第42話 彼女たちの才能
『こ、殺せ!』
後ろで事の成り行きを見守っていた、指揮官らしき黒いグレンデルが、両隣にいた二号、三号に号令を発した。我に返ったように動き出すグレンデル二号と三号が、左右に分かれてこちらに向かって走ってきた。
「背中にブースターがあるわけじゃないのか」
アニメでは背部についたブースターで一気に距離を詰めたり飛び上がったりするのだけど。それでも、走れるってのは凄い。
「左は私がやる。てめえはそっちを何とかしろ」
こちらの返答も聞かず、ミハルは疾駆した。すでに近づいてきたロネスネス兵を蹴散らして、グレンデル二号へ飛びかかる。さすがに相手も先ほどのやり取りを見ていて油断はなく、長いリーチを生かして懐に飛び込まれないように慎重に戦っている。しかし、ミハルはそんな相手のアドバンテージなどものともせずに、周りの兵士をバッタバッタと倒しながら、当たれば即死間違いなしのグレンデルの攻撃を躱し続けている。動体視力も優れているようだ。どうやら僕は、彼女の才能を開花させる一端を担ってしまったらしい。あの世界では不要な、戦うための才能を。
『どこを見ている!』
蝶のように舞い、蜂のように刺すを体現した戦い方に思わず魅入っていたところへ、横合いからグレンデル三号が地響きの如き足音を伴って僕のところに現れた。こいつの武器はグレンデル一号、二号と違って剣ではなく、巨大な手甲だ。手のひらも、殴るのに適した改良を施しているのか一号の者よりもでかく、指も太く長い。それをぐっと握り込んで、三号は振りかぶり、打ち下ろした。面前に僕の頭の三倍以上はあろうかという拳が落ちてくる。
「まずは、馬力と威力を検証するか」
迫る拳に合わせて、こちらも手のひらを差し出す。
『馬鹿め!』
グレンデル三号が嘲笑する。確かに、質量やら重量やらを考えれば狂気の沙汰だ。誰もが正気を疑うだろう。
そして、僕は正気を疑われるどころか自他ともに確信しているキチガイであるわけで、この程度のこと、驚くにも値しない。現に、僕と一番付きあいの長いクシナダなんか気にもせずに周りの兵士を倒している。
ズドムッ
衝突と同時に重量感のある音が響いた。
『う、嘘だろ』
それはこっちのセリフだ。
頭上から響くグレンデル三号のセリフを聞き、僕は大きくため息を吐いた。
グレンデル三号の一撃は、僕の想像を下回った。高く上がっていた期待のハードルの下をくぐられた気分だ。グレンデルの一撃は、とりあえず僕の腕で押さえられる程度のものだった。
「大丈夫? タケル?」
全く心配しているようには思えないクシナダの声に、僕は首を横に振ってこたえた。
「タケマルの一発よりも威力は下だ。どおりで、地図に赤印でこいつらの国が表示されなかったわけだ。こいつらは今までの相手とは違う」
『嘘だ!』
攻撃を止められた事実を認めずグレンデル三号は止められていた腕を引き、その回転を反対の腕に乗せて第二撃を放ってきた。けれど、それはもう脅威にはならない。
今度は手のひらではなく、拳を握って大きく振りかぶった。
きっとグレンデル三号は、今から僕が何をするかはわからないだろうし、分かってもその第二撃を止めようがないし止めないだろう。
『死ね!』
迫りくる拳にタイミングを合わせて、振りかぶった拳をそのまま相手の拳に叩き込んだ。
最初はグレンデル三号の肘関節部分が火を噴いた。メキョリ、と対となる力に押しつぶされるように、最も脆い部分が衝撃に負けて押し潰される。それが終わると、次に脆かった指の関節、特に僕の拳と衝突した中指が根元から千切れ、配線が覗く。中指を千切った僕の方の拳は、勢いを殺さず手の平に当たり、抉りながら手首部分を強引にもぎ取った。
『なっ!』
「期待外れだよ」
今回はこんなのばっかりだ。化け物の場所に辿り着いたら、ミハルが勝手に倒しちゃってるし、次に守護龍がいるかと思いきやまだ生まれたばかりのトカゲだし、なら前の守護龍を倒したというグレンデルはさぞ強いのだろうと期待したらこのありさまだ。
こうなったら、こいつらの王と戦うしかない。ティルもグレンデルには個体差と、搭乗者の操縦技術で強さが変わると言っていた。フレゼル王はもっとも強いグレンデル『フルンティング』に乗っているという。名剣と同じ名前からして強そうじゃないか。そこに期待しよう。
『貴様ァ! 王から下賜されしグレンデルに、グレンデルにぃい傷をぉおおおおおお!』
わめきながら、無事だった方の腕を再度振り降ろした。今度は受けることも迎え撃つこともせず、躱す。打ち下ろされた拳が地面を叩き、土砂をまき散らした。
「錯乱しながら腕を振り回すなよ。子どもが駄々こねるのとはわけが違うんだから」
位置の下がった相手の肩間接部分に剣を振り降ろした。ベキン、と金属が悲鳴を上げ、肩から先が落ちる。
「ふむ」
切った肩と、少し痺れの残る手のひらを交互に見やる。予想以上の硬さだった。
「これを、あんなに簡単に斬り飛ばしたのか」
