第19話 罠
「嘘よ! そんなの、信じられない!」
甲高い叫び声をあげて、アンドロメダはイヤイヤと首を振った。
「もちろん、可能性の話だから絶対じゃないよ。けど、その可能性が高いんだ。この地に門を開くことのできる魔女は二人。あんたじゃないなら、あの子しかいない」
「じゃあ理由は?! あの子がこんなことをする理由は何?! あの優しい子が、こんな、街を滅ぼすようなことに加担する筈がない!」
動機については、何とも言えない。ただ、動機云々を考えなければ、彼女が最も黒幕に近いとは思っているようだ。その証拠にアンドロメダの目は泳いでいる。口でどれだけ否定しても、思考は最悪のケースを想定しているに違いない。
「と、とにかく、今は戻ればいいんじゃないの? 真偽を確かめるにも。ここに魔龍はいなかったんだから」
アンドロメダを気遣うように、クシナダは彼女の肩に手を置いて、そのまま抱きかかえて横に飛んだ。同時、僕も反対側へ飛ぶ。何かが、僕たちの居た空間を削った。
「何っ?!」
驚くアンドロメダをしり目に、僕たちは戦闘態勢に入る。
飛んで行ったのは、先ほどまで散らばっていた骨の欠片だ。それらが飛んで行った先、洞窟の入り口付近でプラモデルのように組み合わさっていく。粉末になっていたものですら、元の場所に戻り、空白を埋めていく。
「嘘でしょ?」
弓を構えながら、クシナダが見上げた先にいたのは、骨の龍だった。以前博物館では、化石の骨を繋ぎ合わせた恐竜がいたが、まさしくあれだ。あれが、電気などの動力なしに動いている。子どもが大喜びしそうだ。
【シギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ】
声帯もないのにすさまじい叫び声をあげて威嚇してきた。
「このっ」
クシナダが矢を放つが、骨相手には少々分が悪い。なんせ肉がない。骨の隙間を素通りしてしまうのだ。当たって命中箇所が砕けても、どんな理屈かわからないがすぐに復元してしまう。反撃とばかりに振り回された骨の手足や尻尾は、うなりを上げて僕らを追いつめる。攻撃範囲は広く、逃げる場所は狭い。実に厄介だ。倒し方は分からず、かといって逃げ道は骨の龍に塞がれている。ここを抜け出すには、倒すか、掻い潜って逃げるしかない。
「はあ、仕方ない」
僕は、一歩前に出た。
「タケル、どうする気?」
「僕が囮になる。その間に、二人は先に行け」
誰かが気を引いていれば、逃げることが可能だと踏んだ。攻撃範囲は広いが、骨の龍は対象を一体しかと捉えていないように見える。
「クシナダ、アンドロメダを抱えて、いつでも飛べるようにしておいて」
「それはいいけど、あなたはどうするの?」
「僕も後から行く。ちょっと遅くなるかもしれないけど」
リュックを彼女に渡し、剣を構える。
「今優先すべきなのは確かめることだ。メデューサのことだって杞憂だったらそれでいい。何が起こっているのかわからなければ何を対処していいかさえ分からないんだ」
天井を見上げる。差し込む光が徐々に強くなり始めている。
「それに見ろ。なんだかんだで、夜明けが近い」
封印の木が伐り倒されるのは、今日の朝だ。時間はもう、あまりない。
「アンドロメダ。あんたはどうする?」
何を考えているのか、それとも何も考えられなくなっているのか。さっきからぼうっとしている彼女に声をかける。
「え・・・・」
「僕としては、本当にどうでも良い。メデューサが僕らを騙そうが、馬鹿な王が封印を破って、魔龍を復活させてしまおうが、心底どうでも良い。むしろ、戦いに来たので復活してもらった方が助かるんだ。が、一応あんたの意見も聞いておこう。あんたはこれからどうしたい? 別段ここで僕があれと戦うところを観戦してもらってもいいし、真相を確かめにクシナダと地上に戻ってもいいし、まだ見ぬ真相が自分の受け入れがたいものだからと、真相の陰に怯えて逃げ回ってもいい。好きにしていい」
「わ、私は」
迷うほどのことか? 選択肢などほとんどないだろうに。
「ああそうそう。ちなみに、仮にメデューサが黒幕で、それで僕と戦うことになったとしたら、僕は一切の遠慮なく躊躇なく、彼女と戦うつもりだ。それも、遠くで見ていたらいいよ。それとも、全てに目を瞑り、耳を塞いでおくほうが楽かな?」
ビクリと肩を震わせた。
「あんたの望む答えが、そこにありゃあ良いね」
言うだけ言ったので、もういいや。あとはあっちの問題だ。
