第24話 真の英雄

 ―時間は少し遡る―


「前の時もそうだけど、こういう大事な局面では遅刻しないでほしいわ」

 苦笑しながら、クシナダが僕を海から引っ張り上げる。

「すまない。一応急いだつもりではあるんだ」

 吊り上げられ、ボタボタと海水を滴らせながら、魔龍の横を飛ぶ。

「さて、色々と聞きたいことがあるんだが、その前にこいつを止める必要があるな」

 地響きを立てながら街へ進行していく魔龍。大暴れ、というほど暴れているわけではないが、やはりその巨体は、通るだけで災害を引き起こす。蛇神もでかかったが、こいつもでかい。体積で考えれば僕史上最大級だ。

「その辺については、用意できてるわ」

 焦る様子もなくクシナダが言う。その確証は、すぐに取れた。

 魔龍の体が街の中に入ったところで、左右から光の帯が何十本も飛び交った。それ自身が意志を持つかのように魔龍の手足、胴、頭に巻きつき、そのまま先端が地面に突き刺さる。

「引けえっ!」

 野太い声が帯の根元辺りから轟いた。その声に合わせて、帯が一気に引き絞られ、魔龍を縛り上げる。叫ぼうにも、口元まで帯が巻きついて塞いでいる。

「すげえな。あれ」

 魔龍が身をよじろうともがくが、帯は弛んだり、千切れたりすることなく相手を縛りあげている。

「魔法の綱だそうよ。で、引っ張ってるみんなはアンドロメダさんの御両親にお世話になってた、スラムにいた方々」

「王に追いやられた連中か。でも、一体どこにいたんだ」

「森に隠れてたんですって。メデューサちゃんの指示で」

「彼女の?」

 ふむ。どういうことだろうか。彼女ほど賢い人間なら、こういう展開を予測できたはずだ。僕の想像していた彼女の目的と一致しない。

「どうしたの?」

 黙っているのを不思議がったか、クシナダが聞いてきた。

「クシナダ。頼みがある。僕がいなかった間に何があったか、教えてくれないか」

 ただ戦うだけなら簡単だ。けど、僕の勘が告げている。今自分が感じた違和感、メデューサの真意を読み取った方が面白くなる、と。

 だって、おかしいじゃないか。いくら魔法の道具だからって、数も多いからって、それだけであの巨体を封じ込められるものなのか? そして新たな疑問が生まれる。

 魔龍は、本調子ではないのではないか?

 理由はまだわからないが、非常に困る。僕の目的は強敵と戦うことだ。僕を呪いごと殺せるほど強い相手と全力で戦うことだ。

 そして、クシナダからこれまでの経緯を聞き、僕の疑問は少しずつ新しい仮説に成り代わり始めた。

「クシナダ、もう一つ頼まれて欲しいんだけど」

「何?」

「僕を魔龍の頭の上に連れて行ってくれ。で、あの綱の指揮を執っている人間に、口元の縛りを緩めるように頼んでおいて」

 真相を聞き出すには、後は本人に直接確認するしかない。

「二人を助けに行く気?」

「そんな気はさらさらない」

「あなたねえ」

 呆れたようにクシナダが項垂れるが、ここで取り繕ったって仕方ない。正直彼女たちのことなどどうでも良い。大体、メデューサとはやはり戦わなければならないかもしれないし、アンドロメダはもう消化されて養分になっちゃってるかもしれない。確証の取れないことは言わない。この世に絶対は絶対にないと誰かが言っていたし。

「ただ、『彼女たち』がまだ生きていて、ついてくるというなら、先導くらいはしてもいい」

 僕がそう言うのを聞いて、ふうん、とクシナダは、僕の顔を覗き込んだ。

「なんだよ」

「別に?」

 どこか嬉しそうな顔している。それが、なんだかムカつく。なんとなく、子どもが悪ぶっているのを微笑ましく見ている、大人の顔と対応だからだ。それから魔龍の頭部に辿り着くまで色々と言ったのだが、クシナダははいはい、とあしらうばかりで、居心地が悪くなってきた。

 舌打ち一つ置き去りにして、魔龍へ向けて飛び降りた。


 ―現在―


 僕の登場にしばし驚いて固まっていたアンドロメダだが、はっと我に返って、再び媒体に魔力を注ぎ始める。やれやれ、ストップと言ったのに。言葉で通じないなら、少々驚いてもらおうか。

