怪物

第139話 目的を一つ追加して

 天使と悪魔を追っ払い、この地でやることは終わった。次の敵地へ向かうために、バベル村を離れる準備を始める。

「なあ、タケル」

 荷造り中の僕にリャンシィが声をかけてきた。先の戦いで共に戦った勇ましい獣人の戦士は、今はどことなく消沈した様子だった。

「本当に出て行くのか?」

「うん。まあね。敵は倒した、というか追っ払ったし。地図で確認しても、ここにはもう敵の気配がない」

 おそらく千年は大丈夫だろう。

「だから、次の戦場に行くのか・・・」

 リャンシィは悲しそうに項垂れた。自慢の毛並みの耳も尻尾も、だらんと下がっている。

「そりゃ、お前らがそういう使命を帯びて旅をしているのは聞いた。そのおかげで今回俺たちは助けられた。この世界には、俺たちみたいに助けを待っている連中がいるのかもしれない。そいつらを助けに行くんだから、尊く、素晴らしいことだと思う。けど、お前はそれでいいのか?」

「と、言うと?」

「平和に、穏やかに暮らそうとは思わないのか? 戦いの日々に疲れないのか? そりゃ、この村には、お前が留まることを決める様な魅力がないかもしれないけどさ」

 少しむくれたように言うのが、なんだか遊び友達が先に返ってしまう子どもの様でおかしくて、ついつい笑ってしまった。

「笑うなよ」

「すまない」

 頭をかいて、自分の言葉をまとめる。

「誤解があるようだから言っておくけど、この村は良い村だと思うよ。僕がこれまで立ち寄った中では断トツじゃないかな」

「そ、そうなのか? ホントか? お世辞じゃねえの?」

 疑惑の目を向けるリャンシィに、僕は自信満々に、力強く頷く。

「僕がこれまで立ち寄った村とか街は、人を騙して化け物の生贄にしようとする、入ろうとしたら問答無用で矢を射かけられる、金品を強請り払わなければ殺そうとする、攻め滅ぼした国の連中の生き残りを奴隷にする、やっぱり矢で射殺そうとする、銃を突きつける・・・」

「それは、うちが良い村と言うよりは、立ち寄った村が酷過ぎたんじゃ・・・」

「そんなことない。よくよく考えれば、あんたらが僕らを迎え入れたってことは凄いことなんだ。リヴも言っていたけど、普通よそ者は警戒される。リスクが高いんだ。何の保証も出来ない奴を招き入れて、もし何かしでかされたら? という不安が先に立つ。そんなことを許すくらいなら、初めから迎え入れないほうがましだと考える連中は非常に多い。それでも迎え入れるのは、何か企みがあるからだ。でもそれは、今のこの時代だと普通の考えだとも思う」

 普通ってのは、誰かに優しくできるっていうのは、実は凄いことなんだと思う。

「そう言う理由で、この村に魅力がないわけじゃない。この点については安心していい。多分、クシナダも同意見だと思う」

 それだけ魅力的であっても、僕は次へと向かわなければならない。

「後あんたが言った、穏やかな暮らしを望まないのか、って話なんだけど。僕はもう、穏やかな暮らしを望めない。リャンシィは誰かを助ける為、みたいに良い風に言ってくれたけど、違うよ。僕は、僕の為に戦ってる。戦うことが好きで好きで仕方ない、キチガイなんだよ。そんな奴を、こんな平和な村に置いちゃ駄目だ。無用な諍いを呼び込む元さ」

 リャンシィたちが悪いわけではなく、僕の性質の問題だ。死にたがりの戦闘狂。そんな奴を置いといても百害あって一利なしだ。ちびっ子が真似したらいけないからね。

「けど、リャンシィ。あんたが残ってほしいのは、僕じゃないんじゃない?」

 引き留めてくれるのはありがたいが、多分、僕は完全なバーターだ。彼が本当に残ってほしいのは僕じゃなくて、彼女の方だろうに。そう言うと、リャンシィは少し悲しげな笑みを浮かべて首を横に振った。

「それとなく、聞いた。答えはお前と同じだ。断られた」

 彼女にも蛇神の呪いがかかっている。それを気にしてのことだろうか? でも、ここは獣人の村だ。その程度のこと気に病む必要はないと思うんだけどな。

「ま、分かっちゃいたけどね」

 リャンシィがあぁあ、とため息をついた。

「タケル。お前が悪魔軍に掴まってる間、俺たちはお前がもう死んだと思っていた。けど、彼女だけはお前が生きてることをずっと信じていた」

 それは、僕が不死の呪いにかかっていることを知ってるし、何より事前に色々と作戦を練ってたからだと思うんだが。

「それだけじゃない。彼女はお前の作戦を一つも疑うことなく動いてた。あのウリエルとか言う強敵にも怯まず命懸けで立ち向かい、見事討ち取った。幾ら長い付き合いだからって、そんなこと普通出来るか? クシナダの、お前に対する信頼は大樹のように揺るぎ無いものだってことが分かった。俺が入る余地はなかったんだ」

 大げさな、と思う。僕としては無茶なことを頼んだ覚えはない。彼女なら出来るから、頼んだだけなんだけど。

「彼女はお前を選んだんだ。だけど、お前はどうなんだ」

 ズビシ、とリャンシィが僕に指を突きつけた。

「お前は彼女のことをどう思っているんだ」

「僕が?」

「そうだ。もしお前が彼女を不幸にするようなら、たとえ彼女から憎まれても、俺はお前と彼女を力尽くでも引き離す」

 ・・・面倒なことになったな。僕としては、彼女がついてくると言うなら今更拒否しないし、残りたいと言うなら残ってもらっても構わないんだけど。リャンシィにそう言っても無駄だろうな。目が怖いし。かといって適当なこと言うと、野生の勘で見抜かれそうだ。どうするか。何だろうな、この青春群像劇みたいな展開は。僕がまだ普通の高校生なら、もう少し胸の高鳴り、とか、河原で決闘、とか、ベタだけど謳歌できたんだろうけど。今これを持ってこられても大いに困る。ヤキモキとか甘酸っぱい何かは、今の僕にはただただ消化に悪い胸やけのもとなんだが。

