第239話 鬼に金棒、魔女に杖、傭兵に金

「トウエン、様?」

「おう。儂らだけではないぞ」

 鬼の巫女トウエンのその言葉を証明するかのように、彼女たちを守るように布陣した鬼たちが一斉に構える。彼らの前には、強力な信者二体と、それに付随する形で通常個体が数百体。鬼たちの出方を伺うように見合っている。

「第一部隊、前へ! 鏃の型を取れ!」

 良く通る声が響く。指示し慣れたこの口調はライコウだ。彼の指示に従って、鬼たちが一切の乱れなく陣形を組んだ。第一部隊の先頭に立つのは、前の戦にて多大な手柄を上げ、部隊長となったタケマル。今しがた一匹を叩き潰した鋼の棍棒を肩に担ぎ、目の前の信者をねめつけている。

「目標、眼前の四本足を中心とした軍勢! 主力と思しき四本足を討ち、敵陣を引き裂け! 者共、準備は!」

「「いつでも来いァ!」」

 がん、がんと鬼たちが大地を踏み鳴らす。

「かかれぇ!」

 号令がかかるやいなや、第一部隊が大地を蹴った。それだけで局地的な地震が起きたかと錯覚するような迫力があった。

『怯むな!』

 対する信者たちに指示を下したのはルゴスだ。

『埃の様に沸いて出た有象無象など、神の僕たる我らの敵ではない! 数でも質でも、我らが上だ! 返り討ちにせよ!』

 信者たちはその言葉の通りに、鬼の軍団を迎え撃つ。

「有象無象たぁ、言ってくれる」

 先頭を走るタケマルが唇を舐めた。後一歩、二歩で、四本足に到達するところだ。向こうは術で巨大化したタケマルよりも、さらに一回りでかい。力も強そうだ。

 いつかの、ケンキエンもそうだった。自分たちよりも巨大で、強大だった。あれの正体を初めて見た時、生まれて初めてタケマルは勝てないと諦めた。他の仲間たちに聞いても、同じ答えが帰ってくるだろう。あれを見てまだ勝てると思えた奴はいなかったはずだ。

 だが、それに真っ向から挑んだ馬鹿がいた。心折れず、自分たちに声をかけ続けた者がいた。そして、勝ってしまった。

 あの戦いはタケマルたちの思考に大きな影響を与えた。自分たちよりも強い存在はいるという理解と、劣っているから、そのまま敗北に繋がるわけではないという認識だ。

 自分たちよりも力で劣るライコウたちが、なぜ自分たちと互角以上に戦えていたか、この時にようやく、腹の底から納得できた。戦略は、個の力、数の優劣を覆す。では、個人の戦いも同じことが言えるのではないか。

 鬼たちの中で、戦いに関するブレイクスルーが起きた。これまで力押し一辺倒が戦いの全てだと思われてきたが、ライコウたち清涼の兵と合同で鍛錬を積む中で、各々の考えに変化が現れた。

 四本足が大口を開けて吼えた。地面を叩き、その反動で腕を振り上げた。向こうも力の差をわかっている。仲間が倒されたのは奇襲だったからだ。真正面からなら負けはない、と。以前の自分たちを見ているようで、タケマルはこんな時にも拘らず苦笑を漏らしてしまった。

 だからこそ、お前らの戦い方は手に取るように分かる。

 四本足の腕が振り下ろされる。風を切り、当たれば力負けするのは明白。だから、受けない。

 タケマルは棍棒を目の前に掲げ、タイミングを見計らって最小限の動きで払った。棍棒の先がぎゃりぎゃりと音を立て、四本足が振り下ろした腕は軌道を変える。放った一撃は、何もない地面が穿つのみ。そして、その代償は大きい。

「よいしょっと」

 タケマルが、今度は大きく振りかぶる。体勢を崩した四本足の頭は、丁度叩きやすい場所にある。相手の力を逸らし、その反動を使ってこっちは力をためる。「どうして人よりも良い目を使わない」と何度もライコウに怒鳴られながら得たタケマルの戦闘スタイルだ。

