第43話 奴は四天王の中でも、というお約束
「何故だ、ホンド」
縛られたホンドに、ティルが詰め寄った。
ホンドは抵抗するそぶりも見せず囚われた。そこに一切の焦りも怒りもなく、ただ淡々と受け入れていた。後々自分の首に刃が迫ろうと、何一つ感情を浮かべずに受け入れそうでもあった。彼を捕らえたシルド兵たちの方がよほど感情的で、ティルの捕らえろ、という一言がなければその場で寄ってたかって殺してしまいそうなほどだ。それも当然の感情だと言える。目の前の人間、信頼に足る上司と思っていた彼が、敵と通じていたのだから。そのせいで、多くの仲間を失ったのだから。
「何故だ!」
もう一度、ティルは叫んだ。
「シルドの血を残すためです」
しれっと言い放つ。
「シルドの、血を残す?」
「そうです」
「ふざけるな! 残すどころか、どれだけの血が流れたと思っている! お前がやったことは、敵にこちらの情報を渡し、仲間を死に追いやっただけだ! その見返りとしてロネスネスでの地位を得んがために! そうだな、確かにお前の血筋だけは残るな!」
しかしホンドはやはり、感情など一切見せず、ティルの目を見返して言った。
「では、ティル様。お尋ねしましょう。あなたはこれから、どうやってシルドを存続させるつもりですか?」
「開き直るつもりか、ホンド」
「そんなつもりはありません。私の策は失敗し、大勢死なせたことも事実です。いかなる罰も受けましょう。もとより、地獄の業火に焼かれる覚悟です。が、私は私の考えのもとに、シルドの血を残すために行動しただけです。そこに一切の嘘偽りはありません」
「考え、だと」
「ええ。そうです」
ホンドは一度、大きく息を吸った。
「ティル様は、あのままシルドが存続できたと思いますか?」
「・・・どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。あのまま森の中でひっそりと平和に生き続けられたと思いますか?」
「ロネスネスの邪悪な野望さえなければ、あるいは・・・」
「それは間違いです」
きっぱりとホンドは断言した。
「シルドの人口が年々増えているのはご存知かと思います。そしてそれは、外の、他の国でも同じことが言えます。人が増えれば村が出来、人が増えれば村は街となり、国となる。国が増えれば、いずれ他の国と関わらざるを得なくなる。時代は今、変わりつつあるのです。家族と家の中だけが世界の全てだった赤子はいずれ大きくなり、家を出て、隣近所の存在を知ります。同じように、この世界に存在する多くの国が、別の国を認識しだしたのです。相手は良い隣人か悪しき隣人か。今隣にいる仲間のことさえ良くわからないのに、違う国の他人のことなど解るわけはありません。そして、人は他人よりも自分の利益を追い求めます。これは悪ではなく、当然の欲求です。生き残るために必要になるからです。そこで必ず衝突が起こる。私たちの知らない場所で、今も国同士が争って領土を広げているのです。
対して、シルドはどうでしょうか。外のことなど関係ないと、森の中でひっそりと暮らしてきた。その頃外ではロネスネスが他国を侵略し、領土を広げ、力を増大させていたことすら知らずに生きてきたのです。何があっても守護龍がいるから大丈夫だと赤子のままでいたのです。生き残るための努力を怠ってきたのです。どうしてそれで、今後生き残れたと思えるのですか?」
珍しい人間だ。己の国しか知らなかったはずなのに。ロネスネスという外敵一つ知っただけで、そこまで想像の枠を広げることが出来るのか。
「すでに時は遅く、他の隣人と手を組む時間も、国力を増大させてロネスネスに対抗する時間もありません。ならば残された道は、ロネスネスに入り込むこと。新たな庇護下に入ること」
「まるで尻軽な女だな」
「どんな手段でも使うべきなのです。生き残るために」
「仲間を裏切ってまで生きなければならないのか? そこまでして生きることに、何の価値がある!」
