第109話 二日目、終了。そして

 口では余裕ぶったことを言ったが、これはタイミング的になかなかギリギリだったんじゃないか?

 すでに獣人部隊の三分の一は倒れている。生死は不明。明日戦えるかどうかも謎だ。僕の計画を完遂させるには今立っている連中だけでやることになる。そう考えると、数的にはギリギリだ。

「これ以上被害を出さないためには、とにもかくにも撤退しないと」

 そんな僕の足元に矢が突き立った。その矢はみるみるうちに嵩を増し、朱色の剣となった。相変わらず良い腕だ。見上げればクシナダがこっちに向かって指を突きつけている。遅れた分はきちんと働け、そういう事らしい。苦笑しながら僕は一日ぶりに剣を取る。

「何だ貴様!」

 突然、近くにいた悪魔が斬りかかってきた。いや、突然というのもおかしな話か。なぜならここは戦場だ。味方以外は大体敵だ。突然現れた人間など敵以外何が考えられる? 彼らの気持ちを考えれば、斬りかかるのも正常な判断と言える。それに僕は、今そこで彼らの仲間を跳ね飛ばした身だ。間違いなく敵だよな。彼等からすれば。

「と言って、斬られるわけにはいかんのだけど」

 迫る刃を刃で防ぐ。さて、僕の方も少々守らねばならない『義理』がある。悪魔の剣を押し返し、両手で剣を掲げるようにして持つ。

 剣が、僕の義理に付き従うように形状を変えた。半ばで二つに分かれ、端から四分の一辺りでL字型の取っ手が生えた。昔マンガで見たことのある武器、トンファーだ。

 再び迫ってきた悪魔の刃を左で弾く。相手が大勢を崩したところに、右の取っ手の部分を回転させて殴り倒す。

 どさり、と一人が倒れるのを機に、今度は僕の方から敵陣へと突っ込んだ。昨日のアモン戦で学んだことだが、接近されると剣でも戦いにくい。しかし、格闘技で押し切れるほど僕の技術は高くない。なら、後は道具とその他で補う。その答えがこれだ。

 片方のトンファーで相手の武器を弾き、もう片方を相手に突きいれる。これで相手が倒れれば良し、しかし、中にはタフな奴がいて、倒れてくれない。そんな時、トンファー越しに電流を流し込む仕様だ。電流の調整なんて上手く出来やしないから、最初からちょっと強めでいく。

「あがががががが!」

 痙攣しながら、タフな悪魔は崩れ落ちた。おお、人間とは別種の生態系だからちょっと効果のほどは怪しかったんだが、結構効果ありだな。これなら力があっちの方が上でも攻撃を防がれても問題ない。触れれば倒せる。

 突き、払い、打つ。そうして獣人たちの包囲を崩す。悪魔たちは新しい侵入者に気を取られ、獣人たちへの注意が逸れる。

「皆、退くぞ! 撤退だ!」

 そこを見逃さず、リャンシィが声を張った。わずかな綻びに自身をねじ込み、決壊させた。そこへ他の獣人たちが雪崩のように押し寄せる。獣人たちの方が力は強い。一度崩れた編成を戻すことは出来ないだろう。それでも阻止しようと動く悪魔には電撃を浴びせるまでだ。獣人たちの後を追い縋ろうとする連中には容赦なくトンファーの一撃と電撃のミックスをプレゼントする。

 空の方も、鳥の獣人が先行して撤退をはじめ、クシナダが最後尾を抑えている。多分上の連中は、地上の連中をサポートしたいがために逃げるに逃げられなかっただけだ。こっちが逃げられれば、向こうも撤退できる。

 そして地上組の方は、かなりの距離を稼いだようだ。さて、そろそろ僕も退くか。

「何だァ、おい。お前そんな技も持ってたのかよ」

 聞き覚えのある声が、包囲網の外から届いた。向こう側から、人垣、いや悪魔垣が割れ、全身甲冑の男が現れる。

「やってくれるじゃねえの。あの時は手加減してたってか?」

 ご機嫌と不機嫌を合わせたかのような口調で、アモンが言う。

「手加減をした覚えはないね。あの時はこれを出す暇もなかったんだ。あの勝負は、完全に僕の負けだった」

「はん、どうだが。本当は掴まった方が、お前にとって都合が良かったんだろう? 俺たち、いや、アスモのお嬢に近付くのが最優先だったんじゃないのか?」

 鋭い。こいつやっぱり、ただの戦闘馬鹿じゃない。

「そっちがどう思おうと勝手だけど、僕の方の都合を言わせてもらうなら、負けるときは死ぬときと決めていた。それが死ねずに掴まっちゃったもんだから、ちょっともやもやしているんだ。そっちさえ良ければ再戦を申し込みたいんだけど」

「良いぜ。・・・と言いたいところなんだけどな」

 

 ゴォオオオオオオオオオン ゴォオオオオオオオオオン


 鐘が鳴った。何だこれ。

「終わりの鐘だよ。昨日はお前、気ぃ失ってたから聞いてないかもな」

 周りを見れば、悪魔たちが撤退の準備を始めていた。そうか、これが例の、世界へのダメージが一定量を越えた合図か。本当に揃って剣を収めるんだな。学校の授業でもあるまいに。

