第145話 敵襲だよ、全員集合
初めて呼び出しの鐘を聞いたのは、その日の夜だった。誰もが寝静まっていた夜中に、ガンガンと打ち鳴らされる半鐘。家々には明かりが灯り、たいまつを持った人が往来をかけていく。武器だけもって部屋から出ると、クシナダが待っていた。
「こんなに早く襲撃があるとは思わなかったわ」
「本当にいつ何時でも呼び出されるんだね」
階段を下りる。レイネばあさんの店にも明かりが点いていた。覗き込むと、ばあさんと孫のアリアが荷物を背負っている。
「おや、あんたたち」
こちらに気付いたレイネばあさんが近づいてくる。
「そうか、狩猟者だものねえ」
「僕達は約束があるからだけど、そっちは? 見た感じ狩猟者じゃないよね? 武器も持ってないし」
「ああ、あたしら街の人間は、襲撃があったときは中央塔に逃げ込むのさ。それが決まりでね。以前街中まで化け物どもが入ってきたことがあって、甚大な被害をもたらしたんだ。以降は、安全が確認できるまで中央塔に避難する。あそこは壁も柱もそこらの家とは比べ物にならないくらい頑丈で、いざという時の蓄えもあるし迎撃兵器までついているから安全なんだ」
避難経路や備蓄まで確立されているのかと感心する。こういった避難の心得やマニュアルなんかは、実際に起こったことを元にして作られる。二度と悲劇を繰り返さないためにだ。その前に防げるのが理想であり究極なのだろうけど、そんなことは不可能だ。悪夢はいつだって想像の上を行く。彼女らに染み付いた行動やルールは、これまでの化け物どもの襲撃の多さを裏付ける。積み重ねられた経験が彼女たちを冷静に行動させているのだ。
「行かれるのですね」
心配そうな顔でアリアが言った。
「余計なこと・・・かも知れませんが、最初は功を焦らず、確実に生き延びることに集中された方がよいと、思います。その・・・新しくこられた方が、やはり一番怪我をしやすいので。出来ればシュマ様のような実力者や古株の方々と共に動ければよいのですが、こればかりは最初の部隊配置によって変わりますから・・・」
おどおどとしながら話していた彼女だが、僕たちにじっと見られているのに耐えかねたらしく「すみませんッ」と勢いよく頭を下げた。
「し、素人の私が偉そうに、申し訳ありませんです!」
別に怒ってないのに。謝られても困るのだけど。むしろこの、どうしたらいいかわからない空気にしたことを謝ってほしい。
「心配してくれてありがとう」
クシナダがそっと、アリアの肩に手を置いた。
「大丈夫。あなたの言うとおり、無茶はしないから・・・多分」
僕を横目で見ながら小声で最後に付け足した。
「さ、避難の途中だったんでしょう? 行ってください。敵は、何とかしますから」
「は、はい! どうぞ御武運を!」
「死ぬんじゃないよ! 必ず生きて戦利品をたんまり持ち帰って、あたしの店に貢献しな!」
純粋な応援と商魂たくましい応援を背に受けて、僕達は門前に向かう。
門前には既に大勢の狩猟者連中が集まっていた。集まっているのは二種類。装備を全て鉄の鎧と槍で揃えた集団と、バラバラのバラエティ豊かな装備の集団だ。前者は門番と同じ装備だし、街にもともといる連中で形成されている自警団みたいな物だと推察する。もう一方が狩猟者集団かな。どいつもこいつもいかつい連中ばかりだ。ただ、中には僕と同年代くらいの者や、女性の狩猟者もちらほらいる。
門の前に、十人の狩猟者が揃っていた。他の連中とは一線を画す、風格のようなものが漂っている。ウルスラもいるし、あれがこの街の守護者十傑とやらか。噂にたがわぬ実力者っぽい。彼らの前にひょこひょことローブを着た人物が進み出た。クルサだ。
「諸君、夜中にもかかわらず集まってもらい、礼を言う。ではこれより、化け物どもの迎撃戦を開始する。まず守備隊は半数が門前を固め、もう半数は周囲の警戒を頼む。絶対に街の中に奴らを入れるな。街の平和は、諸君らに掛かっている」
「おう!」
声を揃えて、守備隊が槍を掲げた。
「狩猟者の皆。今回の敵の規模は、現在判明している時点でおよそ二百。カエルやトカゲの姿も確認できている。久々の大規模戦闘になるだろう。だが、諸君らの目には、宝の山が自分から近づいているように見えているかもしれないな」
そこかしこから笑いが起きる。
「敵は街を取り囲むように、三方から押し寄せている。諸君も三つの部隊に分けてこれに当たる。分け方だが、もっとも数の多い正面には盾を用いる重量級の狩猟者をメインに据える。やつらの進行を食い止めてもらうぞ。右翼と左翼には機動力のある狩猟者が担当してくれ。進撃し、そのまま背後を取り、挟み撃ちにする」
クルサは次いで後ろを向き、十傑たちに指示を出す。
「ウルスラ、アーラシは左翼、シュマ、マルトは右翼を担当。残りは正面だ。頼んだぞ」
頷く者から、横柄な返事をする者、反応の無い者など色々だ。どうやら狩猟者のトップにいる連中は性格もなかなか個性的な連中が多いようだ。
「では諸君。存分に力を振るい、一体でも多く敵を屠れ。稼ぎ時だ!」
狩猟者たちが愛用の武器を掲げて吼えた。野太い声が木霊する。
「開門!」
クルサの合図と共に、鋼鉄の門扉が開き、跳ね橋が下りる。門に最も近い十傑の連中が飛び出していく。その背を追うように他の狩猟者たちも門に殺到する。僕達も人の流れに乗って門から外へと飛び出した。
何も無い草原に、今は赤い光点が星のように散らばっている。あの点一つ一つがサソリやカエル、トカゲなのだろう。
「うわあ、気持ち悪いぃ」
クシナダが両手で自分の肩を抱いてさすっている。鳥肌が立ったようだ。
「私達はどうする?」
心底嫌そうな彼女の問いに、少し思案する。数の多い正面に行く、と言うのも手だが、右翼や左翼も捨てがたい。見た感じ左翼にはカエル、右翼にはトカゲがサソリとの比率的に多そうだ。
「おう、手前ら、逃げずに来たんだな」
声をかけられた。振り向くと昼間のスキンヘッドたちだ。
「何だよ。また絡む気か?」
「馬鹿なことを言うな」
スキンヘッドが即座に否定した。
「化け物どもが来たら、どんなに気に食わねえやつとも協力して戦う。それがここのルールだ。昼間のことはこの場では持出さねえ」
意外に律儀だ。
「何だよ。そんな驚いた顔しやがって」
「いや、見掛けによらないな、と思って。僕の勝手な想像だけど、背後から殺して死体を化け物に食わせて証拠を消す、くらいのことをするのかと」
「・・・むしろその発想に到る手前のほうが怖えよ」
スキンヘッドが呆れながら、こっちに拳を突き出してきた。他の仲間たちも同じようにこっちに拳を突き出してくる。
「一応、背中を預けあう仲間だからな。験担ぎだ。生きて帰ってきたら、昼間のことは許してやる」
「そいつはどうも」
スキンヘッドたちと順番に拳をあわせていく。クシナダもそれに倣った。
「死ぬなよ」
「そっちもね」
そしてスキンヘッドたちは右翼へ、僕達は左翼へと向かった。
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