第154話 即席登山隊結成
昼ごろまでには、狩猟者たちの口から僕達が化け物を呼び寄せるという話が広がっていた。街を歩くと噂されるなんて、僕も有名になったもんだ。食堂はどこに行っても満席もしくは休業中に準備中で、道具屋も僕らが近づくとクローズする徹底ぶりだ。
「人気者は辛いわね」
とは最近めっきりメンタルが強くなったクシナダ談。
ただ、対応が特に変わらなかった人たちも少数ながらいた。レイネばあさんとその孫アリアだ。
「大丈夫かい?」
僕の顔を見るなり、レイネばあさんは心配そうに声をかけてきた。
「あんたたちの悪い噂が出回ってるよ。化け物を呼び寄せるとかなんとか」
「ああ、そいつについては噂じゃない。ほぼ確定事項だ」
「じゃあ、本当に化け物に好かれるんだねえ。何か、化け物が好みそうな匂いでも出してるのかい? 一体何を食べたんだね」
「でかい八つ首の蛇とかだな」
ずいぶんなゲテモノを食ったもんだねえ、と冗談だと思ったのかレイネばあさんが声をあげて笑った。
「そっちこそ、良いのか?」
「何がだい」
「普通に買い物しても大丈夫か? さっきから行く先々で門前払い食らってるのは、その噂のせいだと思うんだけど。そんな相手と取引して、あんたの店は大丈夫か? 村八分になっても責任取れないぞ」
「はん、私をそんじょそこらの青二才どもと一緒にしないでおくれ」
レイネばあさんが鼻から大きく息を吐き出した。
「私は昔からこの街で店構えてる。今回みたいな危機は何度もあった。今更この程度でガタガタ言う狩猟者なんざ器が知れるね」
狩猟者以上の度胸の持ち主だったようだ。このばあさんなら、店に来る者は相手が何者であれ客として扱うだろう。
「それに、私はお嬢の判断を信じている。今まであの子がどれほどの努力を積み重ねて今の地位についたか知ってるからね」
おや? 聞いてた話と少し違う。確か自分の父親が亡くなって後釜についたって本人が話してたんだけど。
「馬鹿いうんじゃないよ。お前みたいな小娘に従えるかって、どれほどの反発があったと思っているの。それを黙らせたのはあの子と、それを支えたウルスラ。二人の努力が実ったからさ。あの子達以上にこの街のことを考えているやつなんかいない。あの子たちがあんた達を支持するなら、あの子たちを信じる私もあんた達を支持する」
そいつはどうも。彼女らの人徳のおかげで寝床だけは確保できそうだ。
「だから正直、シュマたち新参の十傑は、私ゃ好かないね」
「どういうこと?」
レイネばあさんは左右を確認し、孫がいないことを確かめてから声を潜めた。
「アリアや、やつらを信奉する連中にゃ悪いけどね。あいつらは腕が良いのをいいことに、街で好き勝手やり始めたのさ。狩猟者の順位付けなんて物を始めたのもやつらだ。厄介なのは、それが街の人間に受け入れられてるって事さ。人気がますます出て、手がつけられなくなってる」
いや、多分順序が逆だ。人気を得て、批判され難くなったから口出しし始めたんだ。街を管理する側としては、街に住む人間の声は無碍に出来ない。シュマたちはその辺のことがわかっていて、人気があると自覚しているからこそ管理側に口出しできる。やり方が中々巧妙で賢い。強いだけじゃなくて賢い相手は、クルサにとっては目の上のたんこぶだろう。興味深い話だが、僕がどうこう出来そうな話じゃない。街のシステムを変えてやるほど僕は偉いわけでもなければこの街にかかわる気も毛頭ない。だから口出しは最初からしない。食料だけを買い込んで、それを食って早々に寝ることにした。
「まあ、そうなるか」
翌日、山への同行者と顔を合わせる。
「おう。よろしく頼むよ」
門前で待っていた僕達にウルスラが手を上げた。
「街の守りは大丈夫なのか? あんた、十傑の一人だろう?」
「大丈夫だろう。後九人いるし。それに、十傑に名を連ねなくても私より強いのは何人もいる。たまたま長く戦ってこれて、手柄を多く上げられただけさ」
