第44話 謁見
ガション ガション ガション
朝からずっと続く霧雨の中、規則正しい足音を響かせて強襲型グレンデルが門の前にぬっと現れた。
城壁前に駐在していた門番たちはグレンデルと、その後ろで縄をうたれ、数珠つなぎに繋がれているシルドの兵たちを認め、駐在所から飛び出してきた。
「お疲れ様ですベラルド隊長。そいつらで最後ですか?」
『ああ。そうだ』
「予定よりも少ないように見えますが」
『ここにいるのは賢い選択をしたホンド殿と彼についてきた腹心の部下、そして逃げることすら諦めた哀れな連中だ。残りはみじめに逃げ出した。あまりにみじめで可哀そう何で、慈悲深い私の部下はそのまま放ってはおけないと言ってな』
「なるほど、だからいらっしゃらないのですね?」
門番たちは残虐な笑みを浮かべて答えた。今頃大がかりな山狩りが行われているのだろう、と話し合う。
『陛下にご報告申し上げたいのだが、城へ連絡を頼む』
「陛下へ、ですか? まずはこの者どもを牢へぶち込むのが先では?」
『いや、今回ご報告したい件があるのだ。シルドを壊滅させることに成功したホンド殿を、陛下に紹介したい。その時に貢物は必要だろう?』
その言葉に背中を押されるようにして、唯一捕まっていない男が門番たちの前に現れた。
「ほう、ではあなたが」
「はい。ホンド、と申します。以後お見知りおきください」
「懸命な判断をされましたな」
「いえいえ。そんなことはありません。皆さまの屈強さとグレンデルの威光の前に膝を折らぬものなどおりましょうか。私は解りきった選択をしたまでです」
違いない、と門談たちは笑い、ホンドもつられるように笑う。
「そしてこの度、寛大な御心で私を栄光あるロネスネスの民として迎え入れてくださった陛下の御恩に報いるにはあまりにも小さいながら、感謝のしるしとして贈呈したい品がございます」
「なるほど、それが後ろの品々という訳ですか」
「はい。そこには、かの守護龍の子も含まれます」
「なんと!?」
門番たちの目の色が変わった。
「陛下が打ち倒した、あの巨大な龍の?」
「大丈夫なのかそれは。暴れたりしないのか?」
「ご安心ください」
動揺する門番たちに、ホンドは穏やかな声で語りかけた。
「たとえ龍とはいえまだ子ども。体も私より小さく、力も弱い。しかし、陛下の御役に立てるように育てることが出来ます。数年後には陛下の手足となり、文字通り翼となって空を駆けることが出来ましょう」
「それは素晴らしい! それならばグレンデルを素早く戦場へ送り込めますな!」
「しかも敵陣中央に、誰に知られることもなく、だ! 戦略が広がり、ますます陛下、ひいてはわが国の勝利は盤石となる!」
「おっしゃる通りでございます。そして、叶うならその報告を私自ら行いたいのです。これが、シルドへのせめてもの手向けとなり、決別の証となります故」
「なるほど、そんな理由があるのでしたら、確かにご自身で報告した方がよいでしょうな。わかりました。城へはすぐに伝令を向かわせます。そのまま中へお進みください」
「御配慮、痛み入ります」
そう言って、ホンドは彼らの横を通る。続いて、グレンデルと、縄に繋がれたシルド兵たちが続いていく。中には少年兵もいるのだろうか、ぶかぶかの兜をかぶったまま項垂れていて、歩く度にぐらぐらと揺れている。そんな彼らを、門番たちは通した。まるで卸されに行く家畜の群れだ、と笑いながら。
ホンドが通されたのは謁見の間ではなく、城の裏手にあるグレンデルの格納庫だった。貢物が多すぎて謁見の間には入れられない、という理由と、グレンデルの調整に王が付きあっており、そこで報告を受けた方が合理的だからと王自身が指示したためだ。
通された格納庫には、調整中のグレンデルが、まるで整列しているかのように左右に綺麗に並んでいた。一番奥まった場所に、他のグレンデルとは一線を画すグレンデルがあった。金色の鎧を身にまとう、神々しき巨人。王が乗るグレンデル『フルンティング』だ。最奥の上座に王のグレンデルが鎮座し、左右を他のグレンデルが並ぶ様は、まるで巨人用の謁見の間だ。この国の象徴が並んでいるのだから、ある意味謁見の間以上にふさわしい場所と言える。
調整は終わったのか、それともこれからホンドの報告がある為か、グレンデルを扱う技師たちはこの場には居なかった。どころか、人はホンドたちしかいないように見える。
『控えよ。陛下の御前であるぞ』
突如、フルンティングの横にいたがっしりとしたグレンデルから声が発せられた。どうやら、中に乗り込んでいるらしい。慌ててホンドたちは平伏し、彼らの背後にいた強襲型グレンデルも傅く。
『よく参られた。ホンド将軍。そなたの働き、忠誠、確かに見せてもらった。褒めて遣わすぞ』
低い声がスピーカー越しにホンドたちへ降り注いだ。天から声を授かったように、ホンドは更に頭を垂れた。
「ははっ! ありがたきお言葉!」
