第140話 要塞都市

 獣人達の平和な村から山越え谷越え平野越え、歩くこと一週間。

「タケル」

 今では僕よりも地図の使い方が上手いクシナダが、地図と目の前の場所を見比べていた。

「アレじゃないかしら」

 彼女が指差す方向には、巨大な要塞都市が鎮座していた。石を積み上げて作られた巨大な城壁、それを囲うように堀が張り巡らされ、太い丸太で作られた杭が堀の内側外側に打ち込まれてハリネズミのようになっている。内と外をつなぐのは巻き上げ式のつり橋と鉄の門だ。前に訪れた鬼と人とが争ってた街もこれほどじゃない。この世界で初めて見る、大きな戦いに備えた臨戦態勢の街。物の怪の姫でも襲ってきそうな作りだ。初めてみるはずなのにどこかで見たことあると思ったらやはり映画だ。映画監督の何人かは、僕のようにこうして異世界とか宇宙に飛ばされて、実際に目にしてるんじゃないだろうか。

「クシナダ。地図上に、この近くに他にも街はあるかな?」

 彼女は再び地図に目を落とし、地図を拡大・縮小させて周囲を調べる。しばらく探していた彼女だったが、顔を上げて首を横に振った。

「いえ、無いわね。このあたりにはあの街一つきりよ」

「ふうん」

 周囲に敵対する国がないのに、アレだけ頑丈な作りの城壁を築く理由。それが何なのかは分からないが、想像はできる。

「次の敵は、あそこに現れるって事かな」

 それも、人以外の何か。ただの獣被害くらいなら、あんな堀はいらないだろう。

「可能性は高そうね。とりあえず、あの街に入るって事でいいのよね?」

「うん。まずは情報を集めよう。それに、そろそろ雨風の凌げる場所で寝たいし」

「同感。でも、すんなり入れるかな? あれだけ防御を固めているってことは、警戒してるって事でしょ?」

 クシナダの意見ももっともだ。が、それについては解決策はある。

「そのときは、夜に上から入ろう。中にさえ入ってしまえば問題ないと思うよ。規模の大きな街だから、全員が知り合いということは無いはずだ。そして、中にいるということは、外の検問を突破したんだから大丈夫だろう、という思い込みが働くと思うし」

「なるほど。・・・ねえ、いつも思うんだけどさ」

「何?」

「どうして、そういうことを思いつけるの?」

「そういうこと、というと?」

「だから、今みたいに中に入ってる人間は信頼できると思うだろう、とか、人の考えを読むような事よ。今までも、相手の裏をかいて騙すような作戦とかいっぱい作ってたじゃない」

 自分でも誰でも考えそうなことを口にしてるだけで、特別なことを言っている自覚はないんだが、クシナダにとっては他人の考えを読み取っているようで、不思議なことだそうだ。

「強いて挙げるなら、訓練、かなぁ」

「訓練?」

「うん、そう。前に話したけど、僕は元の世界で敵討ちをしてた。その相手は多くの人間に守られた連中ばかりだった。彼らの過去の行動を分析してこれからの行動を推測したり、どうすれば相手の裏をかけるかって事を一年以上考え続けてたらこういう考え方をするようになってた。それに、元の世界には人の心を読む技術とか本になってたからね。ほら、蛇神の行動を完璧に予測した彼女がいただろう?」

「ああ、ツクヨのことね。懐かしいわ」

 蛇神の戦いから、もう何ヶ月も経っている。元の世界に戻った彼女達は今どうしているだろうか。

「彼女の、ああいう人の行動を読むのも訓練しだいで出来るようになる」

「へえぇ、凄いのねぇ」

 しきりに感心している。

「私にも出来るかな?」

「出来ると思うよ」

 元の世界もこの世界も人間の考えることはさほど変わらない。相手に寄り添って特定の人物の精神疾患を治療するような医療の心理学などでは専門知識が必要になるだろうけど、多数の人間、自分でも考え付くようなことを相手に当てはめて推測するのは簡単だ。人間が想像できることは人間が実現できる、とは昔の偉人が言っていた。僕はさらに、他人が想像できることは自分にも想像できる、とも思う。逆も同じだ。よほどの変人でもない限り、人間は大体同じ考え方をする。

「じゃあ、私はあなたが想像することは読み取れなさそうね」

「どういう意味だよ」

「だって、タケルってよほどの変人でしょう?」

 笑いながらはっきり言われ、否定できない自分がいる。自分でもキチガイだと思っているし。

「そんな変人と共に旅するあんたは、変人二号だな」

 悔し紛れに言い返す。彼女は「そうかもねえ」と軽く受け流してくる。最近人をからかうことを覚えだしたのか、こうやって人を茶化してくる。まったく、ちょっと前までの可愛らしい性格はどこへ消えたのか。きっと悪い人間に影響されたに違いない。彼女の行く末がちょっと心配になってきた。

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