第82話 奇跡は、つくれる
「なるほど、こうして着替えると、恐ろしいまでに似ておるなあ。まるで双子だ」
感心した様に呟いて、ラグラフが顎をさすった。インディウムたち側近たちは声も出せない。彼らの目の前にはカグヤと、カグヤと同じ服に着替えたクシナダが並んで立っていた。
「これならば、上手く行くやもしれん」
可能性が見えてきたプラトーは、長い暗闇を彷徨ってようやく出口を見つけた遭難者のような顔をしていた。反対に、憂いを帯びていたのはカグヤだった。
「どうしたの?」
クシナダが彼女に声をかける。
「クシナダ・・・やはり、あなたにこんな危険なことを押し付けるわけには」
開きかけたカグヤの口元に、クシナダはそっと人差し指を当てた。
「それはさっきの話で却下されたじゃない。あなたは彼らの為にも死ぬわけにはいかないんでしょう?」
カグヤが死ぬということは、王家の血が断絶することを意味する。同時に、プラトーたちが擁立する御旗が失われ、その下に集っていた連中が離れていくことにつながる。もちろんゲリラ的な展開もできるだろうが、絶対的指導者がいるのといないのとでは求心力に大きな違いが現れる。戦略的に見ても、戦いの後のことを考えても、彼女は絶対に欠かすことの出来ないピースだ。
「だからって、死ぬ危険がある任務ですよ?! いくらあなた達が強くたって・・・。どうしてここまで私たちに協力してくれるんですか。あなたはこの件には何も関係ないじゃないですか。何の得にも利益にもならないのに、なんで」
「関係ない、なんて、そんな淋しいこと言わないでよ」
全く同じ顔が向い合せになって、笑顔になったり困り顔になったり、傍で眺めている僕にとっては、なんだかひとり芝居を見ているようで楽しい。
「カグヤ。あなたが言ったのよ。私に初めて逢った時に。ここで出会ったのは運命なんだって。じゃあたぶん、私の運命はあなたの運命と交差する運命だったのよ」
初めて彼女たちと逢った時を思い出す。お互いの顔を見合わせて、本当に鏡のように同じ仕草をして、同じ感情を浮かべていた。血のつながりがなく、住む場所も同じ国どころか同じ星系ですらない二人が似ているだけでもとんでもない確率なのに、一億二千万光年も離れた場所にいたはずの二人が、様々な事象が重なって出逢うなんて、それこそ宇宙が誕生するくらいの確率ではないだろうか。言い過ぎかな? ただ、僕は運命を作為的に変えようと画策する存在に心当たりがあるけれど。
「カグヤたちに協力する理由はいくつかあるわ。私は別段タケルみたいに強敵と戦いたいって欲望は持ち合わせてないけど、ジョージワードみたいな悪党は許せないし、困ってるあなた達を助けたいって気持ちは本当なの。だから協力するのが理由。それに、得もあるわ。今まで何にも興味なさそうで、戦うこと以外に関心を向けようとしない彼が、あんなに心惹かれる宇宙に来てみたかったの。少し話したかもしれないけど、私は今まで、自分の生まれた村から出たことがなかったから、知らない物を知りたいって気持ちは、ここにいる誰よりも強いの。自分の都合は結構大きいのは否定しないから、そんなに深刻に考えなくていいのよ?」
奇跡の片割れはおどけてそう言った。
「姫様の考えられていることは分かります。けれど、やはり一番に考えてほしいのは、アトランティカの民のことです」
プラトーがカグヤの肩に手を置いて言う。
「姫様はクシナダ殿たちにアトランティカの兵を殺してほしくないとも、その彼らに殺されて欲しくないとも仰った。確かに無関係だった彼女らを巻き込むのは心苦しいし、我らの無力さを思い知らされるから辛い。けれど、彼女らの協力があれば、アトランティカの民たちの犠牲が減るやもしれんのです。貴方が考えるべきはどれほどの犠牲が出すか、ではなく、犠牲をどれだけ減らせるか、です。そして、その手段が目の前にあるならば、断じてそれを選択する覚悟なのです。どれほど恥知らずな手であろうとも、醜い手であろうとも、それが最善ならばそれを選択していただきたいのです。真にアトランティカを思うなら」
プラトーの言葉、そして、周囲からの願いのこもった視線に、カグヤはようやく決意した。
