第141話 狩猟者たちのボス
結論から言って、街に入ることが出来ない、という心配は必要なかった。
「新戦力はいつでも大歓迎だ」
門番は僕達の姿や持ち物を見て歓迎してくれた。
「君達も狩猟者なのだろう?」
「え?」
狩猟者、ってなんだっけ?
「あ、はい。そうです」
僕の代わりにクシナダが答えた。
「ほら、ミハルが言ってた、獣を倒して稼ぐ職のことよ」
ああ、そうか。思い出した。魑魅魍魎が跋扈し潜む自然が広がるこの世界で、徐々に人の住む場所が広がってるのは、そういう職のおかげだと。
「やはりな。どちらの街から来られたのだ? イゾルテ? それともナガエ?」
どこの土地だそれは。人が増えるに連れて街が増えたのだろうが、まったく聴き覚えがない。もしかして僕達は、地図にそって移動してるけど、通常人間が通らないところを通っているのではないだろうか? 最短距離を行こうとしてるし、崖も谷もクシナダに頼めば簡単に飛び越えられるし。
「バベル、って村から」
最後に立ち寄った村の名前を挙げるが、門番は首を捻った。なるほど、まだあの村の連中は普通の人間と接触してないか。
「ええと、大きい街だと、ロネスネスだ。そっち方向から来た」
ただし一回宇宙に出たりして、再出発したのはまったく別の場所からだったが。
「ロネスネス、ああ、あそこか。かなり遠いところから来たんだな。大丈夫だったのか? なんか、反乱が起きて滅びたって話を聞いたんだが」
大丈夫も何も壊滅させた張本人なのだが、そこは黙っておく。
「いや、よく知らないな。僕達が出発してからじゃないか?」
「そうか・・・っと、話につき合わせてすまんな。日がな一日門番やってると退屈でな。話相手に飢えてたんだ」
門番は咳払いして、居住まいを正した。
「ようこそ要塞都市アケメネスへ。我らは君達を歓迎する」
ぎりぎりぎりと門番の後ろの鉄門が開く。門番は後ろを振り返って指差す。
「あの一番高い建物にまず行くといい。この街の狩猟者を纏めてるボスがいる。そこで狩猟者として自分達を登録できる。登録すると、この街での買い物が割引されたり、宿も部屋が取りやすくなる」
「ずいぶんお得なんだな」
「もちろんさ。狩猟者はこの街では優遇される。その代わり、有事の際は戦闘にたってもらうがな。だが働きに応じて、また街から報酬が出るから、狩猟者たちはいっそう奮起する。奮起しないようなヤツは、そもそも狩猟者になってないか」
がははと笑う門番の指示に従い、僕達は中央部にある、外からも見えた高い塔を目指す。
「狩猟者、ねえ?」
いぶかしむような目つきで、狩猟者を纏めるボスは口をひん曲げた。
受付に到着して登録したい旨を伝えると、取りまとめているボスの執務室に通された。ボスの部屋は最上階のかなり広い部屋で、壁には地図や怪物の絵がかけられ、所々注釈が入っている。壁際には簡単な作りの机が並んでいるから、もしかしたらいざという時はここが作戦室に変わるのかもしれない。今は邪魔にならないように脇にどけられている。
部屋の中には四人。奥のでかい机に一人が座っていて、その両脇を二人が護衛するように固めている。もう一人は今しがた通ってきたドアの前だ。十中八九、この椅子にふんぞり返ってるのがボスだろう。
「おたくらみたいな若いのが、戦力になるかどうか疑問なんだけどねぇ」
そういうボスの方こそ、狩猟者を纏めるボスに見えない。屈強なおっさんかひげもじゃの長老的存在が出てくるかと思ったら、僕と同い年かそれより年下の少女だった。羽織るローブは丈があってないのかボスの手を半ばまで隠してしまい、足は完全に隠れて床についている。大人であることを見せたいのかキセルを咥えているが、いかんせん大人ぶってる悪ガキにしか見えない。煙が出てないって事は、ただ格好をつけて咥えてるだけなんじゃないのか。
「あたしは良いんだよ」
顔に疑問が出ていたのか、それとも何度も同じことを疑われすぎて予測がついてしまうのか、尋ねる前に説明してくれた。
「この前までここを仕切ってたのはあたしの親父だったんだが、化け物との戦いで傷を負い、くたばっちまった。仕事は手伝ってたんで、そのまま後を継いだんだ。一応そこそこの働きをしてたのを前からいる狩猟者達も知ってるから、文句は今のとこ出てない」
実績があるわけか。対して、僕達の実績を彼女らに証明する手段はない。
「最近多いんだよ。狩猟者って肩書きだけの、運も経験も実力もない連中がさ。ほれ、おたくらも門番に聞いたろ? この街は狩猟者を優遇してる。けれどそれは、いざという時化け物どもと戦うってことと引き換えなんだ。どこでこの街の噂を聞きつけたか知らねえが、登録だけして街で好き放題暴れて、化け物が来たらビビッて逃げちまうような連中が後を絶たない」
「気苦労お察しするよ。じゃあ、別にいらない」
手を振って踵を返した。
「え?」「へ?」
クシナダとボスが同時に間抜けな声をあげた。
「ちょ、タケル、良いの?」
「別に良いんじゃないかな? 別に登録して無くても、街の施設は利用できるし、化け物と戦っても問題ないでしょ?」
