第81話 作戦会議

 僕たちはラグラフの案内で部屋に連れて行かれた。

「ここならば、盗聴、盗撮の心配はない。あの場にいた者たち以外には、姫様たちは牢屋にぶち込んだと通達している」

「ラグラフ艦長、話、というのは」

 半ば内容を確信しながら、カグヤが切り出した。

「うむ、だがその前に」

 ラグラフはカグヤに向き直り

「姫様。これまで御身に対して数々の御無礼を働いてしまい、申し訳ございませぬ」

 深々と頭を下げた。

「ただ、ご理解いただきたいのは、我々には最初から、あなたを傷つけるつもりも、ましてやジョージワードに売り渡す気もございませんでした」

「では、あなたは、ジョージワードとは別の思惑で動いているという事ですか?」

 カグヤの問いに頷く。

「儂らの目的は二つ。ジョージワードよりも先に姫と破滅の火を保護すること。もう一つが、現政権を打倒すること」

「どうして最初に言ってくれなかったんじゃ」

 責めるような口調でプラトーが言った。その顔はどこか苦々しく歪められていた。裏切り者だと思っていた奴が実は味方だったから、ちょっと恥ずかしいのだろうか。この様子だと、何か悪口を叩きつけたに違いない。だからちょっと気まずい感じになっているのかな。

「最初から好意的に近づいて、疑り深い貴様が信じたか? それに、さっきも言ったがどこで聞かれているかわからん。この艦には九千人の人間が乗っておる。儂としても信頼できる人間を選んだつもりじゃが、母艦を運行する全員を揃えられるわけではないし、選んだ人間がジョージワードについていないとも限らなかった」

 そんな状態じゃ何も話せない。下手に話せばすぐさま追手がかかるだろう。

「我々がジョージワードの思惑に気付いた時には、すでに手遅れでした。軍も政府も完全に掌握され、下手に騒げば反逆者として囚われかねない状況でした」

 王座を手に入れ、政府も軍も手に入れたジョージワードが最後に求めたのは、やはりアトランティカの秘宝『破滅の火』だった。ここまではカグヤたちの認識と一致している。

「話の前に、どうか座ってください。部下に支えられるほど体の自由がきかないのでしょう?」

 立っているのも苦しそうなラグラフの背を支え、椅子に促した。ラグラフは一言断ってから自分の椅子に腰を落ち着ける。

「どこぞの蛮族に、力いっぱい殴られたせいだな」

 苦笑いしながら僕を睨んだ。そっちこそ容赦なくぶん殴ったじゃないか。お互い様だ。ラグラフは僕らにも席を勧める。自分一人が座っているという状況は居心地が悪いらしい。僕たち全員が備え付けの椅子に座ったのを見て、ラグラフは再び口を開いた。

「話を続けましょう。奴にとって唯一の誤算だったのは、姫様が破滅の火を持って逃亡したことです。奴はすぐさま追跡部隊の編成を命じました。ジョージワードの手に破滅の火が渡る前に、何としても先に手を打たねばならない。そう考えた儂は、追跡部隊の一つに自分を就かせる様に提言しました。予想されたような妨害は無く、あっさりと着任が決まりました。艦が手に入った後は信用できる人材を集めました。姫の仰る通り、これまで儂と共に戦ったことがある者たちです。事が事だけに、それでもすぐには信用できなかったし、巻き込むことも憚られた。なんせ祖国を敵に回しかねませんからな。慎重に慎重を重ね、人選し、時には盗聴やメディカルチェックと称したポリグラフ検査を行って、それでも先ほど訓練場に来ていた人間しか信頼がおけない状態です」

 どこに見張りがいるかわからない状態なのです、とラグラフは言った。彼自身もジョージワードに完全には信頼されていないという事だ。互いに出し抜く隙を窺っている。

 では、あの賭けも、ラグラフなりの見極めの一つということだったのか。

「まあ、そうだな。姫に一応だが、味方となる連中の力量を知っておきたかったというのもあるし、話しているどこまでが本気なのか、貴様らの人となりを知る必要があった。戦ってみないとわからんことがある」