その長期にわたって戦って戦果を上げられるってのが、ウルスラが十傑に名を連ねてる理由だと思うんだけど。まあ、クルサが許可したんだろうから、僕がごちゃごちゃ言うのも筋違いか。
「で、ウルスラはわかるんだけど、あんたらはどうして?」
彼女の後ろから現れたのは、既に見慣れたスキンヘッド、ザムが率いる四人組みだ。
「なんだか街のほうから応募があったんだよ。今回新種が出たことを機に、山を少し調査しようって面白い話がな」
「え、応募かけてたの?」
ウルスラに視線を向ける。てっきり秘密裏に行うものとばかり。
「まあ、一応。かなりの額の報酬を提示したんだけど、まったくと言って良いほど集まらなかったわ」
それもそうか。山は化け物の住処ってのが街の常識だ。わざわざ危険を犯すやつはいない。金は生きてるうちにしか使えない。死んだら元も子もないからな。応募するとしたら死ぬことを厭わないキチガイくらいだ。生きることを大前提とするこの街の狩猟者精神とは間逆だ。でも、ザムたちがそんなキチガイには見えなかったんだけどな。
「良いの? これから行くのは化け物の住処と噂される場所だけど」
「危険が怖くて狩猟者なんかやってねえよ。一攫千金がこの仕事の醍醐味だろうが」
「こんなこと言ってるがね」
ザムの後ろからアッタが乗り出す。
「ザムは、あんた方のことを気にしてたんだよ。あれだけ街のために戦ったあんた方が冷遇されてるのが気にいらねえって」
「馬鹿アッタてめえ! 変なこと言うんじゃねえ!」
頭まで真っ赤にしたザムをワッタが押さえこむ。
「なもんで、誰も行かねえなら俺が行く! なんて、俺達の意見も聞かずに応募しちゃったんです」
「ハオマ! いまここでそれを言うか?! だいたい、お前らだって反対しなかったじゃねえか!」
「しませんよ。命の恩人たちが困ってるんです。手助けしなくてなんとするんです。ま、そういうわけなんで。俺達も一緒に行かせて貰いますよ」
「死んでも知らないし、責任も取らないよ?」
「心配いらねえ。自分のケツは自分で拭く。お前らの足はひっぱらねえよ。それに俺達も危なくなったらお前らを置いてでもすぐ逃げる。別にいいよな?」
大の大人が決めたことなら、好きにしたらいい。
こうして、即席の登山メンバーが決まった。
いざ出発、というところで、クシナダが少し後ろを気にしていた。
「どうした?」
「・・・ん、いや、多分気のせいかな。なんでもない」
彼女はかぶりを振って、前を向いた。先に進んでいるウルスラたちに追いつく。真似して振り返ってみるが、そこには巨大な門があるだけだ。
「まあ、良いか」
彼女も気のせいだと言っていたし。
「おういタケル! 遅いぞ! 置いていっちまうぞ!」
ザムの野太い声が呼ぶ。何だろう、クシナダと僕の扱いに明確な差があるのが釈然としないのだけど。
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「行ったか」
タケルたちの背が見えなくなる頃。望遠レンズで彼らを監視していたシュマが呟いた。
「シュマ様。どうなされるおつもりですか?」
部下が窺う。部下もまた優れた狩猟者でシュマの片腕であり、熱狂的な信奉者だった。
「どうもしない。俺は、な」
その一言で部下は自分の行動を悟る。
「かしこまりました。では、私はこれで失礼します」
「うむ。くれぐれも気取られるなよ? あの女、この距離で俺の視線を感じ取りやがった」
「お任せください。全てはシュマ様のために」
そして、音もなくその場を立ち去る。気配の消し方はシュマ以上だ。
「順調すぎて怖いな」
シュマは笑う。どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ。こうまで自分に都合よく動くとは。この調子でいけば、計画はもっと前倒しに出来そうだ。
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