第45話 地図の指し示す先に

『ホンド』

「分かっている。ぷらんびー、だな」

 声に反応してホンドは頷いた。その顔にもはや動揺は無い。やるべきことが分かっているからだ。

 さっきまで俯いていたシルド兵たちが一斉に顔を上げた。絶望ではない。覚悟を決めた人間の顔だ。同時に、自分たちを縛っていた縄を自分たちで解く。あらかじめ自分でほどけるように細工しておいたのだ。その中に勢いよく兜を外した奴がいる。ミハル&ライザだ。

『やれやれ、これでようやく窮屈な兜ともお別れか』

 忌々しげに兜を脱ぎ捨て、ぐるりぐるりと事務仕事で肩が凝ったサラリーマンのように首を回したライザが言った。

「あんたが文句言うな! 大変だったのはこっちだ。一緒に行くって聞かないからこっちが色々と骨折ってやったんだろうが!」

 サイズの合わない鎧から頭を出したミハルが叫ぶ。

 城内へ潜入するとなったはいいが、作戦のキーマンの一人、というかグレンデルに生身で対抗できる数少ない人材であるミハルも一緒に行くとなったとき、問題が発生した。ライザが頑としてミハルの頭から離れようとはしなかったのだ。無理やり引っ張ると髪が抜けるどころか首が引っこ抜けそうになったので、妥協案としてへたくそな二人羽織みたいに、頭はライザ、胴体はミハルという形に落ち着いた。

『我が庇護者たる母と共に動くのは当然であろう? それに、他の者から見て背の足りない母の頭一つ分を我が補ったのだ。そういうところで協力もしている。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない。それに、子どもの教育方針は叱るだけではなく褒めることも大事だと我は思うぞ。我の場合はおそらく、叱って成長を促すより褒めて伸ばす方があっていると思う』

「御忠告ありがとよ!」

『礼には及ばん。あと加えて一つ忠告だが。どうにも母は口が悪い。それでは母の本当の良い所が他人には伝わらなくて損をするからな。子から親への忠告だ。ありがたく受け取るがよい』

「以後丁寧な口調を心がけるからあんたはちょっと黙ってやがりなさい!」

 なんだか、親子漫才に磨きがかかってきたなあ。本当に仲の良い親子のようだ。

「じゃれ合うのは構わんが、もう少し緊張感を持ったらどうだ」

 隣で呆れたようにため息を吐くティル。

「一応ここは敵の本拠地だぞ。お前たちがそれじゃあ、私たちの士気に・・・」

『黙れ小僧!』

 ライザが一喝した。渋い声にマッチする良いセリフだ。そっちの方が小僧でなければもっと良かったのに。

『今我は母と話している。断じて貴様ではない!』

「守護龍様。時と場合を考えてくださいと言っているんです。大体彼女は人間で、それもまだ若い。母と呼ぶには少々無理がありますし、ミハルにとっても年齢的に、あまり嬉しくないことでは?」

『ふん、年齢、種族の違いなど些細な事よ。貴様ら人間はすぐ本当に大切なことを見失う。目に見えるものだけがすべてではない。確かに母は世間を知らず視野も狭く考えも浅い、幼いただの生娘にしか見えんが』

「てめえそれ以上言ってみろぶっ殺すぞ!」

『このように口も悪い。しかし。しかしだ。我にはわかる。母は、ミハルは、我すら包み込むほどの大きな器をその身に宿している。我の本能が告げるのだ。もしかしたら、先代の龍が死んだこと、シルドが滅ぼされたこと、全てが我をミハルに合わせるための運命であったのではないか、そう思わせるほどの逸材ではないのかと勘繰るほどの』

 運命、ね。背後に姉によく似た神様の存在がちらついてきたぞ。

『何をごちゃごちゃ喋っている! たったそれだけで、我らに牙向くつもりか!』

 エンジンの温まった一機が、ごちゃごちゃ喋るミハルたちに向かって突進してきた。強襲型よりも流線型の滑らかなボディを持ち、見るからに腕のギミックと足のギミックが多くておそらく胴体にもいくつかのギミックが隠されてそうなグレンデルだ。あれが『王の剣』とやらだろうか。

 シルド兵を踏みつぶさんと迫る『王の剣』の前に割り込もうと機体を動かそうとした矢先だ。それより早く、ミハルが動いた。するりと、風のように目の前にいたティル、そして他シルド兵の間をすり抜け、迫るグレンデルの股を潜り抜けた。慌てて上半身を捻るグレンデルだが、その勢いを殺すことはできなかった。慣性がついて止まれなかった、ということではない。もちろんそれも有るだろうが、そもそも踏ん張るための足が無くなったら止まれるわけがない。すれ違いざま、ミハルが剣を一閃させたのだ。結果、膝から下がその場に残され、上半身だけが転がっていった。

