第17話 侵入

 翌日の深夜、月明りもない薄曇りの空の下、暗闇の中を進む。頼りになるのは先頭を行くアンドロメダが持つカンテラの灯りだけ、なのだが。

「何?」

 隣にいるクシナダが、この暗闇の中僕の視線に気づいた。どうやら鋭くなった感覚はここでも大活躍のようだ。

「もうすぐよ」

 アンドロメダの歩く速度が緩やかになり、止まった。建物の陰から、そっと覗き込む。真似して覗いてみると、煌々と焚かれた松明が二つと、兵士が数名立って寝ずの番をしている。

「今更なんだけど」

 アンドロメダに向かって尋ねる。

「どうしてこんなところを兵士が番してるの?」

「知らないわよ」

 そっけない答えが返ってきた。

「自分の像を立てる場所を守らせてるんじゃないの?」

 そうなのだろうか。完成された像ならともかく、ただの土台を? 不可解なものを感じながらも、かといって明確な理由がわかるわけでもない。これ以上考えても仕方ないと諦め、アンドロメダと同じように物陰で息を殺して、その時を待つ。

「大変だ!」

 誰かが声を上げながら、兵士たちに近付く。松明の灯りで照らされたのはあの悪ガキだ。

「何だクソガキ、うるせえぞ」

「す、すみません。でも、大変なんです」

「何がだ。下らねえことで騒いでたならぶち殺すぞ」

 言ってみろ、と兵士が顎をしゃくった。はい、と昼間の生意気な態度など一片も見せず、おどおどしながら悪ガキは喋る。

「昨日の昼間、兵士さんたちと喧嘩した二人組がいたんです」

 それを聞いて、兵士たちの顔色が変わった。悪ガキが言っていたのだが、騒ぎを起こした僕たちのことを、彼らはあの後も血眼になって探し回っていたらしい。ご苦労なことだ。

「すぐ案内しろ」

 兵士の一人が悪ガキに先導させる。もう一人が仲間を呼びに違う方向へ消えた。おそらく他の仲間を呼びに行ったのだろう。

「本当に大丈夫かしら」

 無人となった遺跡後を前にして、アンドロメダが悪がきたちの向かった方向に目をやる。

「本人も大丈夫だと言っていたし、それに、昨日の煙幕もいくつか渡しておいたんだろ?」

「それは、そうなんだけど」

 今更心配しても仕方ないだろうに、彼女は子供を心配する母親みたいに気にしている。

「私たちが思う以上に、あの子はしっかりしているから心配いらないと思いますよ。それよりも、魔龍を倒す事の方が彼にとって重要だと思います。もし私たちが失敗したら、あの子だけじゃなく、この街全体が崩壊するんですから」

 クシナダが言う。全くもってその通りだ。彼の行動を無駄にしないためにも、僕たちは急ぐ必要がある。心配なんかしてる暇ない。むしろされてる方だ。

「そう、よね。私たちは、私たちの仕事をきちんとこなさなきゃ。しっかりと役目を果たした彼に申し訳が立たないわ」

 両手で頬を叩き、気合を入れる。集中してもらったところで尋ねる。

「で、早速だが入口はどこになるんだ?」

 目の前には見える限り更地しかない。広さは、大体二十メートル四方と言ったところか。所々瓦礫が残るものの、建物の残骸は粗方撤去されたようだ。地下に通じるような穴も扉もなさそうだが。

「地下への入り口は封印されてるの」

「封印?」

「そうよ。目に見えたら、誰か入っちゃうかもしれないでしょう? たとえば、欲に目がくらんだ兵士とか」

「好奇心の強い子どもとか?」

 そうそう。とアンドロメダは言って、松明で足元を照らしながら進んでいく。ふらふら、ふらふらと歩いていたと思ったら、更地の中央あたりで彼女は立ち止まり、しゃがみ込んだ。そしてその場の砂を少し払う。

「あった」

 手招きで僕たちを呼ぶ。近づくと「これを見て」と明かりをその方へ近づけた。

 そこには、八角形の石版があった。アンドロメダが念入りに石版を払う。積もった砂埃が払われて、徐々に元の姿が見えてきた。良く見たら細かい線が幾重にも入っていて、何かの模様が刻まれている。

 持ってて、と松明を渡される。ごそごそと荷物を漁る彼女の手元を照らす。羊皮紙の巻物を取り出して、書かれている文様と照らし合わせる。

「間違いない。文献に残っていた文様そのまま。アテナの封印よ」

 ええと、ここから? と近くで聞いている僕たちが実に不安になる様な独り言を発しながら、アンドロメダはああでもないこうでもないと羊皮紙をひっくり返したり石版に指を這わせたりしながら試行錯誤を繰り返し

