第144話 剣帝

「散々好き勝手言いやがって、ただで済むとは思ってねえだろうな」

 スキンヘッドがレイネばあさんにやり込められた分の怒りまで僕に向けてきた。

「表に出な。決闘だ」

 決闘? 何でだ。ウルスラもそうだが、狩猟車同士で戦うのが流行ってんのか? 血の気が多い連中ばかりだと聞いてたけど、そうやって適度にケンカして血抜きでもしないと駄目なのか?

「この街の狩猟者はもめた時にコイツで決着つけるんだよ。負けた方が勝った方の言うことを聞くんだ。どうだ。簡単な話だろ」

 スキンヘッドが背中の大剣を抜いて、僕に突きつけてきた。店の中で取り出したって邪魔にしかならないだろうに。

「てめえが臆病者じゃなけりゃ、この勝負、受けるだろ?」

「嫌だ。面倒くさい」

 突きつけられた剣を掌で押しのけて、僕はレイネばあさんの前に立った。

「とりあえず、今手持ちのやつ。これでいくら位?」

 リュックから獣の皮などの戦利品を取り出す。

「え、ちょ、おい!」

 スキンヘッドが何か言ってるが無視した。

「あと、金貨と宝石が少しある。金貨は違う街のだけど大丈夫?」

「え、と、うん。大丈夫だ。重さで測るからね」

「おい! 無視すんな!」

 肩を掴まれて、無理矢理振り向かされる。

「まだ何か用があるのか?」

「うんざりした顔すんな! 俺が悪いみたいだろうが」

 みたいも何も、そっちが悪いと思うのだけど。

「何が嫌だ、だ! 狩猟者なら決闘を受けろ!」

「何でだよ。面倒くさい。申し込まれたら絶対受けなきゃならないルールでもあるの?」

 レイネばあさんに尋ねる。

「いや、別に絶対って訳じゃないが。ただ狩猟者は舐められたくないって連中が多いからね。断ったやつは初めて見たよ」

「ほら。昔から住んでる人もこう言ってる。断っても別に問題なさそうだ」

「やかましい。屁理屈こねやがって。この臆病者が! てめえには意地ってもんがねえのか! 持ってる立派な剣は飾りなのか!」

「腹も膨れない、見栄だけの意地なんぞ無価値だ。僕には必要ない」

 スキンヘッドは唖然とした、理解できないって顔をしている。おそらく、自分と価値観が違う人間に会うのは初めてなんだろう。

「こっこっこっこっ」

 困ったからって鶏の真似をされても困る。

「この野郎!」

 違った。あまりに頭に血が上りすぎて吃音っぽくなっちゃっただけだ。スキンヘッドが店内なのも忘れて剣を振りかぶった。レイネばあさんと彼女の孫が悲鳴を上げる。

「止めるんだ」

 スキンヘッドの腕が後ろから掴まれた。振り向いた彼の顔が驚愕に染まる。

 腕を掴んでいたのは、いかめしい鎧に身を包み、立派な拵えの剣を背負った、美丈夫と呼んで差し支えない男だった。

「シュマ様・・・」

 どこかうっとりしたように、レイネばあさんの孫が呟いた。

「店の中で剣を振るうとは、どういうつもりだ」

「う、うるせえ! 離しやがれ!」

 スキンヘッドは暴れるが、掴まれた腕はびくともしない。どころか、ずるずると力尽くで外に連れ出される。スキンヘッドの仲間達も当惑しながら後に続いた。

「とりあえず、鑑定を頼むよ」

 うるさいのがいなくなったので交渉を続けることにした。

「・・・あんた、いい根性してるねえ」

 呆れながら、レイネばあさんはカウンターに置かれた物を手に取る。モノクルをかけ、近づけたり遠ざけたり掲げたりして品定めをしている。その間、外でわめき声や剣戟の音が届いていたが無視した。やがて外の騒がしさが静まり返った頃、レイネばあさんの鑑定も終わった。