『親子の会話を邪魔するからこうなるのだ』

「なんでてめえが偉そうなんだよ」

 恐るべき偉業を成した女は、今だ頭上の龍と漫才を繰り広げている。

「器云々はともかく、恐ろしい逸材というのは同意出来るな」

 ティルがシルド兵全員の声を代弁した。

「ティル様。今の内です」

 ホンドがティルを呼ぶ。ミハルが与えた衝撃のせいで、敵は思考が止まっている。その隙を突かない手はない。ホンドを先頭に、ティルたちは格納庫を脱出する。

『っ逃がすか!』

 その動きに気付いたグレンデルが追おうとする。どこに行こうというんだ。お前の敵は、ここにいるというのに。僕は強襲型を操作し、シルド兵たちとそいつの間に割って入る。

『馬鹿が! 出力はこちらの方が上だ!』

 なるほど、こいつが『王の盾』とかいうグレンデルシリーズの一つか。こっちの機体より一回りは大きい。有り余る膂力に物言わせて、上段から槍と斧を混ぜたような武器、ハルバートとかいったっけ? を振り降ろした。まともに受ければ負ける。だからまともには受けない。振り降ろされるハルバートの刃に対して並行ではなく斜めに剣を添える。落ちてきた刃は剣の側面をガリガリと剣の側面を削り取りながら軌道を逸らし、固い音を立てて地面に突き立った。

『な!』

 驚いてる場合じゃないと思うが、わざわざ忠告するほどのものでもない。前面の装甲は厚いらしいが、側面はどうだろうか。無防備な横腹にそのまま剣を突き刺す。さっき潰した二機よりも硬かったが、やはり側面は構造上の問題でもあるらしく突き刺すことは可能だった。火花を散らしながら火花を散らし、そのまま動かなくなる。こうしてまた一つ、格納庫からランプが消えた。

『強襲型は足は速いが装甲は脆く、出力は低い。ロクな攻撃方法も持たない、グレンデルの中では弱い方。だから負ける道理は無い、なんて、幻想だ。出力が違うとか、攻撃力や防御力が違うとか、確かに機体の性能の差は大きいと思うよ。けれど、それが絶対だとは思わない方が良い。機体の性能の違いが、戦力の決定的な差にはならない。結局のところ、勝てるかどうかは操縦する人間次第だ』

「どこの大佐だてめえは」

 半眼のミハルのツッコミを無視して僕は続けた。

『これに乗ってまだ数時間程度の僕に後れを取るようじゃ、あんたらはそのオモチャなしじゃ誰にも勝てない雑魚ばかりということになるね』

 彼らの怒りを表すように、一機、また一機と立ちあがった。ふむ、作戦通りだ。こちらに気を取られてくれればくれるほど、ティルたちの作戦は上手く行く。さて、もう少し混乱を作り上げようかな。

『悔しけりゃ、僕を倒して証明して見せろ』

 言うが早いか、僕は機体をバックステップさせて格納庫から飛び出る。

『待て貴様!』

 釣られて他の連中も格納庫から飛び出してきた。鬼ごっこの始まりだ。出てきたのは、ひい、ふう、み、四機か。ちょうど半数かな。後はミハルが相手をするのかな。

『偉そうなことを言って逃げる気か!』

『逃げる? 違うな。誘い出したんだよ』

『ほざけ!』

 右手の方から、家屋を踏み台にして剣シリーズの方が飛んできた。右手に何か紐のようなものが見えて、それがするすると肘の当たりにあるギミックに戻っている。もしかしてワイヤーアンカーか? すげえな。スパイ映画とかでしか見たことない代物だ。なるほど、あれを射出して家にひっかけ、一気に引き戻した反動で飛んできたのか。

『おいおい、家壊してんぞ? ご家庭にやさしくないことは控えた方が良い。恨まれるぜ?』

『知ったことか。民は我らのおかげで生きていられるのだ。我らの役に立つために生きているのだ。むしろ、役に立って良かったと言うだろうよ!』

 どうりでさっきから、その辺を逃げ惑う市民のことなんぞ目に入ってないかのような動きをするわけだ。しかもそれを隠そうとせず、拡声器越しに喋っている。いいね。その人でなし感。

