第57話 青い鳥
あの後、ミハルはティルの手を取った。まだ完全に納得したわけではないだろうし、気持ちの整理もついてはいないだろう。けど、ここで腐っているよりかはましだということは分かっているらしい。
まあ、復讐以外のことで自分から選択し、進むことを決めたのだ。庵が思い描いた彼女の未来とは幾分違うだろうが、彼女も子どもじゃない。心配などせずとも勝手に成長し勝手に幸せになるだろう。むしろ僕らのやったことは大きなお世話だったってことだ。
「何だかんだあったけど、最後には上手く纏まってよかったわ」
出立の準備をするミハルやティルたちを遠くから僕たちは見ていた。すでに他国から居場所を知られ、また先ほどの戦いで街の半分くらいは壊滅状態だ。直すことも不可能ではないが、時間がかかる。それよりは、シルドの隠れ家に手を加えた方が良いと判断したようだ。
出立は一週間後を予定していた。なぜ今日、明日ではないかというと、なんのことはない、ティルたちはまだ復讐者たちの説得を諦めていないからだ。ロネスネスが壊滅したことを周辺諸国が知るのが三日から四日、そこから軍隊を編成しここに到達するまでが三日と見做し、一週間とした。もちろん想定外の事態を見据えれば、可能な限り早いに越したことはないだろうが。だから、ある程度のめどが付いたら、すでに彼らと共に行く人々は順次シルドの隠れ家に向かう算段となっている。徒労に終わらないことを祈っておく。
「ねえ、どうしてさっきから不機嫌なの?」
さっきから五月蠅いな。
僕が不機嫌な理由を知っている癖に、クシナダはあえて聞いてくる。しかも楽しそうに。それがまた苛立ちの原因だ。
「あのなあ」
半眼で隣にいる彼女を睨む。
「分かってたんだろ、こうなること」
「こうなること、って?」
すっとぼけてくれる。
「一緒に過ごしていたらミハルが僕を殺せなくなることを、だよ。あんたは、最初っからミハルの人格を見抜いてた」
「見抜いてた、って程じゃないわ。最初に見た時の印象よ。この子、口は悪いけど根は良い子なんじゃないかなって思っただけ」
ライザもミハルの本質を見抜いていた。蛇神の鋭い感覚を受け継いだ彼女も、そういった人を見抜く力というか、洞察力が鋭くなっているのだ。
「ずいぶんと最初の話と違う結果になったじゃないか。ミハルが僕を殺せるかもしれないから鍛えるために連れて行けば? というようなことを言ってたはずだぞ?」
「言ったわね。多分」
「それでこれだ。何か言いたいことは?」
「計画通りに事が運ぶほど、世の中甘くないってことね」
ふざけやがって。ぎりぎりと歯ぎしりを噛む僕を、ちょっと優越感に浸った笑みでクシナダは見ていた。
「いつものお返しよ」
「あ?」
「いっつもあなたが謎を解いたり策を練ったりして、あなたばっかり何でもわかってたじゃない。あれ、私としてはのけ者にされてるみたいで面白くなかったのよね。けど、今回でよくわかった。こういう誰も知らないことを自分だけが知ってるって、ちょっと快感よね。癖になりそう」
嫌な性格が芽生えつつあるな。
見事に手のひらで踊らされていただけに何も言い返せない僕は、彼女を無視して地図を広げた。さて、次はどこに行くか、と悩んでいたら、赤い印が近づいてくる。距離、およそ百メートル。九十、八十、とどんどん近づいてくる。
「おい」
顔を上げるとミハルがいた。頭には当たり前のようにライザがいる。ああ、そっか。こいつが赤印の正体か。こんなちっこいトカゲがフルンティング級とは思えないんだが、未来の期待値も含まれているんだろうか。
ミハルは、微妙に僕から目線を逸らしつつ、何か言おうとしては止まり、言おうとしては口ごもった。そんなことを何度か繰り返して
「行くのかよ」
その一言を絞り出した。それくらいサッサと言えば良いものを。
「ああ。ここにはもう、用がなくなったからね」
少量の嫌味を込めて言う。少し前までのミハルなら簡単に突っかかってきたのだが、今は何の反応も見せず「そうかい」とだけ呟いた。それ以降彼女は口を噤み、僕も喋ることがないから地図に目を移した。
「・・・正直、私はまだてめえを許せてない」
許す必要はないよ。別に、許されたいとは思わないし。庵を見殺しにしたのも事実だ。
「ただ、てめえをぶっ殺すよりも優先しなきゃならないことが出来た。だから、今は見逃してやる」
そうかよ。ありがとうよ。もう、好きにしろよ。
「だから、今度は全力で戦え。ギタギタのけちょんけちょんにしてやる」
じゃあな、とっとと失せろ。そう言ってミハルは、再びティルたちのもとへ戻ろうとする。
楽しみにしてるよ。せいぜい、僕らの用意した未来よりも幸せになりやがれ。
「あ」
ライザを見て、どうしても気になっていることを思いだしたので呼び止めた。眉根を寄せて面倒くさそうな顔をするミハルを無視し
「ライザ、ちょっといいか」
『・・・何用か』
どうも警戒されているな。何でだろう?
