第169話 可能性についての論考

 裂けた傷口の隙間を剣で切り裂き、手足を使ってもがきながらもぞもぞと這い出す。

 ああ、酷い目に遭った。覚悟はしていたが、覚悟を上回る酷さだ。

 以前剣の表面を悪魔から借りた魔力で覆うことが出来た。魔力ってのが何なのかよくわからないが、自分の中のエネルギーを変換したような感じがしたのを覚えている。既に火とか電気とか出せてたから、その要領でやってみたら案外うまくいった。チャレンジって大事。

 狙い通りアジ・ダハーカを串刺しに出来た。そこまでは良かったんだが、塔の隙間や小窓から大量の血が流れ込んできて、危うく溺れるところだった。車に乗ったまま海に落ちるとか映画でよくあるワンシーンだけど、見るのと実際味わうのとではまったくの別物だな。流れに押されて体の自由がまったく利かない。しかも、海水よりもねばねばどろどろしてて、何より生臭い。潜っても視界利かないし口に入ったら気持ち悪いし、散々だ。

 犬のように全身を震わせて血を振り払う。そして、諦めた。この程度じゃ服にしみこんだ血は落ちない。

 顔を大雑把に拭って、自分たちが作り出した光景を見上げる。苦しみにのた打ち回り、周囲の建物を倒壊させていくアジ・ダハーカの姿があった。苦痛から少しでも遠のこうと足掻くも、首の一本が縫いとめられていてその場から離れることが出来ない。コンパスみたいに縫いとめられた首を中心にぐるぐる回っている。首中心の生活だな。

「何か、魚の塩焼きみたいな絵面だ」

 口から上手く刺さった塔が、アジ・ダハーカの首をまっすぐに伸ばして突き立っている。あれをじっくりと焼くには山火事級の焚き火が必要になりそうだが。

「タケル!」

 振り向く。クシナダとウルスラが低空飛行でこっちに近づいてきていた。

「よお、上手くやったみたいだな」

 僕なりに賞賛する。今回の作戦の肝は彼女達だ。彼女達がこの場所にアジ・ダハーカをおびき寄せることが最大の問題だった。けれど、見事にやってのけてくれた。

 しかしあれだな。レヴィアタンの眷属ってのは、蛇神もそうだったが、こっちの誘いについつい乗っちゃう馬鹿しかいないのか? 世が世なら新宿とかでぼったくりに簡単に引っかかっちゃうぞ。まあ、そんなことになったら店ごと潰すんだろうけど。

「はあっ?! あんた何をのんきに構えてんの! この状況わかってんの?!」

 ウルスラに怒られた。褒めたのに。

「ウルスラ、無駄よ。タケルに常識を期待しないほうがいいわ」

 クシナダには常識を疑われているようだ。彼女よりも知識人を自負していた僕は軽いショックを受ける。そんな彼女の左腕をちらと見る。袖は裂けてぼろぼろで、隙間から覗く腕は赤黒い。いくら頑丈な彼女でも、アリと象もかくやの体格差から放たれた一撃を無傷で防ぎきることは出来なかったようだ。

「ああ、これ?」

 視線に気付いた彼女が無造作に動かす。

「大丈夫よ。もうちょっとで治ると思う」

 骨はつながったみたいだしね、とぷらぷらさせている。

「そうか。無理させて悪かったな」

 そういうと、彼女は呆気にとられた顔で僕を見た。なんだよ。へんなこと言ったか?

「珍しいわね。人を気遣うなんて」

 失礼な。僕も一応そういうのは考えている。僕の策で無茶してもらったんだから、それで怪我したなら流石に気遣うよ。

「いやいや、だからあんたらねえ! そんなのんびりしてる・・・」

『きぃいいさまらああああああ!』

 怨嗟の声が轟き、影が近づく。三人揃って飛び退ると、僕らがいた場所をアジ・ダハーカの頭が通過していく。まるで特急電車が通過したみたいな風圧が僕らを襲う。残ったもう一本がこっちの姿を捉えたようだ。