「生まれてきたからには、死ぬその時まで己の使命を全うしなければならないのです。権利ではなく、これは義務です。私の使命は、シルドの民を一人でも生かす事。その血を残す事。たとえ今後生まれてくる子孫たちにその自覚がなくても、未来の彼らが生きられるために、今の私たちが泥水を啜ってでもその場所を作り上げなければならないのです」
「あ、そう言う事か」
ポンと手を打つ。ホンドの考えが見えてきた気がした。
「え、タケル?」
クシナダが少し驚いた風に僕の名を呼んだ。僕が柏手の音で、全員が僕の方に注目してしまった。
「シルドの血をロネスネスの中に流し込むってことかい? 気の長い話だね」
今度はホンドの方が少し驚いたように目を見開いた。どうやら的を射ていたみたいだ。
つまり、長期的な戦略をこのホンドは立てていたわけだ。普通に考えれば、ホンドがロネスネスの将軍として召し抱えられるなんてほぼありえない。この時点で、かなりの交渉術を発揮していたことだろう。そして、自分用の部下、という名目でシルド兵を取り入れる。少しでも血筋が残るよう、確率を高めるためにだ。
おそらく、十年以上は苦しい思いをするだろう。仲間を売って敵に従うのだから、普通なら良心が咎めるだろうし、ロネスネス正規兵に受け入れられるまでは嫌がらせやら誹謗中傷の類をごまんと受ける。それでも生き延びて、実績を重ね、世代を重ね、やがてシルドの血を引いた者がロネスネスの中枢、地位のある場所へ到達すれば。これは、ロネスネスを内側からシルドが操ることに他ならない。ロネスネスを乗っ取るための、確実性の薄い百年の計略だ。それでもここで全滅するよりましと考えたのか。
「タケル、一体お前は、何を言っているんだ? ホンドは一体何を考えている?」
横から、まだ事情を吞み込めていないティルが尋ねてきた。僕は視線でホンドに向かって問う。この話をしても良いのか? と。
僕の目を見返していたホンドは、目を瞑り、かすかに首を横に振った。言うな、ということらしい。ホンドの行為に、僕は苦笑いを禁じ得ない。今しがた自分の口で、何でも利用して生き延びるべきだと言ったばかりなのに。どうやら、ティルたちの前では悪として、憎むべき対象でいたいらしい。このままでは処刑確実だというのに。
「自分を悪に仕立て上げて、残ったシルドの人間の結束を強める気か」
使命とやらに、どこまでも殉じるつもりか。馬鹿な奴だ。何が馬鹿って、誰からも感謝されない自己犠牲の精神もそうだし、誰にも相談せずに自分一人でいろんなものを背負おうとしたこともそうだし、それしか方法がないと思い込んでいることもそうだし、何より、僕がホンドの考えをくみ取ると思い込んでいるところが馬鹿な証だ。僕がそんなもの守るわけないだろ?
「タケル? 聞いているのか?」
いつまでたっても喋ろうとしない僕に焦れて、ティルが肩を揺さぶった。
「聞いているよ。ホンドの考え、だろ?」
「そうだ。何が分かったというのだ」
「ちゃんと分かったわけじゃない。もしかしたらこうかな? という仮説が出来ただけ」
「それでもいいから、教えてくれ」
「仮説は仮説だ。間違ってるかもしれない話を他人にさも真実のように話すわけにはいかない。間違った情報を真実と受け取って間違った選択をするのはあんたらの勝手だけど、そうなると僕の気分が悪くなる。だから嫌だ」
「タケルッ!」
「どうしても聞きたきゃ、ホンドから真実を聴き取れよ。その方が奴の為でもある。ティルが真実を知りたいのなら、ホンドを生かすしかない。どういう手段を使っても、生き延びたいのだから、口さえ閉ざしていれば生き延びられる。そうだろ?」
最後の言葉はホンドに対して贈ったものだ。僕の意図にも気づいているようだが、流石は年長者。すぐに感情を出すティルやミハルと違い、眉一つ動かさず、虚ろな目で僕を見返していた。