「ふむ、しめて金貨十五枚、銀貨五十枚ってとこだね。あんたらの金貨はこの街で使う金貨よりもかなり小ぶりで軽かったから、半額ってとこだね。それが五枚だから、金貨二枚と銀貨五十枚。宝石は一つにつき金貨四枚で計十二枚。かなり質の良い物だが、正直この街ではあまり高く買い取れないね。他の街なら倍の値が付くだろう。売らずに持っておいたほうが良い。毛皮は重宝するから、全部で金貨一枚分ってところか」

 どうする? とレイネが視線を向けてきた。宝石の値段は他の街のほうが高いとか、自分達に不利益になることも構わずきちんと査定し、教えてくれた彼女には、クルサの言った通り信頼の置ける人物だった。少し考えた後たずねる。

「この街で普通に生活するのに、一日大体いくらくらい掛かるものなの?」

「そうだね、銀貨五枚で普通の宿屋に一泊。食堂の食事は一回につき銀貨一枚で十分食えるだろう。酒を飲むなら話は変わるが」

 単純計算で一人一日、銀貨六枚で生活できる。今の話を聞いてると、金貨は一枚で銀貨百枚分の価値があるみたいだから、現在銀貨換算で千五百五十枚。こちらは二人だから一日十二枚。ざっと約百三十日分だ。もちろん道具を買ったりするからもっと少なくなるだろうけど、それでも三ヶ月は余裕で暮らせるってことだ。

「その値段で換金をお願いするよ。ついでにさっきも言ったけど、部屋も借りたい。宿代はいくら?」

「うちも一泊につき銀貨六枚だ。けど、買い物や換金をうちで利用してくれる客は割引値段の四枚にしている。あんたらも四枚でいい」

「助かる。じゃあ、とりあえず五泊分頼むよ。今の換金分から引いておいてくれ」

「わかった。残りは金貨十五枚と銀貨十枚だ。アリア、用意して頂戴」

 後ろにいた孫が二つの皮袋に金貨と銀貨をそれぞれ入れていく。

「ど、どうぞ、ご確認ください」

 手渡された皮袋を開く。一つをクシナダに渡し、確認した。間違いなく金貨十五枚、銀貨十枚入っている。

「部屋は二階にある。一旦外に出て、店の右側に階段があるからそこから上がってくれ。今は他に誰も使ってないから、好きな部屋を選びな」

「早速使わせてもらう」

 礼を言って店から出た。外にはまだ人の壁があった。むしろ増えている。しかし、彼らの注目は既にこの店で起こっていたケンカからある人物へと推移していた。先ほどスキンヘッドを連れ出したシュマという男だ。遠巻きで見ていた者達は、こぞって彼の元へと集っている。アイドルとそれを取り囲むファンみたいな状況だ。スキンヘッドたちはいなくなっているが、大人しく帰ったのだろうか。

 僕達が外に出てきたのに気付いたシュマが振り返って、こっちに笑いかけてきた。

「やあ、大丈夫だったかい?」

 大丈夫? 何のことだろう?

「安心してくれ。彼らにはお引取りいただいた。もうこの店にも、君達の前にも現れないだろう」

 考え込んでいるのを、まだ怯えが抜けきっていないと解釈したらしい。ようやく理解した。大丈夫というのは、あのスキンヘッドどもを追い払ったことか。

「君達は、見たところ新しい狩猟者かな?」

「そうだ。あんたは?」

 名前は知ってるが、それだけだ。僕が聞き返したことに、回りの人間は愕然とした表情を浮かべた。

「シュマという。この街で狩猟者をしている」

「僕はタケル。こっちはクシナダ」

 はじめまして、とクシナダは頭を下げた。よろしくとシュマは応え、顔を少ししかめた。

「新入りだから仕方ないのかもしれないが、無用の諍いはさけたまえ」

「・・・え?」

「血気盛んなのはいいことだが、ケンカを売るなら相手を選べ。格上の相手に売る時は落としどころを先に見つけておけ。長生きの秘訣だ」

 そうか、彼からすれば僕達は新入りだ。粋がることだけがとりえの血の気の多い新人に、先輩が忠告してくれているという図だ。今は遠い中学時代の部活を思い出す。運動部は縦社会だった。怒鳴り散らす先輩は怖かったし、顧問の先生はもっと厳しくて怖かった。