 僕は剣を片手で掲げ、力を込める。電流が刃に集まったのを見計らって、彼女の腕めがけて振るった。電流が剣先から放たれ、狙い過たずに腕を撃った。小さな悲鳴と共にアンドロメダは飛び退り、尻もちをつく。衝撃で手から離れた媒体がコロコロと転がってきたので、拾ってポケットにしまっておく。こんなものがあるから、僕の計画が破綻しそうになるのだ。没収しておこう。

「今のは・・・」

 痺れる腕を押さえて、アンドロメダが言った。うん、初めて人に使ったが、威力調整も想定の範囲内だな。

「なに、弱めの電流を飛ばして、ショックを与えただけさ。死にはしないし傷も残らない。ちょっとびっくりするくらいだ」

 伊達に数時間閉じ込められていたわけではない。メデューサにはああ言ったが、そこに至るまでの間、あらゆる方法を模索した。その副産物がこの飛び道具だ。威力は今のところ静電気程度だが、けん制には使える。もう少しチャージすれば、威力も上がるだろうか。要検証だ。

「どうして邪魔をするの!」

 尻もちをついたまま、アンドロメダが怒鳴った。

「言ったろ? 僕の知らないところで勝手に戦いを終わらせるなって」

「ここで終わらせないといけないの! 魔龍を、この子を、メデューサを殺さないといけないの!」

「それで自分も死ぬって?」

「それが・・・私がこの子に出来る唯一の事だから」

「けど、妹の方はそれを望んじゃいないっぽいけど?」

 なあ? と僕はメデューサに目をやる。彼女は黙っていた。

「命を奪おうとしたら、誰だって望まないでしょう」

 アンドロメダは苛立ちを隠そうともせず食って掛かった。そこが、大いなる勘違いだ。そんな彼女に対して、まあ待て、と両の手のひらを向けた。

「普通はそうだ。けど、世の中には例外というのがいくつか存在する」

 そのうちの一つが僕であり

「そうだろう? メデューサ」

 もう一つの例外に声をかけた。彼女は黙したまま、喋らない。けれど、少し驚いたような顔で、僕のことを見ている。

「タケル、どういうこと? 一体何が言いたいの?」

「彼女は自分が死ぬことを望まなかったんじゃない。あんたが死ぬことを望まなかったんだ」


「訳が分からない」

 僕の言っていることが理解できず、一瞬唖然としていたアンドロメダが首を振った。

「どうしてこの子が、今更私が死ぬことを望まないって言うの? 私は現に何度か殺されかけてたわよ? 魔龍が初めて顕現した時とか、この子が振るった腕に押しつぶされそうだったんだから」

「でも、生きてるじゃない」

「それは結果論よ。たまたまクシナダが助けてくれたから」

「違う」

 僕は断言した。

「さっき外で話を聞いたけど。まさにその場には、あの悪ガキもいたらしいんだ。けど、あいつは無事だった。その振るわれた腕の範囲内にいたにも拘らずだ。だから、仮にクシナダが助けなくても、あんたは死ななかった」

 僕はメデューサの目を見ながら言う。特に変化はないか。ならば続けよう。

「他にもおかしい所はいくつもある。まさに、僕が閉じ込められていた場所だ」

 あの骨の龍。出口に近付けば襲い掛かってきたが、離れれば全く襲ってこなかった。つまり用途としては、そこから出したくなかっただけなのだ。倒し方も簡単。魔法陣に傷を入れるだけ。倒した時に出来た壁は、確かに破壊が困難だが、そんなものは後でどうにでもなる。

「次はこの戦いに至るまでの話だ。クシナダから大まかな流れを聞いたんだけど、メデューサはずいぶんと回りくどいことをしている」

 アンドロメダを生贄に出すために、街の人間に連れてくるように命令したと言うが、ならばなぜ、最初に変化したときに喰おうとせず、海へと向かったのか。戻ってこなかったらどうするつもりだ。

 そもそも、クシナダがヘルメスたちの場所に行って、この街に戻ってくるまでの時間がかなりあった。それまで一体何をしていた? おとなしく海の中にいたのだ。これに関しては僕の真上に尻尾が見えたから、ほぼ間違いないだろう。

 魔龍に関しても、アンドロメダが語った文献の内容と不一致がある。

「アンドロメダ。確か魔龍は、体から瘴気やら毒を撒き散らすんじゃなかったっけ?」

「え、ええ、そうよ」

「でも、外の街は毒に沈むどころか、空気も悪くなってない。どうして?」

「それは、まだ魔龍が不完全だから。だから、私を喰おうと」

 魔女の力を取り込む、とかいうやつか。けど、それにしては元気な状態でここにいるじゃないか。

「喰うとは、体内に栄養として取り込むことだ。丸呑みなんて、消化するのにいつまでかかるかわからないし、こういう状況になる可能性だって考えられた。いや、魔女の末裔ならば内側から魔龍を倒そうと考える。そして、同じ魔女の末裔ならば、相手がそう考えていることを気付くはずだ」

