第107話 開戦、二日目

 二日目。昨日と同じように獣人たちは戦場へと向かっていた。ただそこには、昨日負傷した者たちと、客人の男がいない。

「クシナダ、大丈夫か」

 もう一人の客人に、リャンシィは声をかけた。相棒がいなくなったから、さぞつらい思いをしているだろうと気遣う。

「ん?」

 が、リャンシィの予想に反して、クシナダはさほど深刻そうな顔で思いつめていたりはしなかった。

「えっと、私は大丈夫よ?」

「そうか? 無理してないか? タケルがいなくなったのに」

 そう言われて、当の本人は「あ」という顔をして、慌てて取り繕った。

「だ、大丈夫大丈夫! ほら、死体が見つかったわけでもないし。きっと彼は生きてるから」

 そう笑顔で話し、ワタワタと手を胸の前で振る彼女を、リャンシィは強がっているのだ、と解釈した。

「そうか、うむ。わかった。お前がそう言うのなら、きっとタケルは大丈夫だ。そうだよな」

「え、ええ。そうね。うん」

 ハハ、と乾いた笑い声を上げるクシナダが、リャンシィの涙を誘う。

「りゃ、リャンシィ? どうしたの? 何で泣いているの?」

「いいんだ。クシナダ。俺は分かっているから。うん。今日でこんな悲しいことは終わらせような」

 リャンシィが決意を新たにしたので、良しとするか、とクシナダは諦めた。それに、誤解は近いうちに解ける。自分が気をつけなければならないのは、自分に対して獣人たちが抱いた違和感が天使側に伝わらないか、ということだ。


●------------


 事は二日前、獣人たちが戦争に参加することを決めた日まで遡る。ひとまず村の方針は決まったわけだが、クシナダは隣で思案顔をしているタケルのことが気になっていた。彼女の経験上、彼が何か考えている時は、この戦いに関してはそう単純な話ではない、何か裏がある、と疑っている時だ。

「タケル」

 クシナダがちょいちょいと彼の肩を叩いた。タケルが振り向くと、クシナダは不安そうな、というか、不信感まるだしの顔で自分を見ていた。

「あの話、本当に彼らにしなくていいの?」

 あの話、とは、クシナダが得た情報のことだ。ルシフル達が初めてこの村に訪れた日、クシナダはタケルに頼まれて、自陣に戻るルシフル達を追跡、つまり尾行していた。

 タケルがそんなことを頼んだ理由は、彼らの話のどこかが引っかかったから、だ。どこかって何? と聞き返しても、彼にもその何かが分からない、というか上手く説明できないでいた。話の内容の他に、ルシフルやラジエルの態度、仕草、視線、表情を総合的に判断した結果、そういう勘が働いた、ということらしい。

 ただ彼のこの勘は、今までほぼ外れがない。

「まあ、何もなければそれはそれでいいんだ。念のためってやつさ」

 両肩を竦めてタケルは言った。が。

 クシナダが掴んできた情報は、タケルの引っ掛かりを裏付けるだけの内容だった。

「彼ら天使の目的もこの世界の力なんでしょ? じゃあ、天使側も悪い奴らなのよね? 協力しちゃっていいの?」

「協力を拒むと、彼らと獣人たちの間で戦いになる、と思う」

 クシナダの聞き間違いでなければ、あのラジエルの方は獣人たちをペット呼ばわりしていた。タケルは施設にあった設備を見てから、獣人たちは古代文明に作られたんじゃないかと推測していた。そこに新たな証拠が加わったことで、彼の推測はほぼ確信に変わっている。

 天使たちこそが、獣人を生み出した張本人ではないか。

 だから、彼らをペット呼ばわりしたのだ。始めから知らない、けど自分たちよりも劣った生物だと思っているのなら、この前タケルたちが遭遇した宇宙人と同じで未開の地の蛮族、のような、それに類する言葉を使うはず。けれど、ペット。そこには以前飼っていたというニュアンスが含まれる。少なくとも彼らは獣人の存在を知っていたことになる。

 タケルは推測をもう少し進めた。

 さて、ペット扱いする連中が従うのを拒否する。当然飼い主は怒る。言う事を聞くように躾けるだろう。

 その躾け方が問題になる。ブリーダーのように、ペットに愛情を持って、共に幸せを分かち合いたいというような、愛のある躾けならば問題は少ないだろう。けれど、人をペット扱いするような連中が、果たして愛ある躾けを考えるだろうか。