強く踏み込む。僕の接近に勘付いた龍が骨の尻尾を振るう。この質量は蛇神以来だ。右側から押し寄せたそれを背面とびの要領で躱し、そのまま懐に潜り込む。超至近距離ならば、その巨体は活かせないだろう。
「まあ、潜り込んでどうしようもないのは僕も似たようなもんか」
マンガでもゲームでも、この手の敵は何か核となる物があるのが定石だ。それを潰せば元の骨に戻るはず。発見まで、ひたすら骨を砕く作業だ。文字通り、骨の折れる作業になりそうだ。
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剣戟が振るわれ、骨とぶつかるたびに火花が散る。タケルは宣言通り、囮となって骨の龍と戦っていた。結局自分が戦いたいだけではないのか、とは、彼の同行者であるクシナダは思わないでもないが、それが今打てる最善手でもあることは承知している。
問題は、彼女の目の前でまだ迷っているアンドロメダの方だ。
「アンドロメダさん」
彼女の肩に手を置く。大体が、タケルは人のことを考えずに好き勝手言い過ぎなのだ。もう少し言葉を選べばいいのに、といつも思う。
「戻りましょう。地上へ」
「クシナダ・・・」
「以前の戦いの話になりますが、敵は大勢の人間に術をかけ、意のままに操っていました。確かに、ここの封印は魔女にしか解けないのかもしれない。けど、その魔女が誰かに操られていない、とは言い切れません。言ってる意味、わかりますか? 今最も危ないのは、封印を解いて用済みになったメデューサちゃんなんですよ?」
ハッとした顔で、ようやく、彼女がクシナダの顔を見た。
「操られている?」
「そういう可能性もあるということです。あそこまで呪いが進行しているのなら、その意識を魔龍に奪われているかもしれない」
結局彼女を敵に回さなければならない、ということにはなるが。
「クシナダ! 準備は!?」
遠くからタケルの怒声が届いた。見れば、タケルは上手く位置取りをしながら、骨の龍を少しずつ入口から遠ざけている。骨の龍の意識からも、クシナダやアンドロメダは遠ざかっていることだろう。今が脱出の好機だ。
「あなたにとって、メデューサちゃんはどういう存在なのですか?」
それが第一にして最重要だ。そして、それに関してだけは、アンドロメダは答えを持つ。
「私にとって、最も大切な、たった一人きりの、守るべき家族・・・」
言葉に出して、そのことを再認識したのか、アンドロメダの瞳から動揺の色が薄れた。目的がはっきりすれば、人は進むことが出来る。また、クシナダにとってもそれだけ聞ければ充分だった。アンドロメダの背後に回り、両脇に手をさし込む。
「ちょっと苦しいかもしれませんが、我慢してください」
「え、ちょっと、何する気?」
不安がるアンドロメダを無視して、クシナダは背中に大気をかき集める。徐々に形を成す翼には、今にも爆発しそうなくらいの風がかき集められていた。今か今かと解き放たれるのを待つ。
「タケル!」
その掛け声で、遠くで戦っていた彼には伝わる。骨の隙間を縫い、顎に一撃を与えて、大きく飛び退る。はたして彼の思惑通り、顎を撃たれた骨の龍はすぐさま砕けた箇所を修復し、自らを傷つけた不届き者を追いすがった。巨体が彼に釣られて大きく移動する。入口までの道が生まれた。
「行きます」
「へ? 行くってぇえええええええええっ!」
圧縮された空気が一気に放出され、クシナダとアンドロメダの姿が掻き消えた。悲鳴の残響を引きずりながら、クシナダとアンドロメダは入口へかっ飛ぶ。
「ちょ、クシ、前、前!」
「黙っていてください。舌を噛みますよ!」
「ひゃああっああっあうわぁあああああああああああっ!」
鍾乳洞内を右へ左へ、鍾乳管にぶつかりそうになりながら、二人は来た時の数十倍の速さで地上を目指す。
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「行ったか」
振り降ろされる腕を躱し、伸びきった腕に一撃を加える。手と肘の間の尺骨辺りで腕を切り取るものの、すぐに元に戻ってしまう。蛇神の呪いとはまた違う再生方法だ。蛇神や僕らは傷つくと、傷ついた部分を新しい細胞が生れて修復する。対してこの骨の龍は、砕けても、同じ骨が形状記憶みたいに元の場所に戻ることで修復する。
「らちが明かないな」
動きそのものは単調で、躱すことは難しくはない。ただ倒せない。さっきから色んな箇所を潰しているのだが、核になる様なものが見当たらない。
【シギャアアアアアアッ】
