第219話 広がる教えを追って

 金色の田園の脇を通り、アーチ型の端を渡り、都市の端に辿り着く。巨大な石によってうず高く積み上げられた城壁は威容を誇り、見る者に圧迫感を与える。垂直のはずだが、何故か見上げる僕たちの方に圧し掛かってくるように見えるのは何故だろう。

 壁沿いに右手方向に歩く。行く手には、巨大な城壁から頭を突き出している、さらに巨大な壁が見えた。門だろう、と当たりを付けていたが、その通りで何より。

「止まれ」

 僕たちの接近に気づいた衛兵が四名、警告と同時に手にしていた槍を構えた。声に従い立ち止まる。

「何者だ。どこから来た」

 真ん中にいた、最も年嵩に見える男が問う。この四人一組の責任者だろう。

「ただの旅人だ。ここから北にあるアケメネスって街から来た」

「アケメネス・・・ああ、狩猟者の街のアケメネスか。ということは、お前たちは狩猟者か」

「そんなとこだ」

 衛兵の責任者はこちらの言葉を信用し槍を収めた。仲間たちも倣って槍を立てる。責任者は僕たちから敵意はないのは理解したが、今度は僕たちが来た理由に納得が行かないらしく、首を傾げた。

「ここは統治王シャルキン三世が収めるバシリア。二代前、戦王シャルキン一世の時であれば周辺諸国に獣どもと、戦は腐るほどありお前たちの力を必要としただろうが、今はこの地を平定してしまい、獣どもを駆逐し尽くした後だ。戦いとはここ十数年無縁の場所である。戦いを生業とするお前たちが稼げそうな敵はおらんぞ? まだアケメネスの方が稼げるのではないか?」

「それが、そのアケメネスからこっち方向に一匹逃げてっちゃってね。僕らはそれを追ってきたんだ」

「ほう、歴戦の猛者が集うアケメネスから逃げきるとは、ある意味根性のある奴だ」

 口調は軽いが、責任者の目は鋭く細まった。やはり衛兵としては、脅威となる敵がこっちに向かったと聞けば危機感を募らせるものらしい。

「ちなみに、逃げた奴はどんな姿だ?」

「残念ながらわからない。僕らが見たのも、そいつの分身だ。本体がどんな姿か見当もつかない。分かっているのは、強い力を持ってるくせに、慎重で狡猾、ってことか」

「それだけでも充分だ」

 責任者はすぐに後ろの仲間に声をかけ、他の衛兵たちに伝達を頼む。駆けていく仲間を見送って、責任者が僕たちに向き直った。

「お前たちは、しばらく滞在するつもりなんだろう。もしそいつが現れたら力を借りてもいいか?」

「構わないよ。僕としては願ったり叶ったりだ」

 かわりと言っちゃなんだけど、と僕は言葉を続ける。

「バシリアで、何か変わった事はないか?」

「変わった事? というと?」

「何でもいいんだ。本当に。嵐が来たとか不作が続いたとか、自然現象でも。今までなかったのに珍しい、みたいなことだ」

「珍しいこと、ねえ」

 責任者は首を捻る。

「嵐は、年に一、二度ある。それに伴って川が氾濫することも。大変だが、変わっている、というわけではないな。不作の時期も、数年に一度は訪れるが・・・これも変わっているとは言いがたい。どちらも、今まで何度もあるからな」

「そうか・・・」

 ふむ、鬼の巫女の時みたいに、化け物が移動するとそういった異変があるかもと期待して聞いて見たが、外れだったみたいだ。首を捻って何かなかったかと思い出そうとしてくれている彼らには悪いが、あまり期待出来なさそうだ。地道に調べていくしかないか。

「すまん。思いつかん。強いて言うなら、最近市場に新しい酒が出回ってるってことくらいか」

 しばらく唸っていたが、やはり思いつかなかったようだ。搾り出したのが酒の話なら、関係もなさそうだし。

「構わないよ。ないならない方がいいんだから」

「そりゃそうだ。しかし、一体何が知りたかったんだ?」

「移動すると、天変地異を引き起こす奴がたまにいるから」

「おいおい、そんなのがいるなんてぞっとしないな」

「まあでも、来てないっぽいし。心配しなくてもいいんじゃない?」

 そうだな、と言って、衛兵たちがくるりと門の方を向く。責任者の号令と共に、目の前の巨大な門・・・の横に備え付けられた小さな鉄の扉が開く。そりゃそうだ。いちいちこんなでかい門開けてられない。僕らはそちらに誘導され、扉をくぐった。