「そういうあんたは、誰にでもケンカを売れる経験と実力を持っているようだね?」

 僕の言葉に強く反応したのは、シュマではなく周囲にいた街の人々だった。

「お前さん、何馬鹿なこと言ってんだい! 狩猟者でこの人を知らないなんてモグリもいいとこだよ!」

「この人は、数ある狩猟者の中でも一握りしかいない最高位の狩猟者『守護者十傑』の一人」

「序列三位で『剣帝』の異名を持つ、それはそれは凄い人なんだよ。これまで何度も襲い掛かる化け物ども追い払い、街を守ってくれているんだ」

 『守護者十傑』に『剣帝』か。凄いな。人々からの人気もさることながら、この世界にも男心をくすぐるような異名とか二つ名の習慣があったことに驚く。

「おいおい、よしてくれ」

 照れくさそうにシュマが苦笑する。

「『剣帝』なんてたいそうな称号、俺の身には重過ぎる。あまりおだてないで欲しいな」

「何を仰ってるんですか! あなた以外に『剣帝』にふさわしい人なんていませんよ!」

 そうですよ、そうですよ。謙虚な彼を周囲が叱る。

「いやしかし、剣を扱う狩猟者は他にもいるのだがな。同じく十傑にいるウルスラ、彼女なんかぴったりだと思うぞ。あの踊るように剣を振るい敵を切り裂いていく姿など、戦いの最中なのも忘れて魅入ってしまう程だ」

「あの方はあの方で別の呼び名があるんですよ」

「そうそう、シュマ様が華麗な剣技で敵陣を切り崩す『剣帝』なら、ウルスラ様は全てをなぎ倒す『暴風』という名があるんです」

 これはまた、物騒な異名を持ってたんだな。十傑ってことは、残り八人そういう異名を持つ連中がいるのか。ちょっと興味深いな。

「ま、まあとにかくだ。この街で狩猟者としてやっていくのなら、もっと上手く立ち回れ。そして、化け物を倒して周囲を納得させるんだ。そうすれば絡まれることもなくなるだろう」

 街の人々をなだめて、シュマが僕達に改めて言った。

「ご忠告痛み入るよ。今度からは相手を見てケンカを売ることにする」

「それがいい。ではまた、戦場で会おう」

 シュマが颯爽とその場を離れていく。彼が立ち去ったら、人々もこの場に用は無いと離れていく。

「なんか、嫌ね」

 誰に聞かせるでもなく、クシナダが呟いた。

「どうしたの?」

「いや、初めて会う人にこんなこと言うのもなんだけど、あのシュマって人、私駄目だわ。仲良くなれそうな気がしない。あの禿げた連中よりも無理かも」

 彼女がそんなことを言うなんて珍しい。会うなり僕の胸をぶっ刺すような凶暴な復讐者とも仲良くなり、仲良くなりすぎて彼女を歓待するために祭りまで開催されるような、誰とでもすぐに仲良くなれるような彼女が、だ。

 ついでに、僕も同意見だ。

 彼の態度にはどうも違和感がある。そして、ところどころ、隙間のような一瞬に見せる、感情に引っ張られた仕草、目や口元の些細な変化は、いつか見たことがあるものに類似していた。元の世界で、自分を良く見せるのが得意だった連中だ。良く見せる必要がある理由は二つ。周りに好かれるためと、見せてない部分を見られないようにするためだ。気のせいかなと思っていたが、彼女の鋭敏な感覚までそういっているとなると、にわかに信憑性を帯びてくる。

 ウルスラの名前を自分で出した時も顔は笑っていたが、微妙に引きつったようなぎこちないものだった。あれはもしかして、嫉妬や憎悪に類するものだったんじゃないのか。僕とクシナダの気のせいでなければ、シュマは見てくれと評判通りの、美しくも強い『剣帝』ではないのかもしれない。

「面白く、なりそうだね」

 これまで上手くいってたのだから、何も起こらない可能性は高い。けれど、僕は期待してしまう。人間の感情は時に理屈を越えて爆発する。感情に引っ張られて事態を悪化させるのなんて、映画じゃ良くある話なのだから。

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