吠えながら、僕を噛み砕かんと大顎が迫る。真上に飛んで躱し、両手で剣を振り降ろす。頭蓋に剣が半ばまで突き刺さった。梃子の原理で柄を強引に倒し、こじ開ける。頭蓋にひび割れが走り、中があらわになる。が
「ここにもない、か」
中はがらんどうで、ここにも核は無い。このままじゃ、核ありきの考えを見直さなければならなくなるな。
あると思ったんだけどな。骨の龍の行動は、非常に直線的でシンプルだ。ある一定範囲内に近づけば攻撃。方法は攻撃対象に一番近い部位によるもの。このことからこれが生物ではなく、何らかの方法で一番近付いた対象を攻撃するように命令されている骨を使った道具の一種ではないか。そう思ってたんだが。
「適当なところで僕も引くべきかな」
そう呟く僕に向かって、両サイドから巨大な手のひらが迫る。剣を引き抜き、前方に飛ぶ。そのすぐ後ろを、骨の龍の両の掌が衝突し、骨の破片をまき散らす。それもまた、すぐに修復される。その後も背骨や胸、腰と体の中心部分を探ったが、それらしいものを発見することはできなかった。
何度目の攻撃を躱しただろうか。いつの間にか僕は、最初の地点、アンドロメダが言う魂魄剥離の術式が書かれた場所だ。さすがに息が切れてきて、剣を地面に突き立て、それを支えにして体を休める。すると
【シギャアアアアアアアアアアアアッ】
何もしていないのに骨の龍が吠えた。今までの威嚇とは少し違うような気がする。何が起こっても良いように身構え、状況の変化に備える。が、それは無駄になった。
「おいおい・・・」
ぼやく僕の前で、あれだけ厄介だった骨の龍がボロボロと崩れ始めた。一体どうしたというのか。あれだけの巨体がみるみるうちに小さくなり、砕けて、小さな山になった。復活する兆しは全くない。
「何かしたわけでもなし・・・ん?」
再び剣を体の支えいしてもたれ、ふと何気なく、突き刺した先を見る。それは、丁度方陣の中央部分にあたる。
「まさか」
まさか、方陣が崩れたから、か? つまりこれで、あのデカブツを操っていたと? 青い鳥も驚きの近辺に弱点があったというのか?
それは、道具、仮にも敵を倒すためのものとしてはおかしくないか? 敵の近くに弱点を曝すなんて意味がない。気づかずにちょっとの間戦っていた僕が言うのもなんだが、気付かれたら終わりだ。もう少し時間をかければ、アンドロメダなりクシナダなりが気づいていた。
それを考え出すと、骨の龍の攻撃範囲もおかしかった。あれは、本体に近付いたというよりも、入り口に近付いたら攻撃してきた、という風に見えた。クシナダたちが脱出しようとした瞬間、一番近い対象が僕であったにも拘らず、クシナダたちを追おうとした。それは一瞬で探知範囲から抜け出したので、すぐに僕へと戻ったが。
つまりだ。あの骨の龍は、侵入者を排除するためではなく、侵入者を逃がさないために機能していたと考えられる。発動条件はこの最奥にある方陣を誰かが見つけること。倒すためではなく、捕らえる為? この罠を仕掛けた人間の思惑が分からない。
「ん?」
思考の深みにはまっている僕の意識を、頬に当たる風が現実へと呼び戻した。
「風だと?」
どうしてこんな洞窟の奥深くで風が吹くんだ? 新たな疑問に戸惑っている間にも、風は吹く。どうやら僕の真下、壊れた方陣から吹いているようだ。流れる先は、先ほど崩れた骨の山。粉上にまで細かく砕けた骨は風で舞い上がり吹き流される。そのまま入口へ。
「嘘だろ・・・、まずい!」
ろくでもない結果が目に見えた。休憩を終了し、全力で入口へ走る。その間も骨が流され、そして、入口が徐々に塞がれていく。
この罠は二重だったのだ。骨の龍が倒されても、その骨で入口を塞ぐように。最初から骨で塞ごうとすると逃げられる可能性がある。だから骨の龍でけん制、もしくはバテさせて、入口を塞ぐ。誰だか知らんが、逃がさないという事でこれを使ったのなら良い手だ。
入口まで残りわずか。だが、焦る僕の横を、サァッと骨の末端が流れていく。完全に塞がれた。走る勢いを緩めず、そのまま壁となった骨をぶん殴る。
ボスッ
予想していたものとは違う、低反発マットを殴ったような柔らかい感触だ。触れている箇所は完全に粉。骨が粉々になったのにもいちいち意味があったのだ。衝撃吸収タイプの壁なのだ。凹んだ部分は、手を離すと同時に、低反発マット同様に元に戻る。これでは破壊することすら困難だ。
「やってくれる・・・」
敵の方が一枚上手だった。僕は地下何メートルかもわからない洞窟内に閉じ込められてしまった。
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