視線をボスに向ける。
「いや、そりゃ、問題ないが。今まで食い下がってくる連中が多かったもんだから拍子抜けしてんだけど」
「そうかい。僕はここに長居するつもりはないし、やることやったら街を出るから、恩恵もあんまり受けられない。ここで面倒くさい手続きに時間を取られるより、早く寝たいんだ。手間かけたね」
そう言って入り口へ向かうと、ドアの前にずいっと全身鎧が立ちふさがった。兜の面当てをしているため容貌はわからないが、僕よりも小柄で、クシナダより少し大きいくらいか。なぜ立ちふさがられたのかさっぱり分からない。
「どいてくれると嬉しいんだけど」
しかし全身鎧は僕の言うことなどに耳を貸さず、腰の剣を抜いた。幅広の曲刀がシャランと音を鳴らす。
「僕は、別に登録する気も駄々をこねる気も街で無用に暴れる気もないんだけどね」
一応伝えてみたが、駄目らしい。こちらに剣を向けたまま微動だにしない。
「おいおい、ボス」
後ろにいるボスに声をかけた。
「あたしは、あんたのボスじゃない。クルサと呼べ」
「じゃあクルサ。悪いんだけどこの人に命令してドアの前からどくように言ってくれない? あんたの部下だろ」
クルサが全身鎧に視線を送る。鎧は小さく首を横に振った。それだけで通じ合えたのだろうか、クルサは「ふう」と一つ息を吐いた。
「ウルスラと手合わせしてみてくれ」
ウルスラ、というのがこの全身鎧の名前らしい。
「ヤツに勝てたら、先ほどの実力云々で疑ったことは謝る。すぐさま登録し、登録証を用意しよう」
「だから、別にいらないんだってば」
「おたくの意思は分かった。だが、ウルスラも手合わせするまでどかないつもりだ。どうせ戦うことになる。それに、ウルスラは何度も化け物どもとの戦いを潜り抜けてきた、私以上の歴戦の猛者だ。いい勝負が出来れば箔が付く。狩猟者、といえば聞こえは良いが、どいつもこいつも血の気の多い荒くれ者ばかり。あたしが言うのもなんだが、おたくらはあまりに弱そうで、連中にとってはカモだ。行く先々で絡まれるのは面倒だろう? だが、箔がついてれば、そういう面倒ごとは避けられるぞ」
クルサが挑発するように笑う。どうやら戦いは避けられないようだ。
「まあ、いいか。せっかくだし、互いに死力を尽くして戦うか」
「ちょ、タケル!」
クシナダが僕の名を呼んだ。
「向こうからのお誘いだし、むげに断るのも礼儀に反するかなって」
「今更どのツラ下げて礼儀を持ち出すのよ」
クシナダが今更の面を睨んだ。僕としては全力で応えたいところなんだけど、僕を睨むあの目はいざとなったら途中で割って入るつもりだろうな。
「安心しな。ウルスラなら殺さないように手加減できるよ。おたくの彼氏が死ぬことはない」
クルサが自信満々に言う。「そういうことじゃないんだけどな」とクシナダが小声で唸った。一体どういうつもりでいったんだか。以前ミハルと戦った時みたいなことかな。
さて、しばらく対人戦闘は無かったし、別地域の人がどれほどの腕前か楽しみだ。
「じゃあ、やろうか?」
僕の言葉を開戦の合図にして、ウルスラが突っ込んできた。横薙ぎの一太刀を後ろに飛んで避ける。
「鋭い、けど、怖くない。これは、クルサが言ったように手加減してくれているからかな?」
ニ撃目、三撃目と躱して気付く。殺す気がないと、迫力に欠ける。踏み込みも甘くなる。なにより、急所が狙われてる以上に読みやすくなる。相手に深手を負わせないためのポイントは、急所よりも少ないからだ。
「気にしなくていいのに」
「・・・っ!」
一瞬ウルスラがたじろいだ。なんだよ。顔に何か付いてたか? 後ろに跳び退って構えを変え
「オオオオオオオオオオッ!」
先ほどの生易しい攻撃から一転、気合と殺意を込めてウルスラが迫る。そうだよ。そう来なくては。自分の剣を手に取った。肩に担ぐ、いつもの構えを取ってタイミングを計る。ウルスラが、間合いに入った僕へと曲刀を振り下ろす。角度も速さも強さも見事な一撃だ。防御も後先も考えない、攻撃に特化した斬撃。
剣を使う相手の間合いは、僕にとっての間合いでもある。振りかぶった剣を、ウルスラに向けて全力で振るう。互いの刀身がぶつかり合った。
パキィィィィィーーーーーーーン
「っふが」
首だけがのけぞって口から変な空気が漏れた。それも致し方ないと思う。半ばでへし折れた曲刀がこっちに向かって飛んできた。それを歯でキャッチしたのだから。真剣白歯取りってやつだ。結構危なかった。正直キャッチできたのは偶然だ。失敗してたら口裂け女みたいになってただろう。峰がこっちを向いてたのも助かった。
首を戻すと、ウルスラが自分の手元の半分に折れた曲刀と僕が加えるもう半分とを見比べていた。咥えていた刀身を離し、相手に返す。
「ごめん。折るつもりは無かった」
本心だ。こういう場合は、弁償した方がいいのだろうか。
「・・・ぶふっ」
刀身を受け取ったウルスラは噴出し、大声で笑った。
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