かがこっちに来ようとすれば、誘導していかせないように対処し、情報も歪んで伝えられる。フィルターのような働きをしているってことか。

「だいたい、俺らみたいな子どもでも簡単に見つけられるような場所が、どうしてこれまで見つからなかったか不思議に思わなかったの?」

 う、とアンドロメダは言葉に詰まった。

「姉ちゃんはそういうところがいっつも甘いんだよなぁ」

 しみじみと腕を組む。

「それに、どうやって街の中心部に行くんだよ。姉ちゃんの魔術だってそんな完璧じゃないて聞いたぞ?」

 メデューサ! と怒鳴りつけるが、向けられた本人は「現実的にいきましょう」とすまし顔をしている。

「姉さんの魔術は自分に意識を向けないようにさせるけど、もし目立つような行動を取ればたちまち見つかります。地下へ通じる道は、街の中央にある、アテナが創った古い神殿跡です。今は取り壊され、王の威光を知らしめるための石像を建設中ですが。地下への道は、そんなほぼ街の中央部に位置する場所です。人通りが多く、夜も警備兵が交代で見張るそんな場所で、目立たないように活動できますか?」

 妹に言いくるめられて、渋い顔をしながらも姉は黙り込んでしまった。

「その点、俺たちなら、普段から街の中を歩き回っていても怪しまれないぜ」

 ぐいと悪ガキは自分を親指で差した。

「俺が兵士の気を引き付ける。その間に、あんたらが地下に潜るって寸法さ」

「そんな危険なこと、させられるわけないでしょう!」

「じゃあどうする!」

 息を吹き返したように悪ガキが吠えた。

「そのことで時間がかかって間に合わなかったらどうする! 姉ちゃんがいない間メデューサはどうする! 問題だらけで自分の手には負えないのに、どうして一人ですべてやろうとするんだ!」

 おお、子どもとは思えないな。今のままでは何もできないという理屈と心配しているという感情合わせた見事な論法だ。

「部外者からの口出しになるが」

 言い争う二人がこちらに注目した。

「さっきクシナダも言ってたと思うが、協力者は多ければ多い程良い。自分でも言っていただろ? 魔龍を倒せるのか、僕たちの実力はどの程度か、って。そんな強大な敵を前に、危険とか危険じゃないとか、無意味だ。危険しかないんだ。あんたが危惧する魔龍が復活すれば、メデューサは呪いが進行する。魔龍がアテナの記録通りというなら、この辺りは生き物の住めない場所になる。そしたら必然的に、そのガキどもも死ぬだろう」

 それだけの危険を前にして、まだそんな人道的なことを議論できるとでも?

「逃げ足の自信は?」

 僕は会話の矛先を悪ガキに向ける。僕から話しかけられると思ってなかったのか、少しおどおどしながらも「もちろん、ある」と断言した。

「本人もこう言っているんだ。やらせてみたら?」

「あなた、無責任に何言い出すの! 子どもにそんな無茶を」

「その考えは誤りだ」

 彼女の言葉を遮る。

「子どもだから、などと言って、そいつの覚悟や意気込みまで疑うな。それは、そいつの実力を軽んじていることに他ならない。自分に出来ないことをやってのける人間には、敬意を払うべきだ。それが自分の身を助ける物であるならば、特に。僕から見れば、あんたの方が現実を見ていない子どもの様に見えるよ」

 利用できるものは、全て利用すべきだ。それでも勝てるかどうかわからないのだから。責任だとか、そういうものは全て終わった後に生き残った奴がすればいい。取るつもりなど毛頭ないけれど。

「ほら、この助っ人の兄ちゃんもこう言ってるんだ。絶対役に立つぜ!」

 なあなあ、と悪ガキに縋り付かれ、アンドロメダはとうとう諦めた。ふう、と大きく息をつく。

「みんな、家に入って」

「お、おい、姉ちゃん。話はまだ・・・」

「こんなところで話してたら、潮風がメデューサに体に障るでしょう」

 あなたも入りなさい。

 言い残してアンドロメダはクシナダと彼女に背負われたメデューサを家の方に押し込む。この後を、喜色満面な悪ガキが続く。

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