第101話 獣民会議は荒れ模様

 翌日、リャンシィは広場に村人を集めた。

 祭りの時はきちんと見渡してなかったのだが、村人たちの前で話すリャンシィの後ろから見渡すと、結構人数がいる。三百から四百、子どもも含めると五百名くらいいる。こうしてみると、色んな獣人がいるなあ。耳や尻尾、角の形も様々で、耳は熊みたいに丸かったりウサギみたいに長くて垂れてたり尖がってたり、尻尾はふさふさしてるのから丸くて短い握り拳大のモコモコがポコンとあったり、鱗がびっしりと生えた龍っぽいのもあったり。なかなか目で楽しめる状況だ。

 昨日ルシフル達が言っていたことを伝えた。もうすぐここが戦場になること。天使の側から協力要請が来ていること。その勝敗が、自分たち、ひいてはこの世界に大きく影響すること。

 村人たちの反応は主に二種類。最初に困惑するのは共通しているが、その後は怯える者と憤る者に分かれた。

「そんなふざけた話があっていいの!?」

 特にリャンシィの妹、リヴが怒りを露わにした。リャンシィに噛みついたって仕方ないと思うんだけど。

「突然現れて、戦争するから手伝えって、無茶苦茶じゃない」

 彼女の怒りが伝染した者たちが、彼女の言葉に追従するように頷いたり怒声を上げたりしている。比較的若い連中が多い。種類も、犬や猫、猛禽類など、肉食動物の獣人が多いような気がする。獰猛な性質も受け継いでるってことかな。反対に不安そうに肩身を寄せ合っているのは年配や草食動物系が多いかな。こんなところまでくっきり分かれるのか。今のところ、半々、くらいだろうか。

「皆の言いたいことは分かる」

 リャンシィが大声を張って、皆の注目を集めた。人望もあるらしく、それだけで村人たちは彼の話を聞こうと静まった。

「だけど、今重要なのは、この後、再び天使が現れるってことだ。この村の総意を確認しに。そして、俺たちは決めなければならない。彼らと共に戦うのか、戦火を逃れるために逃げるのか」

「そんなこと、決まってるわ」

 リヴが言った。

「協力する必要なんかない。勝手に殺し合えばいいのよ。どうして連中の為に命かけなきゃいけないのよ」

「もし決着がついて悪魔とやらが勝ってしまったら、この大地が枯れ果ててしまうのでしょう? それを見過ごす、というのは」

 サイの角を額から生やした男がリヴに意見すると、リヴはものすごい目つきでその男を睨んだ。ひっ、と短い悲鳴を上げて男はびくつく。

「それによリヴ。俺たちの村を脅かそうって連中なんだろ? 俺たちが追い払わなくてどうすんだよ!」

 獅子のような鬣を持つ中年の男が言い、周りの同じような耳と尻尾を持つ連中がそうだ、そうだ、と声高に叫んだ。リヴ以上に血気盛んな交戦派か。自分の村は自分で守る、というスタイルの一派だ。

「天使だか悪魔だか知らねえが、どれほどのもんだってんだよ。いざとなりゃ俺たちで全員ぶっ殺してしまやいんだよ!」

 それを見て呆れたように、大げさな仕草でリヴはため息をついた。

「これだから血の気の多い雄猫どもは嫌なのよ! 暴れる事しか頭にないんだから! 相手の実力も見ずに倒せる殺せるだなんて、どんだけ馬鹿なの?」

「相変わらず口の悪い雌犬だなてめえは! そんなんだから誰もてめえと結婚したがらねえんだよ! 兄貴はどんな教育してんだ!」

「私のことはともかく、リャンシィのことまで侮辱したわね? それ以上言うつもりならあんたの喉食い千切るわよ!」

「面白え、やってみな!」

 二人が威嚇するように喉を鳴らしにらみ合う。リヴの瞳孔が縦に割れる。全身から少しずつ、髪と同じ毛が生えはじめる。ゴリゴリと音が聞こえてきそうなほど体が変化する。顔にも変化が現れた。鼻が引っ張られるように前につきだし、合わせて口も変化していく。覗くのは鋭い牙だ。ビリ、と絹が引っ張られ、引き裂かれる音がした。確か、リャンシィが人型の時よりも数倍体が大きくなると言っていたな。

「止めろ!」

 リャンシィと他数名が彼女らの間に割って入った。

「リヴ! 落ち着け!」

「退いてリャンシィ! あの親父、いつかぶちのめしてやろうと思ってたのよ。良い機会だわ!」

「ああ? 上等じゃねえか返り討ちにしてやんぞゴラ!」

 イヌ科とネコ科だから、仲が悪いのだろうか。それとも彼女らの仲が格別悪いのだろうか。

「止めんかダッツ!」「誰でも良いから押さえるの手伝って!」

 リヴの挑発に乗るダッツと呼ばれた獅子を、龍の尾を持つ男と亀みたいな甲羅を持つ女に抑えた。女の声に、周りがようやく収拾に動き出す。二人はラウンドが終了したボクサーみたいに引き離される

 その光景を傍から見ていて、ん? と記憶の片隅に引っかかる物を感じた。

 なんかあの甲羅の女性、どっかで。甲羅を背負って、しかもボブカット・・・河童? まさか河童なのか?