「わかった!」

 ポンとげんこつで手のひらを打った。おもむろに親指に浅く切り傷をつけ、血を数滴、石版中央へ落とす。

「ここを、こうして、こうやって」

 落ちた血を指で伸ばす。中央から、八角形の角へ、角から角へ、そして中央へ。一筆書きのように描く。

「これで方陣はよし。後は」

 離れて、と手で合図され、数歩、後ろに下がった。

「ええと、ここで解除の呪文・・・は、と。『閉じられし門は消え、我が前に道が開かれん』」

 ギャルン、と八角形の石版が左に回転した。すると、そこを中心に地面が波打つ。中央から土が除けられているようだ。地面が割れ、目の前に階段が現れた。

「行きましょう」

 アンドロメダは僕から松明を受け取って、階段を下っていく。それに続いて階段の一歩目を踏み入れる。かなりヒンヤリしている。足先ち体が受けている気温差が大きい。外は夜だから比較的涼しくなっているが、それでも二十度近い、春先のような気温だ。だが地下道内はそれよりも五度は低い。

「寒っ」

 後から続いてきたクシナダが体を抱えて震えている。

「足元が濡れてるから、滑らないように気を付けて」

 先を行くアンドロメダが声をかけてきた。真っ暗闇で足元が滑りやすいのなら、なおさら彼女の持つ松明の灯りが頼りだ。

 階段を三十段ほど下ると、左右の壁がなくなり、ぽっかりと開けた場所に出た。松明の灯りが横に広がり、影が伸びる。

「うわぁ~」

 クシナダが感嘆の声を漏らすのも無理はない。そこに広がっているのは、魔龍の住処とは思えないほど幻想的な光景が広がっていた。

「これは、鍾乳洞か」

 天井から幾重にも伸び連なる鍾乳管は、揺れる光や浮かび上がる影によって万華鏡のように姿を変える。

「鍾乳洞? この柱のこと?」

「と、言うよりは、こういう洞窟のことだ」

 最近こういう役回り多いな、と思いながら、しかしクシナダの疑問に答えるために覚えている範囲の知識を伝える。

「あの柱の先から、水滴が落ちてるのが見えるだろ?」

 ふんふん、と頷いてくれるので、教えがいがある。そうか、姉さんも俺に勉強を教えるときはこんなだったのか、と思いながら続ける。

「あれは、雨が降って地面に染み込んだ水が流れてる。前に、海が何故塩っ辛いのか話したよな?」

「確か、地面、岩とか石とかに入っている塩が川の流れで削られて川水に溶け込んでいるのよね?」

「そう。川は、雨とか溶けた雪とかの水滴が集まってできたものなんだけど、雨水も染み込むだけに留まらず、集まって川みたいになる。ここもそう。地下にあるか地表にあるかの違いだけ。この地下の川は流れていくついでに、周りの土や岩を削る。そうしてできるのが、こういった洞窟」

「これが、川の流れだけで出来たというの?」

 クシナダも、一緒に聞いていたアンドロメダも同じように辺りを見回す。水の流れといえば川の流れくらいしかしらない彼女たちにとっては、水の力がこれほどのものになるとは思わなかったようだ。

「何千、何万って時間をかけて作られるのがこういった洞窟。この柱、鍾乳管、だったかな、こいつも理屈は同じ。石灰質の岩を水が削り取って、そのままこうして地下に流れる。その途中で、水に含まれてた成分が今度は空気に触れることで変質し、少しずつ固まり出す。こいつも長い年月をかけて作られた柱なんだよ」

 それだけじゃないかもしれないが。地震とか、地層の変化で生まれることもあるだろうし、と例外も付け加えておく。

 はぁ~としきりに感心しているクシナダ。意外と、人に物を教えるの面白いな。

「じゃあ、ここの行きつく先も海、ということなの?」

「多分。おそらく出口は海中だと思うけど」

 海抜数メートルの場所から、すでにもう四、五階分は降ってきている。階段をおりきったと思ったら、そのままなだらかな下り坂だ。方向感覚が間違っていなければ、海の方だ。もしかしたら、すでに頭上は海で、僕たちは海底の下を歩いているのかもしれない。

 途中で休憩を挟みながら、二時間ほど経過しただろうか。僕らの目の前に、明らかに人の手が入ったものが見えてきた。

「これは、門?」

 最初に辿り着いたアンドロメダが、松明を掲げる。それは、この洞窟の縦も横も埋め尽くす巨大な門だ。閂や鍵が通常かかっている場所に、代わりに先ほどの入り口を閉じていたのと同じ八角形の板がはめ込まれている。

「もしかして、こいつが」

「ええ、そうね」

 全員が同じ意見だった。この先に、魔龍が封じられている。

「準備はいい?」

 アンドロメダが振り返って尋ねる。答えなど、とうに決まっている。

「開くわ」

 入り口と同様に解除された門が、ゆっくりと観音開きで、こちら側に向かって開く。

「?」

 頭の中を、違和感が駆け巡った。開かれた門を見比べる。何か、見落としている気がしてならない。何かがおかしいのに気付いているのだが、それが何かを判別できない。非常にもどかしい状態だ。

「どうしたの?」

 クシナダが尋ねて来ても、僕自身がその答えを持っているわけではないから何とも答えられない。結局なんでもない、と返して、彼女らと共に先へ進む。

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