『許さぬ、許すものかッ!』

「五月蝿いな。こちとらお前の許しなんざ求めてねえよ」

 テンプレート的なことしか言わないのもこいつらの特徴だな。ちょっとは面白いこと言って笑わせてみやがれ。

『細切れにして、燃やして、眷属どもの餌にしてくれる!』

「出来るもんならやってみろ。こっちこそ、てめえを蒲焼きにして塩振りかけて喰ってやる」

 アジ・ダハーカが吼える。苦痛でもがいていたときの声とは少し違う。体が淡く発光し、法陣が浮かび上がる。わらわらと眷属の軍勢が這い出してきた。さっき僕が蹴散らした数の比じゃない。

 おそらく全戦力を投入してきたんだろう。奴にとっても、僕にとっても、ここが勝負時。分水嶺だ。

 動けない主に代わって、眷属どもが列をなして襲い掛かってきた。この数は面倒だな。これだけ多いと容易に近づけない。突進に特化した槍は持ってるが、結構疲れるんだよな。体力に余裕があるときか、後先のペース配分考えなくていい、止めのときくらいしか使えない。とはいえ、避けて通ることは出来ないか。

 身構え、迎え撃とうとしたところで、カランと何かが落ちた音に、ふと上を見上げる。

 空から瓦礫が降ってきた。雨のように隙間無く落ちてくる大小様々な瓦礫が、眷属どもを押し潰す。タフで丈夫な眷属どもは、コーティングされて無い瓦礫程度ものともしないようで、自分の上に降り積もった瓦礫をどかそうと体を蠢かせる。足止めにしかならない、が、『彼ら』にとっては、少しの間でも動きを封じれただけで十分なようだ。

 瓦礫が落とされたと思われる地点から、新しい影が落ちてきた。狩猟者連中だ。彼らは文字通り奴らに飛び掛り、身動きが不自由なうちに上から滅多刺しにしていく。

「生きてやがったんだな。タケルよう!」

 ザムだ。同じチームのアッタたちもいる。トカゲの背に飛び乗って、剣や槍を突き刺している。今度のトカゲは大物っぽいから、レイネばあさんも文句は言うまい。しとめられたら、の話になるけど。

「そっちこそ無事だったのか」

「当ったり前だ! 死ぬ名誉より、生きて飲む酒の方が俺には大切なんだよ!」

 良い信条だ。僕の信条とは相容れないけど。

「なのに、あんたは『ここ』にいるんだな」

 死して得る名誉に最も近いところ。酒をのんびり飲む場所とは程遠いところに。

 ザムは鼻をふんと鳴らす。

「いい酒を飲むためだ!全員で、笑って、死ぬほど酒を飲むためにここにいるんだ! 酒飲みは、いい酒を飲むための苦労は惜しまないんだよぉっとぉ!」

 ザムが痛みでもがくトカゲに振り落とされそうになった。

「動くんじゃない!」

 動き出そうとしたトカゲの足をでかいハンマーが叩き潰した。

「クルサ!」

 ウルスラが叫ぶ。

「ここが正念場だ!」

 ハンマーを振り回し、目に付く眷属どもの手も足も体もお構いなく凹ませながら叫ぶ。大騒ぎの戦場であって、彼女の声は良く響いた。

「見よ! いまや神様気取りの化け物は満身創痍だ! 勝機は今。今しかない! 死力を尽くせ!」

 狩猟者たちは呼応し、一層の奮闘を見せる。

「守備兵たちよ! 今だ! 敵陣切り込め!」

 街の隙間で待機していた守備兵たちがいっせいになだれ込む。上と左右からの挟撃に動きを制限されている眷属たちはどこから対応するべきか迷い、その迷いの時間が人間側の時間となる。

「切り開けぇ!」

 ザムが叫び、ついにトカゲの脳天に大剣を突き刺した。噴水のように血が周囲に飛び散る。

「切り開けっ!」

 クルサが怒鳴り、瓦礫から這いずり出てきたサソリを叩き潰す。

「「切り開け」」

 瓦礫の奥で戦う狩猟者たちが傷から吹き出る血にも構わず武器を振るい続ける。

「「切り開け」」

 これ以上街を破壊させまいと守備兵たちが眷属どもを押さえ込む。

「「「切り開け!」」」

 全員の心は一致していた。

 狩猟者たちは、己の腕一本でこれまで道を切り開いてきた。生き延びてきた。クルサや守備兵たちは、これまでどんな困難も自分たちの力で切り抜け、街を守り続けてきた。全員の願い、思いが見事に一致して、団結した動きを見せる。自分たちの狙い通りの戦局に、思い通りになっていると言う自信が生まれ、彼らをさらに駆り立てる。もしかしたら、いや、絶対そうだ。自分たちは勝てる、という可能性が、彼らの中でよぎり、腹の奥にずんと揺るがず居座る。

