第80話 それぞれの思惑

 勝敗は決した。痛む体をさすりつつ、剣を回収する。

 扉が開き、重装備の兵士がなだれ込んできた。僕を取り囲むように円状に陣取る。

「動くな!」

 四方八方から銃口が向けられる。号令を出しているのはインディウムだ。

「武器を捨てて、両手を挙げろ」

「・・・どういうつもり?」

 理由は分かるが様式美として一応尋ねる。

「僕は、あんたらの艦長の賭けに乗り、決闘して、勝った。武器を向けられるようなことはしてないと思うけど?」

 倒れたラグラフを指差しながら言った。彼は、数人に抱えあげられてドアから出て行った。

「いけしゃあしゃあと、よくもそんなことが言えたものだ。貴様らは、もともとこの艦を乗っ取りに来たんだろう!」

 そうだったっけ?

「首を傾げるな!」

 怒鳴られても困る。乗っ取るつもりはない。利用しようとは思ったけど。

「まあ、いいや。じゃあ、あんたらはラグラフの賭けを無視するっていうわけだね?」

「賭けの対象を良く聞かなかったのか? 艦長は『儂が』とは仰ったが『儂らが』とも『我らが』とも『艦隊が』とも仰らなかった。我らは賭けの対象外よ」

 やっぱりそうか。普通に考えれば、僕が勝てば艦隊まるまる手に入るなんてラグラフばかりがハイリスクな賭けはしないよな。

「わかったら、大人しく武器を置いて・・・」

「ちなみに、一つ教えてほしいんだけど」

 話を遮られたインディウムが不審そうに顔をしかめた。

「何だ」

「この艦の搭乗員は総勢何名?」

 僕の問いがあまりにその場にそぐわない、意味不明のものだったのか、インディウムは一瞬呆気にとられた後、律儀に部下に調べさせた。

「・・・現在、約九千人乗艦している。それがどうした」

 その内、操艦に関わるのはどれくらいだろうか。現時点で通常運航しているんだから、その連中と、カグヤたちを残せば何とかなるかな?

「それだけいるのなら、ここにいる全員を殺してしまっても、母艦の運転には差し障りは無いよね?」

 僕を取り囲む環が、少しだけ広がった。

 僕は剣をだらりと下げて、辺りを見回す。この環が綻びやすそうな箇所を探し、剣を投げこむためだ。どれほどの威力かはわからないが、携行できる程度の銃で、よもや僕の体を丸ごと吹き飛ばすような威力じゃないだろう。二、三発撃たれる間にそこから切り崩すことは可能だ。そして、こっちの混乱が大きくなればなるほど、クシナダたちは動きやすくなるだろう。何の打ち合わせもしていないが、彼女たちなら動く。そういう確信があった。

「待ちなさい!」

 想像以上の速さにして、想定外の人物が先に動いたようだ。

 今しがた兵士たちが入って来た扉から、カグヤが入って来た。クシナダも、プラトーたちもいる。

「双方、武器を降ろしてください!」

「あなたの指示に従う理由がありません。ましてや、あなたはその男の仲間でしょう? 同じく敵勢力です。敵を前にして武器を下げる馬鹿がどこにいますか」

 インディウムはカグヤたちにも武器を向けさせた。彼女の前に、プラトーとネイサンが立ちはだかる。

「指揮官の許可なく戦闘を始める気かですか?」

「その指揮官に何かあったときのために、私のようなものがいるのですよ。プラトー殿。さっき見たでしょう? ラグラフ艦長に万が一何かあったときは、私が代理を務めます」

 今が、その万が一です。インディウムはそう嘯く。

「そのラグラフのことで話があるのです。彼を撃つ前に、その部分を教えてください」

 インディウムが目を細めて見ているのを自覚し、カグヤは深呼吸をして

「私を殺さず、生きたまま拘束したのは何故ですか?」

 インディウムは答えない。

 若い兵士がその質問の意図が読めず、ちらちらと周りを見た。反対に、インディウムのような階級が上の連中や、年嵩がいってる、ベテランに達するような連中は、全く動じていない。

 むしろ、その続きを待っているかのような感じだ。

「タケルが破滅の火を持っていることが判明した時点で、私を捕らえる必要が無くなったはず。わざわざ罠まで仕掛けて追い込む必要はなかった。その場で撃ち落としてしまっても良かったし、無視してしまっても良かった。なのに捕らえた理由です」

 カグヤはインディウムを、そして周りの兵士たちを見渡しながら言った。

「あなた達の目的は、何ですか?」

「私たちの目的は、破滅の火の確保と、アトランティカ王族たるあなたを捕らえることです。捕らえたことに別段おかしな点は無いのでは?」

「本当に、それだけですか? インディウム少佐」

 そしてカグヤはゆっくりと視線を巡らせて

「あなた」

 一点で止め、指差す。そこには、深い碧色の服を着た兵士がいた。

「確か、ティンダリア戦役の時、精鋭と名高き猟犬部隊を率いていたガリオン少尉ですね? お隣にいるのが、ハストゥル方面軍で戦闘艦を指揮していたパリューズ大尉では? 先ほどラグラフ艦長を運ばれていったのは、同じくハストゥル方面軍で大尉の副官だったミレ准尉と第二次ガザントス遠征に従事したシャンミエ中尉でしょう?」