 だん、とタケマルが足を踏み込んだ地面がたわむ。腕の筋肉が隆起し、血管が浮かぶ。踏み込んだ足がつま先から回転し、運動を生む。回転運動はつま先から太腿、腰、背中、肩と筋肉のビッグウェーブを受けながら増大し、腕へと凝縮され

「どぅらっ!」

 繰り出された渾身の一撃は、四本足の頭を凹ませるだけでは物足りず、その下の地面まで到達、頭を地面にめり込ませてしまった。残る胴体は、ぴくぴくと痙攣している。

「品のねえ植木を作っちまった」

 言い捨てて、タケルはすぐさま次の獲物に向かう。

「第二、第三部隊は左右に展開! 第一が分断した連中を各個撃破せよ! 第四部隊は盾の型を取りトウエン殿とクシナダ殿を死守!」

 第一部隊が予定通り敵陣を縦断していくのをみて、ライコウがすかさず指示を飛ばす。敵の目は第一部隊に釘付けた。そこを、第二、第三で潰していく。

「「おいさァ!」」

 返事を残して、鬼たちは戦場へ駆けて行く。彼らの戦う姿は正に悪鬼羅刹。信者たちの群れは、統率の取れた鬼たちの突撃によって蹴散らされていく。

 二体目の四本足が討たれたところで、ルゴス、ならびに腕を銃に変化させた信者たちが、上空へと逃げた。一斉に鬼たちに向かって銃を向ける。近接戦闘では分が悪いと悟り、戦法を遠距離からの攻撃に変えたのだ。銃は、彼らにとっては未知の武器だ。このままでは何も分からないまま殺される。警告を発しようとしたクシナダを、トウエンが押さえつけた。