「一つだけアドバイスだ。ホンドは処刑するよりも、死ぬまでこき使った方が罰になると思う。信じる信じないは任せる。後はそっちで良きにはからってくれ」
ティルに言うだけ言って、僕は踵を返した。
「ぐはっ?!」
悲鳴を上げながら、隊長機のパイロットが目を覚ました。
先ほど機体から放り出されて気を失っていたので、気つけ代わりに電気ショックを与えてみたら効果はてきめんだった。
手を後ろで縛られ、胡坐をかくような格好で座らされていた彼は、目を覚ました直後は何が起こったかわからず辺りをきょろきょろと見回していた。焦点も怪しかったのか、比較的近くにいた僕らに気付かないようだったが、時間の経過とともにその目が僕たちを捉えだした。
「き、さまらは・・・」
喘ぐように口を開く。
「気づいたかい? どう? 喋れるかな?」
尋ねる僕を無視して、パイロットは起き上がろうとして拘束されていることに気付く。
「これをほどけ!」
ショックを与えすぎて言語中枢とか舌とかに麻痺が出てないか心配だったが、これだけ元気に怒鳴れるなら大丈夫だな。
「他の、俺の部下はどうした。ロネスネスの兵士たちは!」
「ああ、それなら、逃げたか、死んだわ」
クシナダがことさら淡々と答えた。
「残っているのは貴様だけだ。ロネスネス軍第二部隊部隊長、ベラルド」
クシナダ以上の平坦な言葉に、地獄の業火のような怒りを込めてティルが言った。
「ふん、強力な仲間を得て、急に強気になったな、負け犬。一人になったのはお互い様だろう?」
途端、ベラルドの頬が弾けた。表情すら変えず、ティルが裏手で殴ったのだ。
「先ほど私に言った言葉、そのままそっくりお返ししよう。己の立場をよくよく考えられるがいい」
しかし、ベラルドの強気な態度は変わらない。
「負け犬に負け犬と言って何が悪い。今のこの状況において、確かに俺は囚われている、が、そこに貴様の力が介在した箇所はどこにもないのだ。全てそこにいる者どものおかげだろう? 貴様は、自分だけでは何一つ成し遂げられない、国を失った負け犬だ」
「だから何だという。気持ちだけでも優位に立とうという小賢しい知恵ではないか。幾ら貴様が言葉を弄したところで、私は拘束されないし、貴様の拘束は解けない。事実は何一つ変わらんぞ」
ティルがそう言うと、ベラルドは馬鹿にしたように笑った。
「何がおかしい」
「これがおかしくて何がおかしいというのだ。本当に愚かだなティル・ベオグラース・シルド。貴様らを追ってきたのが我々だけだと思うのか?」
ティルの表情が変わった。
確か、千人ほど動いているとかなんとか聞いた気がする。僕らが見たのは、パッと見だけどせいぜい三百から四百、半分くらいじゃないだろうか。斥候の見間違いか、それともホンドの息のかかっていた裏切る予定の人間の嘘か、それとも別働隊として動いているかだ。
「私がそこの小娘とやりあう前、通信があった。岩陰からこそこそと逃げ出そうとする女子どもを捕らえたとのことだ。いや、もともと我々の所有物だったのだから、返してもらった、が正しいのか?」
「貴様っ!」
怒りにまかせてティルがベラルドに飛び掛かった。そのまま、一発、二発と頬を殴る。が、ベラルドは切れた唇から血を流しながらも、不気味な笑みを顔に張り付かせたままだ。
「え、止めないの?」
ミハルがあれ? っといった風に僕たちを見た。
「何で止める必要が?」
「いや、こういう時のお約束だろ? 『おい、止めとけ! そんなことをしても仲間が返ってくるわけじゃない!』とかさ」
「あんたはその理屈を使うべきではないね。返ってくるはずのない兄のために仇討しようってんだから」
「てめえほんとムカつくな!」
ムカつかれても事実だ。復讐者が、他人の怒りに任せた行為を否定するべきではない。もし止めるとしたら、こちらにとって利用できるかどうかの時くらいだ。
「私の同胞たちをどこにやった!」
ベラルドの胸倉を掴み上げ、口から唾を飛ばす勢いでティルが叫んだ。
「王城の牢屋に向かっただろうな。明日には再び奴隷市が開かれるだろう」