 古い武人の考えそのままだ。相手の戦略や戦い方を見て相手の性格を見抜くなんて。それこそ優れた科学技術を応用したメディカルチェックを使おうよ。純粋に、戦ってみたかったというのもある、とラグラフは肩を竦めた。

「よもや負けるとは思わなんだ。素手で負けたのはいつ以来か」

 と負けたのに楽しそうに笑った。ご満足いただけて何よりだ。僕としても楽しかった。けどおそらく、さっきの話からしてラグラフとしては僕を生かしたまま捕らえたかった。まだ本気では無かったのだ。次は、本気でやろうと持ちかけると、ラグラフは「すべて片付いてから、正式に敵に回れ」と言った。お役所仕事を依頼するんじゃないんだから。書類で事前に申請すればいいのか? ハンコいる?

「性格にちと難があるが、戦力としては申し分ない。姫もなかなか人を見る目がおありだ」

 はは、とカグヤは乾いた笑い声をあげた。まあ、彼女自身は僕を置き去りにしようとしてたからな。ここまでくればもう帰れとも連れていけないとも言うまい。というか言わせない。その時は本気でこの艦を乗っ取ってやる。

「で、ラグラフよ。これからどうする気じゃ?」

 プラトーが話を戻した。

「一つ目の目的である、姫の身柄と破滅の火は手に入った。後はジョージワードを打倒するだけだが」

 だけ、と言うにはあまりに困難な、最大の目的にして一番の問題だ。敵は宇宙艦隊の奥深く。こちらは歴戦の猛将と母艦が手に入ったとはいえ、どこにスパイがいるかわからない状況だ。戦況としては圧倒的に不利なことに変わりない。

「予行演習とタケル殿が仰った通り、破滅の火を餌におびき出すとか?」

 ネイサンが提案してみる。これほど簡単にラグラフに近づけたのだから、同じように出来ると考えるのは普通だ。

「その手も使えると思うが、決め手に欠けるな。慎重なジョージワードが、儂に持ってこさせるかは賭けだ。むしろ使いだけ寄越して、儂らを一歩も近づけん可能性の方が高い」

 手柄の横取りを狙っている連中もいる。連中に命令されたら、癪だが従わざるをえない。そういう連中は、何もせず、他人の手柄を横取りして出世していったのだから。

「では、私とセットではどうでしょうか」

 カグヤがさらっと言うことを、誰もさらっと受け止められなかった。プラトーもネイサンもさすがのラグラフも目を見張った。

「何を言いだしているのですか! 正気ですか?!」

「しかし、餌は豪勢な方がいいでしょう? それならまず確実に私は乗り込むことが出来ます。あ、そう言えばタケル。破滅の火は本当はどうしたんです? 飲んでしまったというのは嘘だったのでしょう」

 ああ、そう言えばそうだ。僕はリュックから破滅の火を取り出して彼女に返す。持ち主に戻ったことで火の中の輝きが増した気がした。彼女の方もどこか安心したのかホッとした表情をした。その様子を僕以外にもまじまじと観察している人間が一人いた。クシナダだ。彼女はカグヤを観察しながら、何かを思案するようにしきりに首を捻ったり頷いたりしていた。

「そんな案を採用するわけにはいきません。よしんばジョージワードをおびき寄せられたとしても、御身が危険です。儂は保護が優先でしたが、ジョージワードが優先するとは限らないのです。そしてそこに、儂らが同席できる可能性は低いでしょう。あなた一人では、護衛に脇を固められたジョージワードを討てないでしょう」

 一息に話して口が渇いたのか、テーブルにある水差しから水を飲もうと手を伸ばした。その途端、ラグラフが痛みで顔をしかめる。カグヤが代わりに水差しを取って渡した。ラグラフは水を一気に飲み干す。

 それなら一体どうすれば。そんな空気が艦長室に漂う。

「ねえ」

 淀んだ空気を噴き流すかのような声が僕たちの注目を集めた。クシナダが挙手していた。全員が自分の方を見てるのを確認したうえで、クシナダは続けた。

「あのさ。そしたら、代わりに私が行こうか?」

 再び、今度はカグヤも含めて全員が絶句した。

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