グレンデルの肩の切り口は、お世辞にも綺麗とは言えず、切り取られた、というより、強引にねじ切れた、と言う様なぎざぎざの、不恰好な切り口だった。ミハルの切り口と比べるのもおこがましいほどの差だ。それに加えて、剣を通して返ってきた衝撃。あの時のミハルは、衝撃どころか、もともとあった隙間を通した、と言ってもおかしくないくらいスムーズに剣を振っていた。衝撃が返ってきたとは考えにくい。彼女の技量に改めて感服する。少なくとも、剣技の面において僕よりも数段上を行く。
脚部の関節を破壊し、グレンデル三号を大人しくさせた後、ふと遠くを見れば、ミハルの方もグレンデル二号の首を落としたところだった。頭を落とされたグレンデル二号は右往左往しながらむやみやたらに味方を巻き込みながら暴れている。やはり、頭部に各種センサーがあったのか。それが無くなったから、手当たり次第に攻撃していると。効果的かもしれないが、大人しくさせるのには向かない方法だな。彼女もそう思ったのか、少し顔をしかめながら、腕と足を切り落としていた。
ロネスネスの兵士もだいぶ減ったし、後はグレンデル隊長機のみだ。
『こんなことが、あり得るのか・・・』
茫然と隊長機が言った。
『無敵を誇ったグレンデルが三機もやられるなど、あっていいのか!』
あったのだから、仕方ない。そもそも無敵の存在など存在しない。どんなものにも弱点があって、勝ち続けてこれたのはその弱点を突かれる前に勝っていたからだ。ロボットは総じて関節が弱いし、センサー類をやられたら何も見えない。人間と同じように動かせるが人間とは別の理屈で動く。決して一心同体とはいかない。
「どうでも良いけど、残ったのはてめえだけだぞ」
ミハルが隊長機に剣を突きつけた。
「尻尾巻いて逃げるか?」
『栄光あるロネスネスのグレンデルに、そんな無様な真似が許されると思うのか。我々にあるのは前進のみ。敵を蹴散らし、味方の道を切り開くのが我らの使命』
「そうかよ。プライドがあるのはいいことだけどさ。・・・プライドで現実が変わると思うな」
『抜かせ小娘!』
隊長機がミハルに向かって突っ込んできた。他の機体よりも早い。三倍、とはいかないが、動きの無駄の無さからみて、他三体よりも熟練の搭乗者だとわかる。機体性能も違うだろう。武装は右手に剣、左手に盾のナイトスタイルだ。
口調は熱いが、隊長機の戦い方は堅実だった。ミハルの接近を盾でけん制し、足を止めたところへ必殺の一撃が見舞われる。
ミハルはそれを躱し続けているが、なかなか懐に潜り込めないでいるようだ。隊長機は盾も剣も躱された場合、無理せず後方に飛び引いている。体のでかさがここで差を生む。いくらミハルが素早く動けても、相手の通常の一歩が僕たちの数歩分だ。飛び下がられたら簡単に間合いを開けられる。搭乗者の勘も良い。
「あれじゃらちがあかないわね」
隣でクシナダが言った。
「ロネスネスの兵は?」
彼女の方を見ずに尋ねた。
「あらかた逃げたわ。残ってるのはあそこにいるのだけよ」
と隊長機を指差す。
「終わんないな。クシナダ、一つ頼まれてくれない?」
「何?」
「あの黒い隊長機の動きを止めたいんだけど。さっきも言ったように、出来れば無傷で」
「どうするの? あれ、見た目以上に固いんでしょ?」
「固い。けど、やりようはある。ちょっとこれを見て」
僕は、先ほど倒したグレンデル三号に近付く。仰向けに倒れている機体の右側に回り込み、屈む。確か、さっきちらっとこの辺りにあったのを見たんだけど。
なぞるように観察していると、見つけた。腰のあたりの少し窪んだところに、赤いレバーがあった。電車の非常解放用のレバーに似ている。僕の予想ではこれでコックピットが開くはず。
赤いレバーを時計回りに引く。プシュ、と空気の抜ける音と共にグレンデルの胸部ハッチが上下に開いた。ビンゴだ。
開いた胸部に二人で近づく。中を覗き込むと、男が気を失っていた。こいつがグレンデル三号のパイロットだろう。
「ぐ、うう」
パイロットがうめき声を発した。意識が戻りつつあるのだろう。今更戻られても面倒なので、一号のパイロットと同じようにコックピットから放り出した。おぶ、と変な声を吐き出して、再び意識を失ったようだ。
「多分、あの隊長機にも同じように、外側から開くためのレバーがあると思うんだ」
「私に、それを射抜けって?」
「その通り。出来る?」
僕の言葉を受け、クシナダが目を凝らす。ミハルとの戦闘で飛び跳ねている黒い機体をしばらく見つめていた後やにわに弓を構え、狙いを絞って矢を放った。
プシュッ、と三号と同じように隊長機のハッチが急に開き
「なあっ!?」
動いている途中に急に開いたため、慣性が働いたか、驚きすぎて操縦桿から手を離したか、理由は何であれ、暴れ馬から振り落とされるようにパイロットが外に放り出された。
僕は声も出ないくらい驚いているのだが、隣にいたクシナダはなんて事の無いように
「出来たわ」
と肩を竦めながらお茶目に言ってのけた。
「まったく、頼りになるなあ」
苦笑して、最大限の賛辞を送っておく。
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