第110話 サドンデス・ゲーム
ルシフルは軟禁のような状態で動きを封じられていた。
二日目の戦いの時、獣人部隊の運用方法でメタトロンたちと衝突したためだ。反逆の疑いありとして、以降、下手に動かないようウリエルの監視下に置かれている。
「あなたもおかしな方ですね」
ウリエルが、戦闘が始まってからずっと微動だにしないルシフルの背に声をかけた。反応は無い。構わずウリエルは続ける。
「たかが獣人のことで熱くなるなんて。奴らはただの駒ですよ。駒は効率的に動かさなければ意味がありません」
ウリエルは話すのを止めない。これで少しでも反抗的な態度を取ろうものなら、すぐさま反逆罪で捕縛するつもりだ。それが狙いで、ウリエルはひたすらルシフルを小馬鹿にしたように挑発し続ける。
「実際、メタトロン様の指示したように奴らを使い潰す気で扱った結果、二日目は一日目以上の戦果を上げました。こちらの被害は少なく、悪魔側は獣人と食いあってその数をかなり減らした。さすがに古参の悪魔連中、アモンやベルゼなどは討ち取れはしませんでしたがね」
子どもの様な無邪気さでずけずけと言葉を連ねる。
ルシフルが口を出した獣人の運用方法は、彼らを前線に押し上げ、代わりに自分たちを後退させるというものだ。自分たちの代わりに獣人を戦わせ、天使側の被害を抑え、かつ悪魔側に損害をもたらす最良策だとメタトロンは言った。
ルシフルとしては、協力してくれている獣人たちへ罪の意識があった。また、かつて自分を嵌めた罠に酷似した作戦に、しかも提案者が同じということも相まって、流石に黙っていられなかった。
だが、それこそルシフルの台頭をよく思わないメタトロンやウリエルの思うつぼだった。
獣人たちは天使たちとの連携はとれないし、攻撃力はあっても防御は薄い。下手すれば孤立する可能性がある。奇襲など遊軍として用いた方がまだ効果的だとルシフルは提言したが、あえなく却下された。その孤立させることこそが目的だからだ。
「死の瀬戸際に立たせることで、通常の何倍もの力を発揮するものだ。私は、彼らに活躍の場を与えてやろうと言っているのだ」
メタトロンは、自分の方が獣人のことを考えているとばかりに言い放つ。いや、本心からそう思っている。
メタトロンの頭は、自分たちがこの世界にいた頃のまま止まっている。だから獣人には、戦場で生き残ることよりも、死んでも戦果を残すことを徹底させた。酷い時には爆弾を体内に埋め込んで、獣人の死と同時に爆発するように仕掛けたこともある。そんな彼が獣人を人として使う訳がなかった。
到底、ルシフルが受け入れられるはずがない。思わず感情的になり反論したところで、最高司令官である天使長に逆らったと罪を押し付けられ、将としての地位をはく奪され、今に至る。
「まあ、その運用方法も今日で終わりですかね。昨日、かなりの被害を被ったとラジエルから報告を受けています。今日も同じ様子なら、間違いなく全滅しますね」
ピクリ、と肩がわずかに動いた。
効果あり、そう見たウリエルは獣人たちの現状に狙いを定める。なぜか獣人たちの意志や人権に固執して、彼らを擁護するルシフルには、それを無視するような言葉が良い。
「すでに半数以上数を減らしているそうですよ。可哀相ですねぇ。今からでも昔みたいに、私たちが繁殖を手伝ってやった方がいいですかね? どう思いますルシフル殿」
ルシフルはまだこらえている。だが、怒りのあまり握りしめた拳は震え、そこから魔力が溢れている。
「どうしたんです? 今日は大人しくここでお留守番のはずです。あなたの大切な獣人を助けに行くことも、悪魔を倒しに行くことも出来ません。じっとしているのがお仕事ですよ。それとも・・・その力、今ここで振るいますか?」
そこでようやく、ルシフルはウリエルの方を向いた。
「見損なってもらっては困る。私は、仲間に剣を振るわない」
けして仲間を見るような目ではないけどな、とウリエルはルシフルからの殺意交じりの視線を受け流す。
「まあ、それならいいでしょう。あなたは今日、ここにいることが最善の策なのです。あなたが疑われてしまうと、あなたを時期天使長に推すラジエルたち第一軍の苦労が全て水の泡ですからね」