「分かりました。クシナダ。あなたの厚意に感謝します。どうか私たちに力を貸してください」
「ええ。甘えてもらって構わないから」
そんな二人を見て、周囲のモチベーションも上がっている。その様子を満足げに眺めていたプラトーが「さて」と手を打った。
「ラグラフよ。作戦決行はいつだ」
「姫様を捕らえたことは、すでにこの艦に乗っている乗員全てに行き渡っている。隠し立てはできんし、彼らの中からすでに情報が漏れている可能性もある。本日中には正式に捕らえたという報告をしなければならない。報告が向こうに届くまでは二日ほどかかると考えれば、何らかの返答があるのが最短で四日、向こうが出向いてくるとすれば、儂らがこの星域に辿り着くのにかかった日数が七日で、あちらはこの場所が既に判明しているわけだから五日から六日か」
「では、七日ほどで全ての準備を整えねばならんな」
二日後に向こうにこっちからの連絡が届いてから連中がここに来る、という最短の計算をして、ここに来るまでに五日かかるから、最短七日という計算になるのか。しかし、準備と言っても武器弾薬燃料を補充するのに七日も必要なのか? 彼らの話具合から七日でも足りなさそうなニュアンスが汲み取れるのだが。
「いや、戦闘準備に関してはそこまで時間はかからん」
ラグラフが言うには、戦闘機の整備などは一日もあれば完了するらしい。もちろん裏切り者の存在をこれからも継続して探すから、その意味で言えば時間はいくらあっても足りないが、戦闘を開始する準備はすぐに終わるとのこと。なら、何が必要なのか。
「決まっている。クシナダ殿の教育だ」
当然のようにプラトーが言った。へ? と自分を指差して間抜けな顔をしたクシナダがこっちを見ていた。
「教、育?」
「左様。お主は姫様になりきってもらわねばならんからな。これよりアトランティカ王家の振る舞いを覚えてもらう」
「振る舞いって、そういうのって簡単に覚えられるの?」
彼女の鋭い勘がビンビン危険を察知し、不穏な空気を嗅ぎ取って及び腰になっている。そんな彼女に、一体何を馬鹿なことを、という風な顔でプラトーは笑いかけた。つられてクシナダも笑顔を返そうとしたが、失敗してぎこちない引きつった顔を返している。
「アトランティカの貴婦人のマナー教育は、生まれた時より開始されるのだぞ? 七日など付け焼刃も良い所よ」
「え、じゃあ、無理じゃない?」
「無理ではない。無理を押し通すのだから。なぁに、たかが十数年の教育を七日に圧縮するだけだ。安心めされよ」
「安心できない。まったく安心できない!」
ぶんぶんと首を振って主演女優は取り乱している。だが、すでに舞台は整えられ、チケットはソールドアウトの状態で登板拒否などあり得ない。
「クシナダ。貴方の覚悟、受け取りました」
す、と振付担当のカグヤが後ろからクシナダの両肩に手を添えた。ビクン、と怯えた猫のように体を震わせるクシナダ。本能から、体を逃げようとよじっているが、がっしと抑えられて身動きが取れないようだ。クシナダの方が力は強いはずなのだが、あれが覚悟の差だろうか?
「か、カグヤ?」
「プラトー。こういう事なのですね。どれほど相手から嫌われようと、憎まれようと、アトランティカのために心を鬼にするという事が、私に必要なことなのですね」
「はい」
「では、私はこれより、修羅となります。たとえこのことで地獄に堕ちようと構いません」
「姫様。その地獄への道、御供致します。けして貴方一人に背負わせません」
「あなたの忠義、嬉しく思います。この困難に、皆で力を合わせ立ち向かいましょう」
「ねえ、ちょっと? そんな、そんな話になるの? 嘘でしょ?! ちょっと離してっ!」
「「ではクシナダ。参りましょうか?」」
有無を言わさぬ様子で、カグヤとプラトーがクシナダを引きずっていった。なぜか、売られていく仔牛の童謡が頭の中を巡っていた。彼女の悲しそうな瞳が僕を捉えて離さなかった。
それから七日間、クシナダの悲鳴が艦内に響き渡ったとか響き渡らなかったとか。
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