 UMAかもしれない存在と出くわし、ちょっとした衝撃を受けている僕を無視して、村人たちの会議は再開した。いつの間にかリヴは元に戻っている。破れたと思わしき服も簡単に帯で布を巻きつけて応急処置を施していた。そうか、家屋とか結構凝ってるのに、服が貫頭衣みたいな簡単設計なのは、こうやって変身して破れても良いように、という配慮の為か。

「今まで四回戦って、勝負つかないんでしょ? 完全な互角なんでしょ? むしろ手伝わない方がいいんじゃないの? 避難しておいて、終わったころを見計らって戻ってくれば、連中はまた千年攻めてこないんだから」

 仕切り直して、再び口を開いたリヴの言い分はもっともだ。わざわざ危険を侵さなくても、この戦争は期間限定だ。勝負がつかないまま二つの世界が離れてしまえば、彼らは引き返さざるを得ない。この世界に残る、という手段を取らなければの話だが。それが出来なかったから毎回戻っている。悪魔は、おそらくこの世界の力とやらを余すところなく全てを奪いたい。可能な限り傷つけたくはないだろう。残ろうとすれば、悪魔の目的を妨害したい天使も残る。二つの勢力が残れば戦争は続行で、この世界にどれだけかはわからないが傷跡が残る。だからお互い引くしかない。

「引き分けるとは限らないし、彼らが暴れた影響がどれほどでるかわからない。実際に見たわけじゃないが、俺たちが今まで戦ってきた巨大な虫をその程度呼ばわりしていた。あれを易々と退ける連中が大軍で動くんなら、どこが戦場の中心になるかわからないけど、この村にだって被害出るかもしれないだろう」

 リャンシィがリヴの怒りをなだめるように、冷静な声音で話す。

「じゃあリャンシィは、それだけの力を持つ相手と無理矢理戦わせる気なの?」

「無理強いはしない。天使側も、戦えない者は逃がしていい、と言っていた。けどな、リヴ。そうなると千年後、俺たちの子孫が同じ問題に直面するんだ。そんな無責任な話、後の連中に押し付けて良いのか? 俺たちの子孫が苦労しても、死んでるから無関係、なんて言えるか?」

 それは・・・、とリヴの勢いが削がれる。

「後、あいつらの戦いが終わらなければ、これからもずっとゾンビや虫が襲ってくるんだ。今のところは大した被害は出てないけどさ。でも、今回の戦いで、またそういう置き土産を、今度はもっと強力な奴を置いて行かれたら、もしかしたら被害が出るかもしれない。これは、悪魔側に限らず、天使側も含めてって話だ。悪魔が置いていくんならこちらも、って普通は考えるだろう?」

 この世界版の地雷だ。元の世界では、戦争中にばら撒かれた地雷や不発弾が大量に残り、敵ではなく無関係な人を傷つけている。そして、ばら撒いた方は責任を取ることがない。

「俺は、天使側に手を貸しても良いと思ってる。こんな面倒なことはさっさと終わらせて、後の世代に問題を残したくないんだ。それに、ただで引き受けるつもりはない。こっちだって村の仕事ほっぽり出して戦うことになるし、被害が出るかもしれないんだ。何らかの報酬を確約させる。二度と虫とかゾンビが現れないようにしてもらうとか、な。絶対に俺たちが損しないように交渉する」

 俺からは以上です、とリャンシィが視線を向けた。その先には、目をつむったままの鹿の角を生やした老人、宴の時に僕の隣にいた人物がいた。リャンシィが意見を求めているってことは、この老人が村長か。

「天使たちの話、リャンシィの意志は分かった。確かに、後顧の憂いを立つ必要がある。だが、リヴの言い分もわかる。リャンシィ。天使たちは、参加する、しないの意志はこちらにあると言っておるのだな?」

「はい。天使たちも無理強いするつもりはないって話です」

 戦いたくない物を無理やり連れてきても邪魔になるだけだからな。むしろ邪魔になるくらいなら、いないほうがいいだろう。

「そうか、ならばこやつの言うとおり、戦いに協力する気がある者はこの場に残り、天使たちの来訪を待とう。ただし、それで絶対に協力するということではない。働かざる者食うべからず、食う物無いのに働かせるべからず。協力するからには報酬はあってしかるべきだ。その交渉次第で最終的な結論を出したいと思う。それが我らの働きに見合わない場合は断る。リャンシィ、それでよいかな」

「問題ないかと思います」

「そして、戦いに協力しない者、戦えない者たちは、これより荷をまとめ、バベルから離れよ。しばらく身を隠すのだ。上流にあるため池から、東へ一日ほど歩いた先に洞窟があるのは知っておるな。そこでしばらく暮らすのだ」

「しばらくって、どれくらいなのですか?」

 不安そうなウサギ耳の女が尋ねた。「ああ、それは確認してなかったな」とリャンシィは頭をかいて、村長の代わりに答える。

「あいつらの世界がいつまで繋がっているのか、いつまで戦うのか、その辺はこれから確認する。わかり次第全員に伝える。今夜来るはずだから。後は、決着がついた後に迎えに行くって話になるかな」

 それで納得したのかは分からない。けれど、頷いて食い下がらなかった。

「方針が決まったところで、会議は完了とする。各々、準備に取り掛かれ」

 鶴ならぬ鹿の一声で、全員が動き出した。

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