第143話 レイネばあさんの鑑定講座
クルサに教わった換金所はすぐに見つかった。巨大なトカゲの頭蓋骨が屋根から突き出して存在を主張している。わかりやすくて助かったのだが、どうも様子がおかしい。店を取り囲むようにして人が集まっているのだ。皆一様に不安そうな顔で、中を覗き込んでいる。
近づくと、時折大きな破砕音と怒鳴り声が店の中から聞こえてくる。ケンカでもしているのだろうか。人を掻き分けて店内に入る。
店内は外のイメージとは裏腹に綺麗に整理整頓されていて、掃除も行き届いているようだった。入って左側に武器や防具、右側に道具類が並べられている。奥に風呂屋の番頭台みたいなカウンターがあり、普段なら店主がそこで会計なり鑑定なりするんだろう。今はそこに店主の姿が見えない。数人のガタイの良い男たちが取り囲んでいるせいだ。怒鳴っているのは、彼らの中のリーダー格らしきスキンヘッドの男だった。
「ババア! てめえ年のせいで耄碌してんじゃねえのか! どうしてこれっぽっちの値段なんだよ。見ろよ! 家ほどもあるトカゲ野郎の素材だ! 何人もの同胞達の血を啜り肉を食らったオオトカゲの牙! 幾百の刃を跳ね返してきた皮! 牙は武器にすりゃあ金貨百枚はくだらない大業物になること間違いなし、皮を鎧にすれば頑強さに加えてオオトカゲの獰猛さも宿る! トカゲをぶっ殺すために、俺たちがどれほど苦労したと思ってんだ!」
スキンヘッドが、回りの商品に当り散らす。剣や槍が床に倒れてけたたましい音を立てた。
「何と言われようと、値段を変えるつもりは無いよ!」
威勢のいい啖呵が男達の隙間から聞こえてきた。どうやら、この声の主と男たちが、鑑定結果でケンカしているらしい。件のレイネばあさんだろうか。
「ちょっと、おばあちゃん・・・」
「大丈夫だから、お前は奥にいってな」
か細い怯えきった声に、それを庇うのはさっきの啖呵きった声だ。同じ人間が出した物とは思えないくらい、慈しみに溢れた声音になっている。次のレジを待つ客ほど近づいて、ようやく全員を見つけた。四人の男達に囲まれているのは、かくしゃくとした六十代程のご婦人だ。小柄で細いが、背筋はピンと伸びていて活力に溢れ、年齢を感じさせない。男達に怯むことなく眉毛を吊り上げ、自分よりもでかい連中に一歩も引く気はないようだ。吊り上げた眉やきりっとした目元は、若かりし頃は罪作りな人間だったんじゃないかと思わせる。それを裏付けるのが彼女の背後にいる少女だ。八の字になった眉毛や今にも泣き出しそうな目から性格は似てなさそうだが、遺伝子はきちんと受け継がれているようで、瓜実型の整った顔つきをしている。ご婦人は背後の少女を気遣ったあと、きっと前を向いて畳み掛けるように言葉を叩きつける。
「いいかい? あんたらが持ち込んだのは確かにトカゲの物だが、あんたらのいうようなご大層な、年に二、三回現れるかどうかも怪しい巨大トカゲのものじゃない。普通以下の大きさのもんだ。見たとこ生まれて一年もたってない子どもだね。だから見な。幾度も刃に晒されて鱗が傷だらけだ。普通以上のトカゲの鱗なら、まずこんな傷つかない。反対に牙は丸くて傷一つ無いピカピカの状態だ。こいつは生え変わったことの無い最初の牙だからさ。やつらの牙は成長するにつれて何度も生え変わり、経験と共に牙の硬度を増していく。うちに飾ってあるトカゲが通常より少しでかいトカゲの頭だが、アレくらいになると牙は何度も使われるから研磨されて、それ自体が出来のいい剣のようになるんだ。そんなことも知らないのかい?」
事実を言い当てられているのだろう、男達は彼女の勢いに押され、口ごもって言い返すことが出来ないでいる。
「話を盛るにしても、もっと上手くやんな。こちとらあんたらがガキのころから鑑定して飯食ってんだ。ババアと思って舐めるんじゃないよ!」
「こ、このババア、言わせておけば! 大体、てめえがここで商売できてんのは、俺達狩猟者の働きのおかげだろうが! 感謝の心ってのはねえのか! ああ?」