飛んでくるグレンデルを迎え撃とうと、僕は足を止める。

『もらった!』

 そこへ、追いついたもう一機が、足を止めたこちらに向かってハルバートを横薙ぎに振るう。それを僕は、思い切り機体を逸らせて、リンボーダンスよろしく回避する。大振りも大振り、フルスイングしたグレンデルはすぐには姿勢を戻せない。

『この、ちょこまかと!』

 真正面から正直に飛んできたグレンデルの一撃を、今度は横に転がって躱す。転がる方向は今しがた体勢を崩したグレンデルの方だ。転がりながら手を伸ばし、ハルバートの柄を掴んで奪い取る。

『返っ』

 何か言おうとしてたが蹴飛ばして転がす。

『この野郎!』

 先ほどのグレンデルは、着地の時に折り曲げた脚部に力を込め、こっちに向かって飛んだ。ブースターも翼もないのに、それでどうやって躱すのだ? 空を蹴れるわけじゃないだろ? 僕は奪い取ったハルバートを突き出す。

『そん・・・・』

 グシャ、と頭頂部から胸にかけてハルバートの穂先が突き刺さる。どうやって躱すつもりだったんだ、本当に。こうなることが分かってるはずだろ?

 どうもおかしい。こいつらは歴戦の猛者ではなかったのか。幾らなんでも簡単にやられ過ぎだろう。今しがたのミハルの腕前も見てるし、一応僕も先に三体ほど潰して見せた。油断ならざる相手と見てもらっていいはずだ。それがどうしてこうなる?

 そこで、僕にはある恐ろしい仮説が生まれた。

 ズン、ズン。残り二機のグレンデルが目の前に着地した。

『観念しろ!』

『よくもスターンを! 仇とるからな!』

 彼らの怒りも遠く感じる。今の僕はそれどころではない。自分の辿り着いた想像に身震いしているのだ。その間に、ハルバートを失ったグレンデルが仲間のもとに戻っていった。

『なあ、あんたら』

 恐る恐る尋ねる。

『命乞いなら聞かぬぞ』

『あんたらは、守護龍と戦ったはずだよな』

 何のことを訊かれているのかわからないのか、グレンデル三機は黙りこくってしまった。

『だから、シルドとの戦争のとき、あの国を守ってた龍と戦ったはずだよな。その場に居たはずだよな!?』

『そんなことを訊いてどうする。『陛下』の武勇伝を知って戦意を喪失するだけだぞ』

 陛下、か。そうか、そういう事かよ。

 分かってしまった。どうしてこんな優れた兵器があるのに、赤印が付かなかったのか。

 最初は人間相手だからかと思っていた。神は、自然界のバランスが崩れるからと僕に化け物討伐を依頼した。だから僕は勝手に化け物というのは人間以外なんだろうな、と思いこんでいた。だから、人間の乗るグレンデルは対象外かなと。次は、近くに守護龍というもっと強大な力を持つ化け物がいたから、こいつらの反応が薄れたんじゃないかと。他には、まだグレンデルに乗ってないから、動いてないから反応しないのかとか。

 けど、違うのだ。地図は正しい。あれは化け物、もしくは化け物級の脅威となりうる力を持つ奴に反応する。つまり、つまりだ。

 それ以下には印が付かないんだ。

『どうした。さっきまでの威勢は』

 突然動かなくなった僕を、戦意喪失と見たのか、グレンデルたちが近寄ってきた。

 戦意喪失には違いない。こいつらに対して、戦う気が失せてきたと言うべきか。なんだろう。本当にもう。今回は最悪だ。

『諦めたのか?』

『・・・ああ、諦めたよ』

『くっくっく。そうか。だが遅かったな。お前の死は』

『お前らと戦うのは諦めた。フレゼルを引っ張り出す。・・・クシナダ』

 彼女の名を呼ぶ。返答は矢と共に。三本の、通常ではありえない威力と速度を持った矢が流星の如く飛来し、三機のグレンデルの頭を吹き飛ばした。突如視界を奪われた三機は慌てふためき手足をばたつかせ、弱点である外部の開閉ハッチを曝す。そこへ再び矢が放たれ、パイロット達は強制的に外の空気を吸う羽目になった。

「おとなしくそこから降りなさい」

 クシナダの声が空から落ちてきた。本人も、強襲型の肩の上に降り立つ。

「でないと、癇癪持ちの子どもが大暴れするわよ?」

 それ、僕のことじゃないだろうな? 疑惑の目を向けると、おどけたように目を大きく見開いたクシナダが「おお怖」と笑った。

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