『して、俺に貢物があるとか』
「はい。私を含めた、元シルド兵三十名、そして守護龍の子を陛下にお渡しいたします。」
『ほう、あの龍の子か。話は聞いておるぞ。なんでも、俺に従うように躾けることが出来る、とか』
「陛下の翼となるように育てます」
『それは良い。ゆくゆくは俺にも翼が生えるか』
フレゼルの冗談に、周りのグレンデルからも笑いが起こる。
「龍だけでなく、我らも陛下の手足として働く所存です」
『俺の手足として?』
「はい。陛下の御為に、どんなことでも致します」
『どんなことでも、ときたか』
何かを含んだ言い方だった。フレゼルは、少し沈黙した後、おもむろに言い放った。
『では、死ね』
「・・・・・は?」
何を言われたかわからなかったホンドは、思わず顔を上げ、聞き返してしまった。フレゼルは平然として、言葉を連ねた。
『何度も言わせるな。死ねと言ったのだ。なんでもするのだろう? ではその場で命を絶ってくれい』
「へ、陛下。それは、何かの御冗談でしょうか?」
『冗談を言っているのは、そちの方ではないか?』
楽しそうな声音とは裏腹に溢れ出す戦意と敵意がビシビシとホンドに叩きつけられる。モーター音が格納庫内に響き渡り、不協和音を奏でる。輪唱のように、他のグレンデルからもモーター音が唸り始めた。
『貴様は誰だ』
フルンティングが指差すその先。ホンドたちの頭上を越えて、一番後ろで控えていた強襲型グレンデルを指し示していた。
『わからない、ばれないと思ったのなら、浅はか、もしくは俺のことを舐めすぎだ。貴様、ベラルドではあるまい?』
強襲型は膝をついたまま動かない。他のグレンデルが武器を片手に、左右から強襲型を挟む。
『そのままだんまりを決め込む気か? どうやったかは知らんが、ベラルドからそれを奪い、わざわざここまで来たのだろう? 俺を殺しに。そのままだと串刺しだぞ? 良いのか? 俺としては、最後まで足掻いてくれた方が良いんだがな。このままくたばるなど拍子抜けも良い所だ』
じりじりと強襲型ににじり寄っていたグレンデル二機が、持っていた槍で突いた。左右から来る穂先に対して、強襲型は腰を軸にして体を回転させた。ラジオ体操の体を捻じる運動と同じ動きをしながら、右手と左手で槍の穂先を弾く。胴体の、パイロットがいる場所を突こうとした槍は前後に逸れて通り過ぎる。そこで終わらず、強襲型は自分を狙った槍の今度は中ほどを掴み、その勢いを加速させるようにして引っ張った。左右にいたグレンデルは引きずられるように体勢を崩して転倒した。そこを見逃さず、強襲型は腕のギミックに仕込まれた剣で倒れたグレンデル二機の胸を素早く突き刺した。悲鳴も上げられずに、グレンデルパイロットは息絶えた。
『やるな』
他のグレンデルが絶句している中、フレゼルだけが感嘆の声を上げた。
『何でわかったの? 自慢じゃないけど、僕は、声真似は結構得意なんだけど』
昔取った杵柄でね、と強襲型からベラルドのものではない声が響く。その声の疑問に答えるように、フレゼルが口を開いた。
『グレンデルは、起動しているとここにある明かりが点灯する。停止すると消える。貴様の乗る機体以外の強襲型の灯りがすべて消えた。ここで調整する以外で明かりが消えるといういうことは、誰もが疑ったが事実は一つ。何者かにグレンデルは破壊されたということだ』
あのように、とフレゼルが指差すところにランプがあった。今破壊されたグレンデルがいた場所だ。他のグレンデルのランプは青色が灯っているのに対して、主のいなくなった場所のランプは消えている。
『何だ。始めからわかっていたのか』
『そういう事だ』
『じゃあ、僕らはまんまと罠にはまったわけだ』
『その割には驚いてはおらんな。そっちこそ、この格納庫に呼ばれた時点で罠の可能性に気付いていたのだろう? おとなしく従わず、そのまま城下で暴れるという方法もあったはずだ。その隙に掴まった連中を解放するという手を取れただろう?』
『そこは、罠以外の可能性も否定できなかったしねえ』
『豪胆なのか愚かなのか、判別に苦しむところだな。なにより、我ら意外にグレンデルを操縦できるものがいる、というところに驚きだ』
『驚くほどのもんじゃない。僕のいた世界ならちょっと練習しただけで子どもでも動かせる親切設計だ』
『僕のいた、世界?』
『ああ、気にしないでくれ。ちょっと遠くから来たもんで、そういう言い方をしているだけだ。それに、あんたが気になるのはそんな些細なことじゃないだろ?』
今しがたグレンデル二機を屠った剣をフルンティングに突き付ける。
『ご期待に沿えるよう、足掻いてやるさ。ただし、こっちが勝ってしまっても、文句ないよな?』
グレンデルに感情は無い。けれどその時、パイロットの心情を表すかのように、強襲型は目を輝かせた。
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