 これまでの彼女との行動を思い返して、少し吟味して口を開く。

「あんたにも理解いただけると思うが、彼女はまあ、良い女だ。見目もそうだし、腕も良い。最近少し可愛げがなくなってきたが、なかなかいい性格に変わりつつあるのも面白いし、発想力も面白い。魅力的な女だと言うのは間違いないだろう」

「確かに。異論なし」

「魅力的な女を嫌う男が、どこにいる?」

 これ以上の答えが聞きたいのなら、僕は過去に戻って忘れてきた人間らしさと若さを取ってこなきゃならない。

「まだ不十分だ。俺は、彼女に傷ついてほしくない。何かもっとこう、無いのか? 彼女を愛しています、とかそういう答えが聞きたいんだよ!」

 それならそうと先に定型文を指定しておいてくれ。選択問題と記述問題では難易度が違うんだ。大体、あの女守る必要がないくらい強いぞ。

「五月蠅いなもう。僕は彼女を気に入っている、それで充分リャンシィの質問には答えたと思うんだけど」

「駄目だ駄目だ! そんなことではクシナダをやるわけにはいかん!」

 お父さんかあんたは。

「とりあえず、不幸にはしないよう努力するよ。僕も、できれば彼女には幸せであってほしいからね」

 それでいいかな、お父さん。


 用意を済ませた僕は、まだブチブチ言ってるリャンシィを後ろに連れて、村の入り口まで来た。すでにクシナダの姿があり、見送りに来てくれたルシフルや獣人たちと別れを惜しむように話しこんでいる。

「悪い。待たせたね」

 声をかけると、クシナダがこっちを向いて、すぐさまそっぽを向いた。周囲にいる獣人たちの目に、なんだか生暖かいものが含まれている気がするけど、気のせいか?

「何? どうしたの?」

「いや、別にぃ?」

 獣人たちは含みのある顔で揃って否定した。なんだか気になる言い方だ。

「クシナダ?」

「ひゃい!?」

 ・・・何だ。本当にもう、今回は何なんだ。

 色々と引っかかる物を感じながら、僕はバベルを後にした。


「さて、次はどうするの?」

 ようやく普通の対応をしてくれるようになったクシナダが尋ねてきた。地図の通り進むのはこれまで通り。そこに、今回僕が仕入れた情報を加えよう。

「悪魔側から面白い話を聞いた。何千年も前、まだ天使も悪魔もこの世界に住んでた時、今の魔王と同等以上の魔力を持った悪魔がいたらしいんだ」

 そいつの名は、レヴィアタン。

「多くの愛人を囲う、嫉妬深い女でもあった。浮気しようもんなら、そいつを有り余る魔力で怪物に変え、最前線に放り込んだらしいんだ」

「自分は何人も愛人いるのに相手は駄目なんだ。我儘な奴ね」

「だけど、それが仇になった。最前線に送り込まれたほとんどは死んだけど、中に数名生き残った連中がいた。そいつらは結託して、レヴィアタンの不意を突いて殺害し、その身を喰らった」

「ん? 天使も悪魔も、致命傷を受けたらその身は消滅するんじゃないの?」

「正確には、体はこの世界に満ちるエネルギーに変換されて霧散するんだとさ。詳しくは分からないけど、天使や悪魔は、この世界のエネルギーが凝縮されて生まれるんだそうだ。で、その霧散する前にエネルギーを喰ったってことだと思う。魔王級の魔力を有した相手の一部を取り込んだ連中はもれなく強大な力を得て、この世界に散らばった。まあ、そうだよな。有力な悪魔殺したんだから逃げるよな。その内の一匹が、あの蛇神だった可能性がある」

 クシナダの目つきが変わった。忘れもしない、僕たちにとって最初の、因縁の化け物だ。

「悪魔の一人が、僕のことを『レヴィアタンの眷属』って呼んだ。僕の体から、レヴィアタンと同じ気配がするって」

 当たり前のことだが、僕はレヴィアタンなる悪魔のことなど知らない。なら考えられるのは蛇神にかけられたこの呪いだ。

「蛇神が、元は天使か、悪魔だったってこと?」

「もしくは、当時の人間とか原生生物だな。天使や悪魔には僕らのような繁殖や出産って感覚は無い。それでも僕らに良く似た形を取っているのなら、快楽を求める為だけの行為は可能だったかもしれない。けど多分少数派、だいぶ奇特な方だ。同じ種族に相手がいたとは考えにくいから」

 そのための愛人を囲っていたのだろう。色欲こそアスモデウスが担当してたと思うんだけど。レヴィアタンは嫉妬の方だ。それはさておき。

「この、レヴィアタンの一部を喰った連中を、目標対象に入れようと思う」

 そいつらは、おそらく蛇神と同等以上の呪いをその身に浴びているはずだ。毒をもって毒を制すのと同じで、呪いをもって呪いを制す。いつ会えるかはわからないが、何もヒントもなかったことに比べれば格段の進歩だ。中には呪いを解呪したヤツも居るかもしれないし、僕ら以上の化け物もいるかもしれない。

「面白くなってきたね」

 次の目的地は、北。何が出るかはお楽しみ。

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