 可能性は、その場だけの、その場で生まれる、ぽっと出の軽い推測とは異なる。これまでその人が培ってきた経験や知識、技術。育んで来たつながりや積み重なった感情。ありとあらゆる、自分自身の中に詰まったファクターが現実現状の要素と混ざり合い、圧倒的な不利な状況に打ち込まれる楔となる。

 可能性はどこからとも無く生まれるんじゃない。作られるものだ。自分で作るから、信じて前に進める。力が湧く。

 ぞわりと体が震える。なんだろう、これは。僕も彼らに感化されたというのか。いや、頭はいつもと変わらず平常運転だ。僕じゃない。なら、こっちか? 自分の持つ剣をちらと見る。心なしか、いつもより朱色が濃い気がした。

『小賢しい!』

 アジ・ダハーカが吼える。

『矮小な人が何十、何百、何千何万集まろうが、我の敵たり得ない!』

 口腔内が赤く煌く。

『その傲慢、街とともに燃やし尽くしてくれる!』

 がばりと大きく口を開いた。細い路地はこちらにとっても不利になる。流し込まれる炎が路地裏の細い道まで流れ込み嘗め尽くすからだ。

「させるかよ」

 瓦礫を蹴り、サソリを蹴り、カエルの柔らかい弾力をトランポリン代わりにして跳ねる。

「タケル!?」

 クシナダが驚く。僕がいるのは奴の面前、まさに吐き出されんとする炎の目の前だからだ。けれど、恐れはない。ついでに言うと一か八かの賭けに出たわけでもない。剣を見て、出来ると判断した。

『自ら焼かれに来たか!』

「月のウサギじゃあるまいし」

 奴の言葉を鼻で笑う。

 誰かを助けるために、自分から火に飛び込みその身を食料として差し出したウサギがいるらしい。が、その万分の一も僕に慈悲の心なんかない。あるわけない。目の前に敵にかける慈悲なんか砂粒ひとつ持ち合わせてない。

「広がれ!」

 剣を掲げ、相手に突きつける。これが僕のイメージどおりに変質するなら、もっと幅広く変化させられるはずだ。元の材質が蛇神の牙だからそれから作れるものや、それに似た性質のもの、たとえば剣や槍などにしか出来ないと思っていた。イレギュラーでも鎖などだ。けれど、出来ないと決め付けていたのは僕の頭だけだ。本当はもっと万能ではないのか。

 固まった武器に対するイメージを捨てよう。

 剣先が八等分に割けた。八本の棒に枝分かれし真っ直ぐに伸びる。長さはちょうどアジ・ダハーカのあごを包むように展開される。

 変化はそれだけに収まらない。分かれた棒の側面からぶわっと赤い布が伸び広がった。伸びた布は隣から伸びた布と結合し、一枚の布になった。八箇所全部が同じようにつながり、巨大な赤い傘が出現した。

『虚仮威しか!』

 構わず、アジ・ダハーカののどから炎がせり上がってくる。

「虚仮威しかどうか、試してみろ」

 僕の意思に傘が応える。八つの棒の先が内側に向いた。そのまま、傘を閉じるようにきゅっとすぼまる。八つの棒先がアジ・ダハーカの口周りにつるはしのように突き立つ。

「喜べ。専用のマスクだ」

 これでくしゃみをしても飛沫も炎も周囲に散らない。多分。

 閉じた傘をコーティングするのと炎が吐き出されるのは同タイミングだった。カアッと生地裏からでもわかるほど明るく発光し、それ以上に高熱が傘を通過してきて僕を焼く。直接鉄板を触ったわけではないのに、火にかけたフライパンの上から熱を感じるようなもんか。じりじりと表面が乾燥し、水分が蒸発する。砂漠で砂風呂に入っているみたいだ。