はははははは、ベラルドの高笑いが響く。彼の胸倉から手を離し、ティルは来た道を戻ろうとした。
「どこへ行くんだ?」
その背中に声をかける。
「決まっている。シルドの民を助けに、だ」
振り返ることすらせず、答えた。そのエネルギーすら温存して救出のために使いたいという気持ちの表れだろうか。
「どうやって?」
返答も聞かずに再び進み出そうとした一歩目をくじく。
「おそらくここと同程度の規模の軍隊が動いていたはずだ。助けられる確率は、かなり低いと思うけどね」
というかゼロだ。シルドの人間が助かる見込みは。
「だからと言って、ここでじっとしていられるわけにはいかんだろうが! 明日にも同胞たちが売り飛ばされようとしているのだぞ!」
「逆に、明日までは大丈夫、ってことでしょう?」
落ち着かせるように、静かな声でクシナダが言った。
「明日の奴隷市が開かれる前に、助ければいいじゃない。それが開かれるのがいつ頃かはわからないけど、連れ帰ってすぐ、なんてことはないだろうし、大勢の人間を連れているのなら、まだ王城に到着してないかもしれない。時間はあまり無いけど、全く無いわけじゃないわ」
「いい気になるなよ」
ベラルドが割って入った。
「素直に評価しよう。この十数年、グレンデルから俺を引きずり降ろしたのはお前たちが初めてだ。だが、これをグレンデルの、ロネスネスの強さと思い違いをしてもらっては困る」
なかなか面白い話をし始めたな。
「俺たちの主な任務は敵地への偵察や強襲などの足の速さを求められることが多い。グレンデルもそれに合わせて設計されており、素早さなど機動性に優れる。反面、馬力や武装の多さは他のグレンデルに後れを取る」
なるほど、残っているグレンデルは戦闘型で、今ここで戦った奴より強いのがいると言いたいわけだ。
「馬力も装甲の厚さも桁違いの『王の盾』、攻撃の面に置いて比類なき力を持つ『王の剣』、そして機動性、馬力、武装、全ての能力において並ぶもの無きグレンデル『フルンティング』だ。王の腕も相まって、正に最強と呼ぶにふさわしい力を発揮する。加えて都には、勇猛なるロネスネス兵一万が備えている。この意味が分かるか?」
にい、とベラルドは笑い
「貴様らが行こうとしている都には・・・」
「ああ、はいはい。わかるわかる」
ミハルが自慢げに話そうとしたベラルドの話の腰をへし折った。
「てめえの言いたいことなんか私の世界ではありふれにありふれて耳にタコが出来るくらい良く聞くテンプレートなんだよ。要約すりゃ『私は四天王の中でも最弱』ってやつだろ?」
思わず吹き出してしまった。ああ、もう純粋にベラルドの味方自慢は聞けないな。
「べらべらと内部事情を喋ってくれてありがとよ。充分だから、もう寝とけ」
ゴッ
ミハルが剣の柄でベラルドの脳天を強打した。頭を揺さぶられたか、ベラルドは再び気を失い、その場に横たわる。
「これで良し、だ。ティル」
「え?」
ここまでの急な展開についていけてなかったからか、急に呼ばれて戸惑っている。
「次にこいつが目を覚ました時が楽しみだな。こいつの目の前で、シルド人勢揃いでお披露目してやろうぜ。てめえの思う通りにはならなかったぞ、ってな?」
悪戯っ子のようにミハルが満面の笑みを浮かべた。
「助けて、くれるのか」
「今さらだろ。私もこいつらが気に喰わないし。乗りかかった船だ。全部終わるまで付き合ってやるよ。任せとけ」
ティルが一瞬呆けた。そして、慌てて取り繕うように「ありがとう」と頭を下げた。それを、ミハルの頭に乗っかるライザはどこか面白くなさそうな顔で見ている。
彼女は分かってない。今、かなり面倒なことを背負いこんだことに。けど教えることはしない。おそらく、こっちに来てしまった彼女にとっては『幸福』なことだと思うから。
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