 他にも、と彼女はこの場にいる階級の高い連中の名前や所属していた部隊を言い当てていった。兵士たちは王女に名前どころか部隊名まで知られているということに、少なからず動揺していた。それはそうだろう。僕の世界の感覚からいえば、サラリーマンが総理大臣に名前と会社名と所属部署を知られているようなものだ。だが、それが一体どういうことを意味するのだろう。

「所属していた部隊も出身地も階級も、皆バラバラですが、共通点があります。全員、ラグラフ艦長の下で戦った経験があるという事、また、実行した作戦などから見て、かなりラグラフ艦長の信頼の厚い方ばかりです。後、上げるとしたら」

 これが重要、とばかりにカグヤが一拍間を置いた。

「全員、上官受けがあまり良ろしくない」

 身に覚えがあるのだろう。何名かが苦笑を漏らした。

「命令違反、上官に対する不服従の常連ばかりですね。ただ、その理由は部下を守る為であったり、命令があまりに理不尽であったりと至極まっとうな理由ですが。また、あなた方を嫌っていた上官たちは、今ジョージワードにぺったり張り付いている者たちばかりです。これは偶然ですか?」

 ここまで来て、ようやく彼女が言いたいことが見えてきた。

「よくよく考えればラグラフ艦長のような将軍職にある方が、いくら破滅の火がらみとはいえこんな辺境まで追ってくるわけがないのです。現在政変が起きているわけですから、上位の階級の者たちはこぞってジョージワードの心証を良くしようと、あるいは地位を少しでも向上させようと根回し運動に躍起になっているはずなのです。ラグラフ艦長はそういうタイプではないですが、周りが担ぎ上げたい人材には違いありません。しかし、ここにいるということは、そう言ったレースからはじき出された、もしくは自分から降りたのですね」

 僕もそう思う。あの男は現場で生き生きとするタイプだ。

 出世レースからはじき出された将軍のもとに集まった、同じく出世レースからはみ出した将校に命令違反上等の不良と、軍に入りたてのしがらみも思惑も関係ない若手の集まり。それが、この母艦の構成員たちだ。

「ラグラフ艦長が、タケルとあのような賭けをしたのも、意味があるのではないですか? 確かに彼は自分しか賭けの対象にしませんでしたが、あなた方は、敬愛する彼の意志に従うつもりだったのでは? それに、有無を言わさず彼を殺そうとせず、取り押さえるように動いていた。この行動も不可解です。ですが、もし私の仮説通りなら、彼を生かして捕らえようと言う思惑にも納得が出来るのです」

 もしかして、あなた方は。カグヤが言葉を続けようとして遮られる。あまりに緊張した面持ちのインディウムに。

「姫様」

 視線だけを素早く左右に動かし、一言。鋭く、有無を言わさぬ様子に、カグヤはでかかった言葉を唾と一緒に飲み込んだようだ。

「何の話か分かりませんね。申し訳ありませんが。さて、遊びは終わりです。全員大人しくしてもらい・・・・・」

「遊びとは、酷い言い草だな。インディウム」

 再び扉が開き、人より先に言葉が飛び込んできた。だが、その声はその場にいた全員を振り向かせるには充分な力を持っていた。

「「「「艦長!?」」」」

 答え合わせをするように、扉からは部下、先ほどの話だとミレとシャンミエだったか、彼ら二人に肩を支えられて、ラグラフが戻ってきた。丈夫な爺だ。死んでなかったか。

「ご無事ですか? そもそも動いて大丈夫なのですか?!」

 インディウムたちが駆け寄る。それに苦笑しながら「大丈夫だ」と答え、ラグラフが再び僕の前に現れた。

「インディウム。全員に武器を降ろすよう伝えろ」

「は? いえ、直接命じられればいいのでは?」

 インディウムが至極まっとうなことを言うと、ラグラフは困ったように肩を竦めた。

「それはできん。儂はあの男に負け、今は奴のいう事を聞かねばならん立場だからな。そんな立場の人間が、好き勝手に命令を出すわけにはいくまい?」

「・・・訳の分からないところで軍紀に従わないでください」

 そう言って、インディウムは全員に武器を降ろさせた。

「一応、モニターからは確認した。不審な動きをする者、何らかの連絡を取ろうとする者は無しだ。おそらく、この場にいる者に関しては、問題ないだろう」

 ラグラフがインディウムに耳打ちする。

「では・・・」

「うむ。ここにいるのは仲間のみ、そう考えて良い。すまんが、後を任せて構わんか。儂は姫様たちに話をしておく」

 インディウムは頷き、すぐさま兵士たちに命令を出し始めた。彼らはここでの出来事などなかったと言わんばかりに、自分の担当部署へと戻っていく。戸惑っているのはハワードや、彼と同じくらいの若い世代の兵士たちぐらいか。

「ラグラフ艦長。やはり、あなたは・・・」

 ラグラフが人差し指を口の前に立てて、カグヤを黙らせた。

「話の続きは儂の部屋で。そこなら盗聴の心配はありませんので」

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