 僕も酷い目にあったがアジ・ダハーカもタダではすまなかった。ぶくうっとのど元が膨れ上がり、数箇所が裂けて小さな火と煙が噴き出した。のど奥から吐き出される炎と逆流した炎が衝突し、熱によって口内の空気が膨張したのだ。夏場に車の中にペットボトルを置いておくと破裂するのと一緒だ。

 ガリ、と引っ掛けていた棒先の一本が外れた。圧力に耐え切れなかったのはこっちも同じだ。引き摺られるように二本三本と順調に外れ、八つ全て外れたところで僕も圧力により弾き飛ばされた。きれいな放物線を描き、街中に落下

「っとにもう!」

 しなかった。がっしと空中で摑まえられる。

「どうしていつもいつも吹っ飛んで落ちてくるの?!」

「好きで吹っ飛んで落ちてるわけじゃない」

 毎度おなじみのやり取りだ。

「タケルって、もしかして学習能力がないの?」

 違った。回を重ねるごとにクシナダの口が悪くなっていく。うるさい、ほっとけと話を打ち切り、二人して敵を見やる。口から黒煙を立ち上らせてふらついている。

 炎は防いだ、首に亀裂も入れた、眷属もクルサやウルスラたちが抑えている。もう一押しだ。

「行こう」

「ええ」

 彼女に抱えられながら、僕は傘を再び剣に戻した。長く刀身を伸ばす。僕の身長と腕の振りだけじゃ扱えないが、彼女が推進力を担ってくれるなら話は変わる。アジ・ダハーカに向かって飛翔する。勢いに乗せて剣を振るい

『舐めるなァッ!』

 刃を歯で止めやがった。真剣白歯取りってやつか!

 アジ・ダハーカは剣を止めただけではなく、咥えたまま首を下に向けて振った。今度は僕たちが勢いに引っ張られて地面に落とされる。

「動けないくせに・・・!」

 瓦礫から立ち上がりながらクシナダが毒づく。

『この状況が、貴様らを調子付かせているのか? ならば、こうしてくれる!』

 アジ・ダハーカが突如縫いとめられている首の根元に噛み付いた。ぶちぶちと肉が食い破られる音とともに、首が落ちた。

『これで、自由だ』

 千切れた箇所から滝のように血が流れ出し、路地を染める。だが、アジ・ダハーカは意に介することなく、血よりも赤く濁った目をこちらに向けた。みしみしと辺りの建物を軋ませて、その巨体を誇示するように動く。トカゲの尻尾きりならぬ、首切りだ。リストラは泣く泣く社員を首にして会社を守る方法だが、残りの一本を守るために動けない首を落とす、この場面から由来してるんじゃないかな。

「まずいわね。動き回られたら厄介よ」

 確かにそうだ。けど、僕にはもうひとつ考え、というよりは気になっていることがある。奴の攻撃方法だ。さっきから火しか使わない。

 僕が知っている、神話に出てくるアジ・ダハーカは千の魔術を使うと本に記されている。このアジ・ダハーカも、さすがに千は無くても、もっといろんな攻撃パターンがあってもおかしくない。なのに実際は眷属を呼び寄せることと炎オンリーだ。まあ、十分脅威っちゃ脅威なんだけど。

 僕の疑問を裏付けるのが、クシナダから聞いた、奴に取り込まれたドゥルジの話だ。ドゥルジは龍の姿になると音で攻撃したらしい。声による音響兵器みたいな攻撃方法なのか、空気を振動させた衝撃波みたいな攻撃方法なのかはわからないが、そういう芸当がドゥルジには出来た。なのに、ドゥルジを取り込んだはずのアジ・ダハーカが出来ないってのはどういう了見だ。