そのラジエル達第一軍も、獣人たちと最もかけ離れた場所での後方支援が主な作業だ。万が一ほどの確率もないが、もしラジエル達にルシフルの思想が伝染していたら、思わぬところで足を引っ張られかねない。ウリエルは念のため二つの部隊を完全に離し、情報すら伝わらないようにした。第一軍の中に自分の部下を紛れ込ませるほどの念の入りようだ。
戦いが始まって数時間が経過し、事態は徐々に推移していく。
「おや、ルシフル殿。まずいですよ」
口調とは裏腹に、ウリエルは楽しそうに、ルシフルの目の前にモニターを表示させた。そこには現在の戦場の状況と、右下にグラフが映っていた。現在の死傷者リストだ。最もグラフが伸びているのは、獣人たちの部隊だ。
愕然としたルシフルの表情を見て、
「そうだ、その顔が見たかったんだよ。ルシフル」
本人には聞こえないように口元を抑えて、ウリエルは残虐な笑みを浮かべた。声を上げて笑い出さなかっただけでも自分をほめてやりたい。それほど痛快だった。
ウリエル自身は絶対に認めないし、気付かないふりをしているが、ルシフルに対して並々ならぬ対抗心、敵愾心と言っても良い程の黒い熱をウリエルは心の中で持っている。自分の戦闘スタイルから、兵の動かし方、戦略眼、戦いに関してルシフルとウリエルは似ていて、そして、いつも功績を挙げ、称賛を浴びるのはルシフルの方だった。自分から見れば結果は全て同じようなものであるのに、なぜ奴ばかりが称賛されるのか。積もり積もった数千年のうっぷんが、今晴らされようとしている。いや、こんなものでは済まさない。再起不能になるまで追い込んでやる。
ウリエルは知らない。それが嫉妬であり、歪んだ羨望であり、誰よりもルシフルを認めている、という証拠であることを。
そんな歪んだ感情を抱かれていることなど、ルシフルは一片足りとて気づかないし、そんな余裕もない。彼の心は千々に乱れ引き裂かれそうになっていた。
助けに行きたい。獣人たちの死傷者のカウントが上がるたびに足が出そうになる。ウリエルを黙らせ、彼らの、マリーの子どもたちの下へ。
だが、それをすれば、今度はラジエル達が危ない。ウリエルのことだ。すでにラジエル達第一軍の中に部下を紛れ込ませているだろう。自分が動けば彼らの命を危険に曝しかねない。自分のために慣れない、戦果も挙げられない屈辱的な場所に配置されたにもかかわらず、腐ることなくやってくれている彼らの行動を無視できないでいる。どちらも捨てられない。完全に自分の弱さを突かれた形だ。そしてここで動けないでいる事すらもウリエルの、そしてメタトロンの思惑通りだ。どう転んでもルシフルには最悪の展開にしかならない。
マリーの子らよ。もういい。昨日のように逃げてくれ。これ以上戦わなくていいから。
だが、願い虚しく、死傷者の数は上がり続け、パーセンテージはついに百となった。この瞬間、戦場で立っている獣人がいなくなった、ということを意味する。
「ああ、残念」
わざとらしくウリエルが言った。
「悲しいことですが、獣人の部隊は全滅してしまったようですね。しかし、昨日ほどの戦果はなし、か。もう少し頑張ると思ったんですが。まったく、どうせ死ぬなら一人ずつ道連れにしていけばいいものを」
その物言いに、ルシフルは頭が真っ白になった。
彼らが全滅した。動いていればラジエル達が危なかったから。結局自分も、天使の思考回路、獣人は自分たちよりも下だと言う傲慢な考え方から抜け出せなかったのだ。それが今証明された。彼らの命よりも、ラジエル達の安全を取ったのだ。
自分が、彼らを殺した様なものだ。
そして、鐘が鳴り響く。
「っと、丁度時間ですね。明日からはルシフル殿、あなたにも戦列に復帰していただき、その御力を・・・」
形式ばったウリエルの言葉を、慌てた様子の部下が遮った。
「緊急事態です!」
「何だ、騒々しい。報告なら後にしろ」
いい気分を害されたウリエルは報告に来た部下を睨みつけた。部下はびくびくしながらも、上司に睨まれる以上の危険をはらんだ報告をするために踏ん張った。
「あ、悪魔軍、後退しません!」
「何ィっ!!」
慌ててモニターを拡大する。そこには、行儀よく撤退を始めた天使軍の背後に襲い掛かる、悪魔軍の姿が映っていた。
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