「もちろんあるさね。だがね、感謝される狩猟者ってのは、あんたみたいに小賢しいことしない、正々堂々とした御仁達ばかりさ。そんな人達は、私らのことを下に見ない。私らの助けが無きゃ武器も道具も作れないって事を知ってるからさ。そんなこともわからないあんたらは、夢と態度だけでかいヒヨッコだって事だよ! ババアの目は節穴だから騙せるだろうと思ったんだろうが大間違いだ! さあ、わかったらこの値で売るか、他所にいきな! 他所でも門前払いくらうだろうけどね!」
テンポのいい啖呵は漫談みたいで凄いなと感心してしまう。江戸っ子か漫才師もかくやだ。聞いていて楽しい。いつまでも聞いていたいところだが、こちらも用を済ませたい。
「調子に乗りやがって糞ババアァ、いい加減に」
「なあ」
怒りで顔を真っ赤にしたスキンヘッドの後ろから声をかけた。今初めて気付いたようで、ご婦人も男達も驚いて僕に注目する。
「クルサからの紹介できたんだけど、あんたがレイネばあさんかな?」
「あ、ああ。そうさ。私がここの店主レイネだ」
「取り込んでるとこ申し訳ないんだけど、換金をお願いしたいんだ。後、上が宿になってるって聞いたから使わせてもらいたい。料金はいくらかな?」
「ちょっと待てやクソガキ!」
スキンヘッドが僕とレイネばあさんの間に体を割り込ませた。
「てめえ、割り込みってどういう了見だ! 今俺たちが話してんだ、すっこんでろ」
「どうして? 結論は出ただろう。言い値で売るか、諦めるか、この二択だ。話し合いの余地はなさそうだけど」
「そ、それは」
「僕の意見だけど、後々のことを考えたら、街の人とは仲良くしたほうが良いと思うけどね」
「自分のことを棚に上げてよく言う・・・」
後ろでクシナダが何か言ったけど気にしない。
「あんたらはこの街に住んでいるんだろう?」
「んあ? お、おう。そうだが?」
「じゃあ、宿も取ってるし、食堂なんかも利用してる」
「そりゃそうだ」
「ということは、だ。例えば、あんたらが食べる料理に毒を入れたり、寝込みを襲ったりして殺すことは、街の人間なら簡単だよね?」
「・・・へ?」
男達がそろって呆気にとられている。男達だけじゃない。後ろにいるレイネばあさん達もだ。
「この街には狩猟者はたくさん訪れる。僕達が今日来たみたいに、頻繁に来るだろう。そして、多分実力もおんなじくらいだ。じゃあ、街の人達が歓待するのは、我が侭放題好き放題するガラの悪い狩猟者かな? それとも礼儀正しい狩猟者かな? 普通は自分達に害をなさない、礼儀正しい狩猟者だ。そして我が侭ばかり言う狩猟者は、貢献度以上に迷惑だ。治安も悪くなるし。もういっそ出て行って欲しいとなるかもしれない。街の収容人数だって限界がある。なら、迷惑なやつは殺してでも放り出して、新しい連中を入れたほうがマシ、と考えるかもしれないだろ?」
そして。僕はレイネばあさんを指差す。
「そこにいるレイネばあさんは街の古株だそうだ。ということは、顔が広いんじゃないかな、と思うんだけど、どうかな?」
たずねられたのだと気付いたレイネばあさんが、ぎこちなく二度ほど首を縦に振った。
「私を知らない住民はいないだろうね。私も全員赤ん坊の時から知ってるよ。私がおしめ替えてない子はいないんじゃないか?」
再び男達に向き直る。
「と言うわけで。この辺の人間全員から尊敬されてるレイネばあさんの頼みなら、住人は誰だって言うことを聞くだろう。むしろ喜んで、レイネばあさんに難癖つけたあんたらを処分すると思うよ」
スキンヘッドが、僕とレイネばあさんを交互に見る。ぐぬぬと自分の中のプライドと理性が戦っているようだ。女子どもに言われっぱなしで引き下がるのは癪に障るだろうし、自分の仲間が見ている前で無様な姿は晒したくない。けど、今の僕の話や、さっきレイネばあさんが言っていたように他の換金所でも門前払いを食らった彼は、落とし所がここではないかと半ば確信しているに違いない。
一分ほど唸ったスキンヘッドは
「てめえ、さっきから何なんだ。表出ろ!」
考えに考え、迷いに迷った挙句、難癖を向ける矛先を僕に変更したようだ。
「クルサの嘘つき」
面倒ごとは避けられるって言ってたのに。
「いや、これはあなたが自分から面倒ごとに突っ込んだと思うわよ」
クシナダが呆れたように両肩を竦めていた。
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