 そこで、ひとつの仮説を立ててみる。

「今こそ、自由になるチャンスだぞ」

『貴様、一体何を言っている?』

「え、タケル? どうしたのいきなり」

 僕の言葉に、クシナダも、言われたアジ・ダハーカも首をかしげた。構わず、僕は続ける。

「賭けは、まだ終わって無いんだろう? 負けたとか言いながら、本当はまだ逆転の目を探しているんだろう?」

 思い出したんだ。ドゥルジっていうのは、神話に出てくる虚偽を司る神の名だ。あのドゥルジが虚偽を司るかどうかは知らないが、僕の仮説どおりなら嘘をついている。

「なぜ、あんたを取り込んだはずのアジ・ダハーカが音を操れない? そもそもなぜ元の体に戻ったのに姿を現さない?」

 さっきの話にも出てきた、アジ・ダハーカが敵の目を欺くためにドゥルジを切り離したんだとしたら。普通、囮にされた方は傷つくし、怒る。心底怒る。僕が彼女なら絶対許さない自信がある。元々が一体でも、こいつらは頭があればその数だけ自立した意思を持つ。蛇神だってそうだった。まあ、あいつら首八つとも同じような思考回路してたけど。

 なら、全くおかしくない。ドゥルジが本体とは別の思惑で動いていたとしても。腹いせに協力してない、なんて実に人間臭いことをしていても。

「あんた、人間に賭けたんだろうが。流れは来てるぜ? 勝ち馬に乗るのは今しかない。本当に勝ちたいのなら、自分を捨て駒に使おうとした本体にひと泡吹かせたいなら、いつまでも不貞腐れて寝てるんじゃない」

 彼女の名を呼ぶ。

「起きろ、ドゥルジ!」

 瞬間、アジ・ダハーカの太い胴体がボコボコと胎動し、突き破られ、一回りほど小さい首が生えた。アジ・ダハーカの首に蔦の様に絡みつき、牙を喉元に突き立てる。

『ぎゃぁああああ!』

 激しく暴れるが、喰らいついて離さない。

『お前は、一度女の起こし方を学びなおした方が良いな』

 喰らいつく首から苦笑が響く。

「今度から、耳元で優しく囁くよ」

 だから、今はそのまま抑えてろ。

『貴様、血迷ったか! どういうつもりだ!』

 アジ・ダハーカがドゥルジの拘束を解こうとあがく。

『どうもこうもない。我はお前を殺す』

『馬鹿な! 我が死ねば、半身であるキサマも死ぬのだぞ!』

『馬鹿はお前だ。我はとうに死んでおるのだ。人であった我は、何千年も前に!』

 ドゥルジの牙がさらに喰い込み、首から血が溢れ出す。

 そうか。なんとなくわかったぞ。ドゥルジとは、元は人間だったアジ・ダハーカのわずかに残った人間の部分なのだ。多重人格みたいに、人であろうとする意識と化け物であろうとする意識が、それぞれ首になっていたのだ。だからアジ・ダハーカは敵に追われた際にこれ幸いとドゥルジを切り離したし、生き残ったその後ドゥルジは人間がアジ・ダハーカに勝つ方に賭けたし、人間に協力した。今更の推測になってしまうが、もし街の人間がドゥルジを初めに受け入れていたら、ドゥルジは自分からアジ・ダハーカに喰われに行くこと無く抗っただろう。それはそれで、僕にとっては都合が悪いんだけど。

 でもまあ、良いか。全てはこの時のためにあった布石と思えば。

「行け!」

「お願い!」

「やっちまえ!」

「ぶっ倒せ!」

「頼んだぞ!」

 ウルスラが、クルサが、ザムたちが、狩猟者たちが、守備兵たちが口々に叫ぶ。

「「仇なす邪龍を、討ち果たせ!」」

 再びクシナダに抱えられて空を飛ぶ。自分たちが一本の矢になったように、速く、一直線に奴目掛けて。

 朱色の剣に力が漲る。さっき防がれたときよりも鋭く刀身が変化する。

『止めろ、来るな、来るなぁああああああああ!』

 出鱈目に吐き出される炎を、クシナダはエースパイロットさながらの飛行で掻い潜る。

「往生際が悪いわ、ね!」

 言葉と同時に、クシナダが僕を投げた。さらに加速し、飛翔する。

「じゃあな。あの世で蛇神と仲良くしろよ」

 すれ違いざまに放った一撃が、奴の鱗も肉も骨も食い破った。切断箇所がゆっくりと分離し、アジ・ダハーカの首が落ちた。

「あ、やばい」

 僕は投げられた勢いそのままに建物に突っ込んだ。物凄く痛い。本当に、今回は散々舐めにあった。今回も、か? とにかく、後でクシナダに文句を言おう。そう決めた。

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