「そんなわけで、お前との喧嘩は次回に持ち越しだ。明日会う時を楽しみにしてるぜ」

「僕もだよ」

 再戦の約束をして、僕は踵を返した。

「あ、そうそう。一ついいか?」

 僕の背に、アモンが声をかけた。すでに、悪魔たちの撤退は完了し、周りには僕たちしかいない。このタイミングを狙ったということは

「『あの話』、お前、本気か?」

 やはり、計画の話か。

「もちろん」

 僕は即答した。

「かといって、そっちのやり方を変える必要はないよ。全ては今後の戦いの趨勢次第で、自分たちの都合のいいやり方でいいと思う。だから、明日も普通に、全力で戦えばいい。下手に策を弄したり演技したりすると、余計にぎこちなくなって混乱すると思うよ。そっちでこういう小細工が上手そうなの、ベルゼくらいじゃない?」

 僕の脳裏に、出来る秘書を体現した様な美しい悪魔が蘇る。少ししか話はしていないが、おそらく彼女が悪魔軍の頭脳だ。いちいち鋭い質問をしてくるから、こちらも色々とひやひやしながら受け答えしていた。ある種の人間にはあの冷やかな視線は大変なご褒美となるだろうけど。

「痛い所を突くねえ。けど否定できないのが悲しいな」

「だろ? とりあえず僕の方はそれ前提で動くつもりでいる。そっちはどうだろう? 僕の話に乗るかな?」

「乗り気半分、ってところだな。捕虜の空想話を鵜呑みにはできないとさ。これはお前が褒めたベルゼも言っていた」

 それでも半分ある、ってことは、何かしら僕の話を裏付けるような情報があったってことか。

「ああ、お前の推測通りだ。それがあるから、今突貫で準備をしてるよ。どう転んでも良いように。お前の方こそしくじらないでくれよ。最後の最後で失敗しました、なんて笑い話にもならないんだからな」

「確約はできない」

「オイ」

「努力はするよ。けど、絶対がないのはこの世の常だろ?」



 アモンと分かれて、その足で前に集合場所に指定した施設前に向かった。

 そこにはリャンシィとリヴ、そしてクシナダだけが残っており、他の獣人たちは既に村まで帰ったようだ。

「無事だったのか!」

 リャンシィが感極まったのか、抱きついてきた。苦しい。

「俺はもう、てっきり死んだものだとばかり思っていたぞ! 無事でよかった! 本当に良かった!」

 ぶんぶんとリャンシィの尻尾が扇風機みたいに振り回される。喜びの表現の仕方は犬そっくりだ。

「わかった、わかったから、頼むから離れてくれ。かなり苦しいんだ」

「おお、それはすまん! しかし良かった!」

 離れた後もバンバンと肩を叩かれる。

「まったくもう」

 喜びを表すリャンシィに対して、クシナダはやれやれという感じで苦笑していた。

「毎回毎回遅れてくるってのはどういうことなの?」

「これでも急いできたんだ」

「言い訳も毎回同じよね」

 ぐうの音も出ない。肩を竦めるほかない。

「で? あんたも喜ぶなり呆れるなりする?」

 じっと僕の方を見ているリヴに声をかける。言い返してくるかと思いきや、彼女はじっと注意深く、言いかえれば警戒した目で僕を見ている。

「あんた、今までどこにいたの?」

 静かに問いかけてきた。

 へえ、と思わず感心してしまった。短気なのかと思いきや、なかなかどうして、慎重な奴だ。でも、普通そうだよな。一日いなかったら疑うのが普通だ。彼女は正しい。そして、僕もそれだけの物を持っている。

「ど、どうしたんだリヴ。そんな怖い顔して」

 リャンシィの疑問には答えず、リヴは僕を睨みつけ「答えて」と言った。爆発数秒前、と言った感じだ。

「あんたはさっき、色々仕込んできたって言ってた。その色々って何?」

「色々って言うのは、情報のことだよ。僕はついさっきまで悪魔軍に捕らえられてた」

 リャンシィが驚き、僕から距離を取った。

「捕まってたのに、どうしてここにいるの?」

「そりゃ、逃げ出してきたからだよ」

「どうやって?」

「色々と、手練手管を弄して」

「ふざけないで!」

 とうとう彼女が爆発した。そして、その体を変身させる。目の前に現れた巨大な銀狼が、僕に牙をむく。

「捕まってたのにどうして無傷で逃げ出せるの! あんた、本当は悪魔に寝返ったんじゃないの? どうなの!」

 返答如何によっては、この牙で八つ裂きにされてしまうな。さて、ここが最終関門か。どこの世界でも、男よりも女の方が鋭くて現実的で考え方がスマートだ。世の理だな。

「裏切ってはいない」

 リヴの方へと一歩進む。

「これから話すのは、悪魔側から聞いてきた話、そして、天使側が僕たちに隠している話。で、そこを踏まえてこれからどうするかってのを僕なりに考えた話。信じる、信じないは任せる」

 聞く気があるか? と睨む目を見返した。しばらく彼女は考えた後「話して」と答えた。

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