 否だ。

 彼はそう判断した。むしろ、かなり強引で野蛮な手法を取ってくる。マフィア映画で良く使われる手法を使う。言うことを聞かないなら、てめえらの大事な家族がどうなるか、わかってんな? という古来より使われているが一向に廃れない、感情豊かな連中には効果的なアレだ。自分ならそうする。彼の頭の中では有名なマフィア映画のテーマ曲が流れていた。

 それでも従わない場合、天使側は意地になって、彼らを滅ぼすのではないか。目の前の悪魔との戦いが迫っているにもかかわらず。時に感情は理性を超える。そんな無駄で、後々のことを考えれば自分たちを追いつめかねないことを平気でしてしまうのが感情だ。マフィアが面子を重視するように、彼らはなぜ創造主である自分に逆らうのかと激しい憤りを感じるだろう。そして、こうも思うはず。

 もしかしたら、すでに悪魔と通じているのではないか、と。

「そうなれば泥沼だ。疑心暗鬼になった連中は先に獣人を滅ぼしにかかるだろう。で、どっちかが負けて滅びる。数量的には多分獣人の方かな、先に滅ぶのは。ただ天使側も被害が少なからず発生するだろう。そして数的不利になって悪魔に潰される。これで残った悪魔連中の勝ちになって」

「結局、この世界は使い捨てにされるってことね。でも、それで天使側に協力して勝ったとしても、結局天使側が好き勝手して、同じ結果になるのよね?」

 その通り、とタケルが頷く。そこが、今回の戦いの難しくて面白い所だ、と。

「この世界を好き勝手させないためには、僕たちが上手く立ち回り、今作られようとしている構図、天使&獣人連合対悪魔、という構図を上手く天使対悪魔対獣人に持って行く必要がある。けど、こんなもの僕の推測でしかないし、下手に情報を流して天使と先に戦うことになったら目も当てられない。さっきのリヴと獅子のおっさんのやり取りを見る限り、彼らはあんまり腹の探り合いとか得意そうに見えないからね」

 演技は期待できそうにないよね、とタケルは苦笑した。

「どっちの勢力も上手く追い出さなければ、この世界の負けだ」

 つまり、獣人が最終的に勝利しなければならない。

「じゃあ、どうする気?」

 今のままではどちらにしろ、獣人側に勝利は無い。天使側についても、悪魔側についても待っているのは破滅のみだ。

「彼らには、このまま天使側について戦ってもらう」

 彼ら、というタケルの言葉に、クシナダは気づいてしまった。そこに、タケル自身は含まれていないのだ。

「で? あなたはどうするの?」

「悪魔側に潜入する」

 ああ、やっぱりね、とクシナダは呆れた。

 いつものことだが、彼は思慮深いように見えて、自分の行動に関してはせっかちというか、思いつきで行動しているというか、ちぐはぐな生き物なのだ。

「何だよ、その目は」

「別に?」

 クシナダのジト目に、タケルは少し怯んだ。咳払いして、タケルは続けた。

「僕たちは天使側の話は聞いた。けど対する悪魔側の言い分を聞いてない。これはちょっとフェアじゃないだろう? どちらの軍でもない僕らは、双方の話を聞いておく義務がある」

「そのためだけに? だいたいどうやって悪魔側に接近するの?」

「やり方はあるよ。あんたが昨日ルシフル達を追跡したみたいに、後からついて行っても良いし。もしくは」

 捕虜になるとかね。そう言って、タケルはあくどい笑みを浮かべた。


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 このような経緯があって、クシナダはざっくり言ってしまえば、獣人たちを騙している状況になる。必要とあらば、相手を騙すことは厭わない彼女だが、味方を騙している、というのはやはり気分が良いものではない。

「村にいた時は、あんなに簡単に嘘をつけたのにな」

 と自嘲する。かといって、昔と今とどちらが好きか、といえば当然後者、今の自分が好きだ。あの死んだように生きていた自分には戻りたくない。かといって、今気持ち悪いのは、嘘をつくのが苦手になっている自分がいるからで、今自分がこんなことに遭っているのは、過去も今も含めて

「ああもう、タケルの阿呆!」

 ということになる。

 クシナダがひたすら頭の中で罵倒している中、曇天を切り裂くように開戦のラッパが鳴った。

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