第41話 戦う理由
ロボットだ。まごうことなき。それが、目の前で動いている。あっちでもあるにはあったが災害救助などで使用されるレスキュー用で、戦闘用のものなど当然なかった。それらは全てフィクションの世界の産物で、現実には存在しない。当たり前と言えば当たり前だ。技術的な問題やら効率的な問題やらはともかく、そんなものが存在する必要がなかったからだ。作れたとしてもただの趣味の塊、実際に動かし、ましてや敵と戦うことなんてありえなかっただろう。元気に動くのはアニメの中だけだ。
それがどうだ。今、現実にロボットは目の前にいて、まるで人のように滑らかに動きまわっている。
「MS、というより、KMFね。第三世代の」
幾分興奮したようにミハルが言った。僕でも知っている、有名なアニメに出てくる機動兵器だ。年代は違うが、同じものを見ていたようだ。別に不思議なことではない。あらゆる道がローマに通じるように、名作へ至る道というものがある。テレビCMやレンタルビデオ店のPOPとかが道しるべ代わりだ。
「手に剣ついてるから、オプティマスっぽくもあるな」
もしくはOFのジェフティ。
「・・・ああ~」
僕の呟きに、思わずミハルも納得してしまった。
「って、何でてめえも見てんだよ」
その後で、訳の分からない因縁の付け方をされてしまった。
「だって、僕の前職、ビデオ屋の店員だもの。面白いって言われるやつはたいてい見たよ」
仇討ち関連以外では、時間だけは無駄にあったからな。店員割引も使えたし。
「マジかよ。・・・だからあんなに」
と続けようとして、止まり、ぱくぱくと無音で口を動かす。そして、今更認められない真実に気づいたような顔をした。
「どうした?」
「何でもねえ!」
ぷいと膨れてそっぽを向く。
ちなみに、こんなほのぼのとしたやり取りをしているが、僕たちは完全に囲まれている。
『なかなかいい度胸をしているな』
一番手前にいたグレンデル一号が僕たちを囲む兵士の後ろから言った。奴の剣は血に染まっている。考えるまでもなく、シルド兵の数が減った原因の一つだろう。
『どういうことだ。ティル・ベオグラース・シルド。この女の頭にいるのは、龍ではないのか?』
「・・・龍ではあるが、それはまた別の」
『我が当代の守護龍だが、何用か?』
ティルの擁護をいとも簡単に食い破った守護龍ライザがグレンデルを見上げた。
『話が違うな、ティル・ベオグラース・シルド。守護龍はここにいるではないか。これで貴様の要求を聞く必要がなくなった。このまま連れて行けば、面倒な交渉などすることなく持ち帰れる。陛下の御手を煩わせることもない。違うか?』
くい、とグレンデル一号がハンドサインを出すと、兵たちがティルを取り押さえた。その場に膝をつかされながら、悔しそうに唇を噛み締めている。
『さて、後は』
グレンデル一号が象みたいな足音を立てながら近づいてきた。うん、近くで見ると迫力あるな。二足歩行なのにバランスも良い。ぜひとも乗ってみたいと思うのは僕だけだろうか。
『女。その龍を渡してもらうぞ』
しかし、ミハルは答えない。はて、迫力にビビる様な性格をしているわけでもあるまいし、と思っていたら。
「すげえ・・・」
僕以上に乗りたそうにしていた。
『女、聞いているのか?』
「・・・えっ、あ、いや、悪い。聞いてない」
『その頭に乗せてる龍をこちらに渡せと言っているのだ』
いささか不機嫌そうにグレンデル一号が言った。
「なあ、ライザ」
『何かな、母上』
ミハルはグレンデル一号を無視して、ライザに尋ねた。
「あんた、こいつらのところ行きたい?」
『は、愚問だな。こやつらのところになど、あのティルのところ以上に行きたくないわ』
「だそうだ」
悪いね。とミハルは肩を竦めた。
『・・・貴様は、状況を理解していないようだな』
幾分怒気を含んだ声で、グレンデル一号が言った。
『貴様は馬鹿なのか、それとも目が見えないのか。貴様の目の前にいるのは絶対の力の象徴、グレンデルだ。それを前にして、生意気な態度を取るということがどういうことか・・・』
「うるせえ」
グレンデルの講釈を、ミハルは断ち切った。
「ロボットに罪はねえから黙ってたけどな。私は今、不愉快なんだよ。お怒り中だ」
全身から怒気を発してミハルは僕を指差した。
「こいつと同じアニメや映画を見ていたこともさることながら、その作品が好きだということを否定できない自分がいることに、だ。ああ、そうだな。作品に罪はねえ。こいつが悪い」
何でだ。大体、視聴したのは絶対そっちの方が後だろうに。
「それ以上に、私はてめえらが大嫌いだ。ライザを物扱いするのもさることながら、シルドの連中に対する仕打ちが気に入らねえ。戦争中だろうがなんだろうが、人道に悖る行為をして良いわけねえだろ」
まあ、それはあっちの世界での道徳観で、突き詰めれば彼女の中に存在する倫理であり、こちらの世界で通用するわけではない。むしろ奴らにとってみれば非常識にあたるのだ。
そんなマイノリティを、通用させるにはどうすれば良いのか。