 体内に入られたとしても、それならそれで、防御策を取ればよかった。まさにここは自分の腹の中だ。罠を仕掛けても良いし、消化液とかまき散らせばよかった。好きに出来たはずなのに、そうしなかった。

 このことから鑑みるに、僕たちが考えていたことと全く逆の事実が見えてくる。

「メデューサは、自分を殺させるためにあんたをここまで導いたんだよ」

「殺させるため・・・? それこそ、いったい何のために?!」

「あんたをここの王にするためだ」

 そう考えれば、おかしかった点が全てひっくり返るのだ。あまりに突拍子もない話だったか、再びアンドロメダは固まってしまった。

「英雄の条件って、何だと思う?」

 話を少し変えて、質問してみる。

「色々とあるとは思うけど、僕が思うに、偉業を成して、みんなに認められた人間が英雄と呼ばれるようになると思うんだ。わかりやすいのは、人に仇す怪物を、皆の前で倒す事」

 そして、怪物を倒した英雄は、その地に留まり、王となる。どこの物語でも良くある話だ。

 アンドロメダが、ゆっくりと首を巡らせ、再びメデューサを見た。その真意を測るように。

「そう、ここでの配役は、あんたが英雄役、そして、対する怪物役がメデューサだ」

 これが、僕の至った結論だ。

「馬鹿馬鹿しい」

 ようやく、メデューサが口を開いた。ずいぶんと硬い口調だ。

「そんなもの、でたらめです」

「お前にとってはな。だが、アンドロメダにとっては、でたらめではなくなる」

「姉さん。放っておきましょう、こんな人の言う事は。さあ、続きをやりましょう。殺し合いをしましょう」

 しかし、アンドロメダは動かない。今の僕の話を聞いて戦いを再開できるわけがない。

「そんなことを言っている時点で駄目だろ、色々と。たしか、契約は魔龍だろうが魔女だろうが絶対に遵守される代わりに、少しでも互いの認識に齟齬があると破棄されるんだったな? メデューサ。お前ではなく、今この話を聞いた魔龍の方が疑念を持ち始めているんじゃないか? そのせいでもう、自由に体が動かないんじゃないのか? だから、いまだにそのツタから逃れられない」

 そう指摘すると、メデューサは悔しそうに口を歪めた。さっきまで内側から抜け出そうとしていたのに、今ではそのそぶりすら見られないから、もしかしたら、と思っていたら図星のようだ。

「ヘルメスたちを逃がしたのは何のためだ? 後々、王となるアンドロメダを補佐させるためじゃないのか。それに、仮に街から逃げたとしても問題ないようにだ。あの人数であれば、すぐに新しく村を開拓できるからな。

 魔龍と化したのだって計算ずくだろう? そうやって王をはじめとした街の連中を排除するのに都合が良いからだ。全部きれいさっぱり真っ平らにする気だったんだ。後で治める者たちのために、この地にはびこる、自分を含めた邪魔者を全て吞み込もうとしていた。

 魔龍がいまだ毒を撒き散らさないのも、一体化したお前が力を封じ込めているからだ。地下の瘴気は、魔龍本体がいなくなっても長くとどまっていたからな。それを防ぐためだ。瘴気が残って街に住めなくちゃ本末転倒だからな。

 そもそも僕を閉じ込めた地下の仕掛けだって、もし閉じ込められていたのがアンドロメダなら、後で適当なところで解放して、今と同じような状況に持って行くつもりだろ?」

 全て、愛する姉のために仕組まれていたことだ。

 これまでの言動も、自分が既に魔龍と一体化し、殺さなければならないと思わせるためだ。愛すべき者からすら憎まれてでも計画を実行に移す鋼の意志。ありとあらゆる事態を想定し先手を打つ卓越した頭脳。僕たちは完全に、あの小さな掌の上で踊らされていた。

「称賛に値するよ。御見事だ」

 真の英雄に向けて、最高の賛辞を送った。

 だが、と僕は続ける。

「そんなお前の、唯一にして最大の誤算は、僕がここにいることだ」

 なぜなら、僕はその計画を全て台無しにしに来たのだから。

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