第16話 この日のために、こんなこともあろうかと
「作戦会議よ」
アンドロメダが僕たちの前で腕を組んだ。
「まず封印の木が切らられるのは近々という話だけど」
「それなんだけど、新情報だぜ」
悪ガキが言う。
「おふれが出たよ。三日後、セレモニーを行うんだって」
「セレモニー・・・、おそらくその日が決行日なんでしょう。思った以上に早いわ」
こちらも計画を早める必要があるわね、とアンドロメダは前置きして
「タケル、クシナダ。来てもらって早々で悪いのだけれど」
水を向けられたので、僕とクシナダは互いに目くばせして、頷く。
「私たちはいつでも大丈夫。ね?」
「もともとそのつもりだ。手間が省けてありがたい位だ。ただし、勝てるかどうかはわからないけどな」
保証はできない。いや、こういうものに保障などあり得ない。何が起きるかわからないのだから。
「それでは困るけれど、本当に困るのだけれど。この際四の五の言っていられないわ。今ここにある武器で何とかするしかない」
まったく、とアンドロメダが毒づく。
「時間は本当に不平等ね。誰に対しても同じだけ時間が進む。こちらはこれから準備だってのに、王は指示一つで今からなんでも動かせるんだもの」
時間は平等とはよく聞いたが、不平等とは初めての表現だ。だが、言われれば確かにその通りだ。例えば才能の有無。才能のある者とない者、同じ時間だけ訓練をしたとして、どちらの方が上達するか。答えは当然才能のある方だ。誰に対しても平等だからこそ不平等なのだ。同じことをしていては、持たざる者は、絶対に持つ者に勝てない。
「嘆いていても始まらないわ。姉さん」
「わかってる。・・・これからのことを説明するわ」
仕切り直し、といった風に、アンドロメダはすっと息を吸い、僕たちを見回す。
「神殿跡地に侵入するのは、私とタケル、そしてクシナダの三人。内部は一本道だけど、伝承通りならかなりの時間がかかるはず。武器以外にも、食料と水が必要ね。急いで用意しないと」
「と、そんなこともあろうかと」
悪ガキが言う。
「ここに、用意してあるぜ」
勝手知ったる、といわんばかりに、悪ガキが床の一部を叩いた。すると、その床板の叩いた箇所はめり込み、反対側がめくれ上がる。
「ちょっと、あんた何」
「まあまあ」
戸惑うアンドロメダを手のひらで制して、床下を漁る。取り出されたのは肉や魚の干物だ。
「作ったのをちょっとずつ持ってきて貯えておいたんだ。万が一俺たちの方にも危険が迫ったとき、何も持たずに家から逃げた時は、ここに来ようと思って」
「あんた、そんな勝手なことしてたの?」
「持ちつ持たれつ、ですよ姉さん。助け合いです。いざというときは私たちも使っていいと言ってくれましたし」
子どもの方がしっかりしてるな。
とにもかくにも、食料の問題は解決しそうだ。
「後は、防毒薬ね。魔龍の息は毒。アテナは毒を防ぐために、体中にシコウカの葉からとったエキスを塗り、アリノ仙草を煎じて飲んだというわ」
ごそごそと棚を物色し、取り出してきたのは、何とも言えない悪臭を放つ、茶色いドロリとしたジェル状のものと。
「後は、確か・・・」
と続けて出てきたのはケミカル色の強い、匂いを嗅いだらなぜか鼻がツンとするショッキングピンクの粉末状のものだ。
・・・これこそ毒だと思ったのは、僕だけではあるまい。
「あ、アンドロメダ、さん・・・? これは、一体・・・」
鼻の利くクシナダが最大級の警戒していた。物言わず動きもしない物体に対して既に及び腰だ。
「何って、今言ったじゃない。魔龍の毒を防ぐシコウカのエキスと体内に入った毒を解毒する効果のあるアリノ仙草の粉よ。この日のために準備してきたのはあんたたちだけじゃないんだから」
当然、という顔で言われても困る。いや、まさか毒をもって毒を制す、というスタンスか?
「嘘だ! 絶対嘘だ!」
悪ガキと意見があった。この世界のこの地域ではこれが普通、という訳ではなくてホッとした。
「毒じゃないわよ。失礼ね。そりゃ、確かに見た目は悪いかもしれないけど、文献通り作った魔女アテナの薬よ? 効果は抜群、のはず」
「最後の最後まで言い切らないと、余計不安を煽りますよ。姉さん」
苦笑しながらメデューサ。
「見た目と匂いと、おそらく味も保証できかねますが、効果だけは大丈夫です。姉さんの薬はアテナにも負けないと私は信じてます」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。ほら、長年私の薬の実験だ・・・服薬してるメデューサが言うんだから、間違いないわ」
「・・・姉さん?」
不穏な発言をした姉に、流石の妹も頬を引きつらせる。まあ、どうしたって僕らは信じて飲むしかないのだ。魔龍の毒の効果は未知数、戦う前にへばってしまっては面白くない。ただ、戦う寸前までは待とうとは思う。これは、効果が長持ちするようにという配慮の他に、なかなか踏ん切りがつかない、という意味もある。
「じゃあ、何だかんだで準備はできている、と思っていいのか?」
僕が言うと、そうね、とアンドロメダは目の前にある道具を見渡した。
「決行は明日の夜。神殿跡地に忍び込み、最深部の魔龍を目指す。それでいい?」
僕とクシナダは頷く。メデューサは静かに「はい」と応え、悪ガキも「おう」と威勢のいい返事で応じた。
「よろしい。じゃあ、今日はしっかり食べて栄養をつけましょう」
とアンドロメダが言うのに対して
「・・・もう、俺は、喰わない、よな?」
と恐る恐る悪ガキが尋ねた。まだどこかで、魔女は子どもを喰うのだと怯えていたらしい。
一拍おいて、全員が大笑いした。あれは冗談よ、と涙を流しながら笑うアンドロメダが彼の分の食器も用意する。
これが最後の晩餐にならなきゃいいけど。心中でそんな不謹慎なことを考えながら、僕もご相伴にあずかった。
もちろん、ケミカル色の強いショッキングピンク色のパンはでなかったし、ドロリとした悪臭を放つスープもでなかった。質素な、けれど常識の範囲内の食事だった。味も匂いも普通。どうしてこういう常識の中で、あんな想定外の物が出来たのだろうか。あれこそが魔女の成せる業なのか。まだまだこの世界は不思議で満ちている。
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