「動くでない。今治しておるところだ」

「しかし」

「安心せよ。儂らだけではないと言ったであろう」

 構えた銃から一斉に閃光が放たれる。鬼たちに直撃する、と思いきや、その閃光は鬼の目の前で弾かれた。

「何で・・・?」

 助かったのは素直に嬉しい。だが、それ以上の混乱が訪れている。先程から理解不能なことばかり起こっていて、クシナダは錯乱しそうになっていた。

「ふむ、見事なり。儂らの術とはまた違う、あれが魔術の防御壁とやらか」

 トウエンの言葉を証明するように、銃撃が巻き起こした光と粉塵が収まった時、閃光が弾かれた辺りにはうっすらと、半透明の壁が出来ていた。

「いやあ、新しい魔術媒体は上手くいったわね!」

 戦場には似つかわしくない明るい声が響いた。

「姉さん、もしかして確信がなかったんですか?」

「いや、あったわよもちろん。でなきゃ試すはずないじゃない!」

「試す、やっぱり・・・」

「やっぱりって何よ!」

「いいですか。人の命と世界の命運がかかってるんです。絶対に成功させないとダメなんです!」

「分かってるわよぅ。でも、上手くいったんだからいいじゃない。効果は上々。これだけじゃない。この時のために色々準備してきたんだから。使命を果たす為に」

「ええ。絶対に果たさなければなりません」

 女性二人分の声がクシナダに近づいてくる。聞き覚えがあった。魔龍から街を守り続けた、誇り高き魔女の末裔。

「あなたの相棒であるタケル様が、いつか私に教えてくれた策を、私も用いようと思います」

 クシナダの姿を認めた小柄な少女は、にっこりと微笑んだ。以前見た時よりも、少し大きく成長していた。彼女の額には第三の目が開かれている。

「もちうる全て、力、人、道具、ありとあらゆるものを持って、奴らに叩きつけ、叩き潰します」

 小柄な少女の肩を、もう一人の女性が抱き寄せる。

「ええ、そりゃもう跡形も無く叩き潰してやりますとも。私たちの恩人をこんな目に合わせて、生きて帰れるとは思わないことね」

 クシナダは夢でも見ているような気分になってきた。

「アンドロメダさんに、メデューサ、ちゃん」

「お久しぶりです。積もる話は沢山あるのですが」

「続きは連中を大人しくさせてからね」

 キッと二人は上空を見上げた。

「引き摺り落とせ!」

 アンドロメダの掛け声と同時、光の帯が空中に伸びた。いつかの、魔龍の動きすら封じた道具だ。街中に潜んでいたヘルメスたちの仕業だ。帯に絡め取られた信者たちは、そのまま地面に叩きつけられる。網にかかった虫のように、帯から脱出を試みようと体をよじる信者たち。だが、それを素直に待ってやらない者たちがいた。

「今だ! 行け行け行けェ!」

 号令と共に新たな一団が、街のあちこちから溢れてきた。一団は身動きを封じられた信者たちに容赦なく剣と槍を浴びせ、串刺しにして地面に縫い止めていった。

「一匹につき金貨一枚だ! 野郎共、稼ぎ時だよ!」

「「おう!」」

 威勢の良い返事が轟く。命をかけて金を稼ぐ傭兵軍団だ。彼らは次々と信者たちを縫い付けていく。

 それをただ黙ってみているはずも無く、残った信者たちは仲間を助けるためか、それとも突然横槍を入れた傭兵たちに激昂したか、すかさず反撃に出た。武器を剣に変え、信者たちが突進する。

 ふらり、と傭兵たちと信者たちの間に一人の戦士が立ち塞がった。全身鎧に身を包んだ戦士は、突貫してくる信者にすれ違い様一刀を浴びせた。信者の体が上と下にわかれ、地面に激突する。戦士はそちらに目もくれず、襲いくる信者たちを一刀の元に切り捨てて行く。戦士が身を翻し、踊るように剣を振るう度、信者たちは竜巻に巻き込まれたように切り裂かれていく。切り捨てられた残骸を傭兵たちは丁寧に持ち込んだ武器で突き刺して、再生を遅らせ、動きを封じる。その指示を取っているのはハゲ頭の傭兵だ。彼らは見事な連係プレイで戦える信者を確実に減らしていった。

「たとえ再生しようが、縫い止められれば動けはしまい」

「ええ。そして、私たちはこういう連中の相手に慣れている。サソリやカエルの相手でね。うってつけと言っても良い。もしかして、ここまで先を読んでいたのかい?」

 先ほど号令をかけた声と、もう一つの声がクシナダに近づいてくる。

「茶化すな。私がここまで先を読めていれば、悪魔の欠片は私が全て集めていたさ」

「おっと、そいつは失礼」

 クシナダが街を出る時は、二人の間にはまだぎこちなさがあった。互いに互いを陥れようとした、という自覚があったためだ。しかし今は、冗談を言い合えるほど打ち解けていた。

「ドゥルジ、クルサ」

 自分の名前を呼ばれたクルサが、クシナダに向かって手を振った。

「久しぶりだねぇクシナダ。もちろんこの戦には、ウルスラも参戦してるよ。今先頭で戦ってるのがそう。・・・で、タケルはどうしたの? また化け物の腹の中かい?」

「懲りない奴だ。きちんと説教したのか?」

 クルサの冗談に、ドゥルジが合いの手を入れる。

「いつかの恩を返しに来たよ。それにこれは、私らにとっても他人事じゃないみたいだし。でしょ? ドゥルジ」

「ああ。これがティアマットの策であるなら、この惑星全土に影響を及ぼすような、たちの悪い物である事は間違いない。それは、今ここで生きている我ら全員の問題だ」

「どうして、皆が、ここに?」

 当然のクシナダの疑問に、クルサはううんと少し困ったように考える仕草をして「皆、は間違いないけど」といった。

「ここにいるので全員じゃないぞ」

「え?」

「お主に救われた者は、まだいるということさ」

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