「一つ聞きたかったんだが、どうしてお前、ティルにはあんな厳しいの?」
用というほどじゃないが、心残りをあえて言うならライザのティルに対する態度だ。ライザは基本、ミハル以外の人間と絡もうとしない。しかし、それは無視する程度のもので、噛みついたり怒鳴りつけたりすることはまずない。そう言うと、ライザは渋面を作った。
『どうしても、知りたいか?』
「どうしてもって程じゃないが、少し気になってな」
すると、ライザはミハルの頭から離れ、先に戻っているようにミハルに言った。ライザの珍しい行動に首を傾げながらも、素直に従ってミハルはティルたちのもとへと戻っていった。
『他言無用に願いたいのだが』
どうやら、ミハルに聞かれては困るらしい。
『最初に母ミハルの器を見抜いたように、我には人の本質、のようなものが見える。そこまではいいか?』
僕も予想していたことだ。頷いて、先を促す。
『だから、人同士の相性の様なものも、まあ見えてくる』
話が見えてきたぞ。
「つまり、ティルはライザやミハルにとって、相性が良くない人間ってこと?」
『いや、逆だ。我とは他の人間同様、可もなく不可もない毒にも薬にもならない間柄だが、ミハルとティルの相性が無駄に良過ぎるのだ』
「? というと?」
『下手をすれば、死が二人を分かつまで共に過ごす間柄になれるほど、相性が良い』
それって、もしや結婚するほど相性が良いってことか?
『そうだ。だが、母はまだ若い。男にうつつを抜かして負抜けてもらっては困る。だから我は出来るだけ奴を母に近付けないようにしている』
ティルにはせめて、我を認めさせるほどまでは成長してもらう、と鼻息荒く言ってくれるが、僕としてはそれよりもティルが男だったことに驚きだ。そうか、男か。それも気になっていたんだった。どっちかわからないから。そして、ミハルと相性が抜群だと言う。
「はは」
思わず声に出てしまった。こんな話を聞いてしまったら、まるでライザは庵が遣わした、ミハルに悪い虫を寄せ付けないためのガーディアンに思えてしまうじゃないか。死んでなお妹を守ろうとするなんて、どんだけ重度のシスコンという病にかかったのか。どこかの姉といい勝負だ。
「案外、幸せは近くにありそうだぜ、ハルちゃん」
次に会うときは、子どもがいるかもしれないな。庵の野郎め、ざまあみろ、だ。
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後に風の噂で伝え聞く。
遥か西で大暴れする、少し変わった傭兵団の話だ。
傭兵団は天駆ける龍とともに現れ、次々と敵軍や魔獣を打ち倒した。
団を率いるのは一人の女。それがまたえらく強いとのこと。獅子の紋章を背負ったその女は、紋章に相応しい、いや、それ以上の戦いっぷりを発揮していた。
戦では常に先陣を切って敵を薙ぎ払う一騎当千の活躍で、彼女を一目見るなり歴戦の勇士や戦士が震えあがり、暴虐の限りを尽くして暴れまわっていた魔獣たちが泣きながらこぞって逃げ出す始末。
その傭兵団が、団員があまりに増加してしまったのを機に、遂には国を興した。
国の象徴たる国旗には、団長である女の持つ【後ろ足で立つ金獅子】、彼女を補佐し共に駆けた男の理念「家族全てを守る強固な家」を表す【石造りの城】、団の象徴ともいえる強大で美しき【両翼を広げた龍】、そして、傭兵団の行く道を常に切り拓いてきた女が持つ剣、この四つが用いられている。
その団長の剣のことだが、彼女の活躍と相まってさまざまな謂れがついていく。『王を選定する剣』『正当な統治者の象徴』『民を導き、道を切り拓く刃』などなど。
エクスカリバー、それが剣の銘だ。
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