「ようこそ、バシリアへ。我らはお前たちを歓迎する」

 ありがとうと礼を言い、僕らは衛兵たちと別れる。

「ちょっと待ってくれ」

 瀬に声がかかる。

「変わった事っていうのは、その、人のことでもいいのか?」

 振り返ると年若い衛兵がいた。僕たちの後を追いかけてきたらしい。

「うん。もちろん」

 促すと、若い衛兵は左右をすばやく見渡してから、秘密を打ち明けるように顔を近づけた。

「少し前から、この街に奇妙な連中が現れだした」

「奇妙な連中?」

 尋ね返すと、若い衛兵は神妙な顔で頷いた。

「別段悪事を働いているわけでもない。むしろ逆で、貧困層に施しを与えたり、困ってる人を見返りも求めずに助けたりしている」

「善良な連中だね」

 相互扶助の組織だろうか。ボランティア活動も、長い目で見れば地域活性化等の好影響を与える。情けは世のため人のため、巡り巡って自分のためになるものだ。貧困層から貧困を取り除けば、人員という万能の資源が出来る。そのことを見抜いた誰かが、事業を始めたのではないかと尋ねると、衛兵は首を振って否定した。

「仕事をするなら、必ず王に許可を求めるはずだ。王の許可なくバシリアで働く事は許されない。だが、これまでそういう仕事の認可が下りた記録はない」

 この国にどういった法が敷かれているのかしらないが、王の許可無しの場合、かなりの罰に相当するはずだ。

「じゃあ、仕事じゃないってこと?」

 クシナダが口を挟む。仕事を許可なくしてはいけない、でも活動してるって事は仕事じゃない。当然の帰結だ。衛兵も同意するように頷く。

「ああ。何の得にもならないことをしている連中がいる。そして、そいつらは日に日に増えている」

「けど、それが何か問題なの?」

 クシナダの疑問も尤もだ。何の問題もなさそうだが。

「ある。その連中には首魁がいるってことだ。連中は王よりも自分たちの首魁を崇めている」

 王が統治する国で、王以外を崇めるなど問題だ。崇める民あっての王威。王威が効かなければ、その民にとって王はただの対等な人だ。

「またその首魁は、連中に妙な教えを広めている。人を助けるってのもそのうちの一つなんだが、見過ごせないのは、人は誰しもが全て平等だという教えだ」

 本当に王をただの人にしかねない教えだ。福沢さんの親戚筋でもいるのかね。

「平等だから助け合う。そういうことらしいんだが、これが王の耳に入ってしまった。当然王はお怒りになり、首魁に賞金を賭けてまで探してるんだが、なかなか見つからない。王の怒りはさらにつのり、いまじゃ話題が出ただけでも鞭打ちの刑にされるってんで、王宮内じゃみんなピリピリしてるって話だ」

「なるほど、だから、さっき話に出さなかったのか」

「俺たちにも、首魁や連中の話はするなってお達しがあったくらいだからな。みんなの前じゃちょっと」

 衛兵が苦笑いを浮かべる。

「俺が知ってるのはこのくらいだ。参考になったか?」

「ああ。充分。助かったよ」

「礼はいらない。だが、今の話はこの城壁の中ではするなよ。迂闊に口を滑らせて、あんたらが鞭打ちにされたりなんかしたら、教えた俺も辛いからな」

「気をつけるよ」

 手を振りながら持ち場に戻って行く衛兵を見送りながら、隣のクシナダに意見を求める。

「どう思う?」

「今の情報だけじゃなんとも。怪しいと言えば怪しいけど、今までの連中とやり口が違うし」

 その通りだ。連中は人に情けをかけるようなことをするはずがない。奴らの栄養は穢れ。怒りや悲しみ、憎しみ、妬み嫉み等々の負の感情のはずだ。助け合いでそれらが増えるはずがない。もちろん、ギャップによる効果上昇は見込める。良い奴が最後で裏切るなんて映画では良くある。そうやって敵という認識を強めて感情を揺さぶるのだ。

「いや、効果は出ていると言えば出ているか?」

「もしかして、ここの王様のこと?」

 頷く。

「さっきの話にもあったけど、王からは怒りや妬みが沸いてる。そんな王に理不尽な仕打ちをされたら、そいつらは恨みを抱くし、処刑なんてあった日には、流れた血は濃い穢れになること間違い無しだ。・・・けど」

 弱い。アケメネスで何年間、何人の狩猟者が未練を残しながら、敵を呪いながら血を流したと思っている。それと比較したらあまりに小さい。

「わからないことだらけね。じゃあ、どうする?」

 彼女はわかりきったことを聞いてきた。彼女自身も、僕の答えなどわかりきっているようだ。

「首魁とやらを探すか」

 一番の近道だ。探していれば、付随して情報も集まるだろう。ただ、その前にしたいことが一つある。

「飯を食ってから」

 賛成、とクシナダが諸手を上げた。

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