答えは簡単だ。力づくで押し通せばいい。
「だから、義によって、とは言わねえけどさ。一宿一飯の恩により、シルドの連中を守ることにするから」
言葉使いは現代っ子だが、彼女の中身、魂とも呼べる部分は武士のそれだ。
剣道や古武術、居合は、技術以上に精神を鍛えることに重きを置くと聞いたことがある。長年武道を学んだ彼女の精神にはそれが根付いていて、根はシナプスのように彼女のこれまでの人生で育まれた正義感や道徳に直結しているのだ。彼女にとっては戦うということは、復讐のためであると同時に、弱者を守る為の技なのだ。虐げられる者を目の前にして、黙ってられるわけがない。
『何をごちゃごちゃと。黙ってそれを渡せ』
グレンデル一号の腕が彼女に向かって伸びた。それを彼女は一歩前に踏み込むことで躱す。すでに【納刀】された剣を掴んで。
『おのれ、ちょこまかと』
懐に潜り込んだ彼女に再び腕を伸ばそうとして、その腕が半ばあたりでずれた。肘の当たりを斜めに一直線の筋が入ったかと思うと、ずずず、と滑ったのだ。
『は?』
誰もがその光景に目を疑ったことだろう。無敵を誇ったグレンデルの腕が訳の分からないまま地に落ちたのだ。
正直僕も驚いた。レーザーで焼き切ったかのような綺麗な断面が、鏡のように僕の顔を映している。
武器の質も良いのだろうけど、へたくそが適当に振り回したってこうはいかない。武器以上に恐ろしいほどの技量だ。見た限り、グレンデルだって鋼鉄製か、それ以上の鉱石で出来ているはずだ。居合いを習ってた、なんて習い事レベルじゃない。免許皆伝クラスじゃないのか。良く知らないけど。改めて彼女の執念の一端を垣間見た気分だ。
『な、なぁ!』
「ライザを物扱いするなっつったろ。グレンデルに乗ってなきゃ何もできねえ三下が偉そうに。てめえのその傲慢とプライドを鎧ごと引っぺがしたらぁ!」
地面を軽く蹴って跳躍、一歩目の着地点はグレンデルの右膝関節部分へ。関節がへしゃげるほど踏込んで二度目の跳躍。膝を潰されたグレンデル一号は自重を支えきれずに右へと傾き、腋から腰にかけての面があらわになる。そこへ二歩目。べコリ、と鎧に足跡を残しながら三度目の跳躍へ。上段に構えた彼女の位置はグレンデル一号の背を超えた。
「ふっ」
呼気短く、ミハルは剣を振り降ろした。空振りかと思われるほど何の音も立てずに、剣は振りぬかれる。すとん、と着地。
『・・・何だ、何も起こらんじゃないか。驚かしやがっ・・・・て・・・・』
言葉の途中から、グレンデル一号の左肩から右わき腹にかけてが、まるで取り外し可能だったかのように取れた。中から三十代前後の男が顔を覗かせている。
「ば、馬鹿、馬鹿な・・・・」
グレンデルからでて、新鮮な空気を吸えるはずなのに、息苦しそうに口をパクパクと開閉させて喘いでいる。
誰も動かないのを良いことに、僕はグレンデル一号に近付いて、切れ目から中を覗いてみる。
「・・・へえ、中身は良くある様な、左右に操縦桿と車のアクセルとブレーキみたいなペダルかぁ。操縦桿はスティックじゃなくて、五指を入れる穴があるんだね。なるほど、銃のトリガーみたいになってて、それを押し込むことでグレンデルの方の指を動かしてるのか」
もし魔法のような特殊な技術や、本人認証などのキーが無いのなら、僕でも動かせるかもしれない。もっと良く見ようとよじ登る。
「き、気安く見るな、触るな!」
中にいた男がようやく喋った。今更そんなことを言われてもこちらが困るんだけど。
なので、彼を外に放り出した。中をもう少し見たかったから、邪魔だったのだ。背後から、ぐえ、という声がしたが無視した。
「うん、行けそう」
「どこに行く気よ」
呆れたようなクシナダの声。最近、こういう漫才みたいなやり取りが増えて来たな。
「いやなに。中身を見たら僕でも使えそうだな、って思って」
「え、動かせるの?」
「うん。動かせそう。特殊な操作とかが必要じゃなければ結構簡単に」
「・・・・私でも出来る?」
なんだかんだ言って、クシナダも興味津々だったのか。出来るかも、と頷く。
「そのためには、一つくらい無傷で捕まえないといけないな」
飛び降りて、改めて辺りを見渡す。いまだ驚愕冷めやらぬ連中が固まっていた。そんな彼らの前に、僕、クシナダ、ミハルがそろい踏みで前に出る。
「ミハルが一宿一飯の恩のために戦うというなら、私はそうね、シルドのみんなを酷い目に遭わせたあなた達が嫌いだから、戦うことにしましょうか」
「いや、クシナダ。それ私の戦う理由と被ってるから」
「あら、そう? まあいいじゃない。・・・タケルは?」
僕もいるかな? それ。まあいいけど。
「僕は」
少し思案して
「そうだね、やっぱり戦う理由は変わらない。僕は、お前らと、グレンデルと戦いたいからここにいる」
そう言った瞬間、周囲にいた兵士たちが後退りした。何故だろう?
キチガイが。ミハルが横でぼそりと、そんな解りきったことを呟いた。
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