第46話 マイキャラでエントリー

「で、これからどうするの?」

 パイロットたちを全員ふんじばった後、クシナダがそんな解りきったことを訊いてきた。

『さっきも言ったけど、フレゼル王を引っ張り出す。奴くらいしかまともに戦えるのがいないからな』

 こんなところまで古い英詩通りじゃなくていいのに。

『問題は、ミハルと戦ってないかってことだ』

「あら、彼女が心配?」

 まさか、と鼻で笑う。

『むしろ全て終わらせてるんじゃないかってことの方が心配だ』

 フルンティングの実力は未知数だが、ミハルの腕を考えればそうなっていてもおかしくない。

『そういう訳で、僕は彼女の方へ戻る。クシナダはホンドたちの方をお願い』

「分かったわ」

 先行して飛んでいくクシナダを見送る。ああ、このグレンデルにも飛行ユニットがついてれば面白いのに。ま、無い物ねだりしたって仕方ない。

『僕も戻るか』

 独りごちて、踏み出そうとしたその矢先。

『それには及ばん』

 街路に敷き詰められたレンガを踏み砕き、フレゼルの乗った機体『フルンティング』が目の前の家を飛び越えて、落ちてきた。シュルシュルと右手にワイヤーアンカーが戻っているのを見て、さっきのグレンデルと同じようにそれを使って飛んできたのだろう。他の連中が持ってた武装は全部持ってるってことか。

『貴様が探しているのは俺だろう?』

 コイツがここに来たってことは、ミハルはこいつと戦って死んだか?

『安心しろ、あの娘とは戦っておらん。部下たちに任せて、先に貴様の所に行くことにした』

 僕の考えを読んだかのようにフレゼルが言った。戦わずに部下に任せたってことは、それだけの腕前を持ったやつが残ってるってことか。あっちが当たりだったのか。

『貴様の考えは杞憂だ。あの娘の実力は見せてもらった。残してきた誰も敵うまい。見事なものだ。人の身でありながらあれほどの力を持とうとは』

『へえ、じゃあ、勝てそうな僕から叩きに来たってことかい?』

『それも、違う。あの娘は俺の相手にはなれない』

 奇妙なことを言った。相手にならない、じゃなくて、相手になれない。どういう意味だ?

『だが、貴様は違う。貴様は、俺と同類の匂いがする』

 剣を突きつけてくる。フルンティングの中にいるフレゼルが笑っている気がした。

『光栄だね。偉大なるフレゼル王と同類と言われるなんて』

『心にもないことを言うな。王なんぞに畏敬の念を払う様なタマじゃないだろう? 俺も、別段こんな肩書はいらん。この国ではやんごとなきとか偉大とか褒めそやされているが、俺ももともとはただの狩猟者だ。まだロネスネスが今の形を成してない頃、俺はこの地で、このフルンティングを見つけた。恐る恐る触ってみれば、自分の体の延長のように良く動く。しかも力は人間の何十倍もある。ためしにこの辺りで暴れてた巨大な猪に挑んだ。呆気なかったぞ。何十人もの狩猟者を屠ってきた化け物が、こいつの前ではウサギよりも簡単に狩れた』

 ぐぐ、ともう片方の手で拳を作る。

『その時から、戦いが楽しくて仕方なくなった。自分の力はどれほどのものか、何が出来るのか、こいつとどこまでいけるか試してみたくなった。もっと強い敵を求めて、各地を渡り歩いた。色んな化け物と戦った。この地を埋め尽くさんばかりのクモの大軍とも戦った。一匹一匹が人間よりでかくて、親はその何倍もでかかった。森の中にいたグレンデルに匹敵する巨大なヒヒの群れとも戦った。力だけではなく、罠まで張ってこっちを貶めようとしてきた。そういう生活をしていたら、いつのまにか、勝手にいろんな人間がついてきた。そいつらの目当ては俺が倒した化け物どもから希少な皮や牙を取って売ることだったようだ。別段必要ないからそのまま好きにさせていたら、いつの間にか俺は傭兵団の隊長になっていた。粗方化け物を狩りつくしたら、今度は人同士の戦いに参入することになった。人との戦いは、あまり面白いものではなかった。相手にならないからだ。糧を得る為だけに仕方なく戦っていたら、いつの間にか王になっていた』

 ロネスネスの誕生だ、とフレゼルは言った。

『部下共は領土拡大だ、千年王国の建設だと意気込んでいたが、正直俺は国とか政治とか、心底どうでもよかった。ただ強い相手と戦いたかっただけなのだ。部下たちが謀反を起こしたってよかった。これ以外に十四機のグレンデルを発掘したんだからな。だが、それもない。ならば各地に侵攻して俺の魂を揺さぶるほどの敵を発掘しようとした。だがその頃にはもう、敵となる奴がいなかった。退屈だった。本当に退屈だったのだ』

退屈しのぎに滅ぼされたとあっちゃ、シルドの連中もそこで串刺しになってる守護龍もたまらないだろうな。

『だが、今日は違う。戦うべき相手がいる。この時をずっと待っていたのだ』

 ぎち、ぎち、とフルンティングの両手両足の関節が軋む。力を蓄え、放たれる時を待っている。

『貴様はどうだ?』

 問いかけを返す前に、僕は荷物から地図を取り出した。さっきまでなかった赤印が生まれていた。僕の現在地の目の前だ。

 これで判明したことが二つ。

先ほどの僕の推測は大体あたっているということ。

 もう一つ。目の前のフルンティングは、僕が標的とする化け物級の強さを誇るということだ。そのことに口元を綻ばせつつ、僕は答えを返す。

『出会い方が違ったら、友人になれたかもしれないね』

 この答えで充分伝わっただろう。

『ははははは! そうかもな。最も理解しあえる相手が敵というのも皮肉な話だ。いや、敵だからこそ、か? ・・・・さて問答は、こんなもので良いだろう』


『行くぞ』


 足元の石畳を抉る強烈な踏込で、フルンティングは一直線にこちらに飛んできた。僕は持っていたハルバートを振るうことで迎え撃つ。タイミングを合わせて振るわれたハルバートは、フルンティングの頭部を直撃する筈だった。だが、直撃する前にフルンティングは宙に飛び上がった。足元をハルバートが通過する。そのままこっちの頭上を越え

『おお!』

 人の頭上辺りで逆さまになりながら剣を振ってきた。ハルバートをバーベル上げみたいに両手で頭上に掲げる。

 ガィン、と火花を散らしながら鋼と鋼が衝突。

『どぉっと!?』

 拮抗も一瞬、フルンティングが剣を押し切るように振りぬき、押し負けたこっちは体を前に弾かれてつんのめる。体勢の悪さと力の差がもろに出た。

 背後から音と気配が近づく。後ろを確認する暇はなく、勢いに逆らわず機体をそのまま前転させる。転がる真上を横薙ぎに振るわれた剣が通過した。

『これも躱すか!』

 楽しそうにフレゼルが叫んだ。そして追撃。今度は振り降ろし。いつの間にかこっちと同じハルバートを装備してやがる。一回転して足裏が地面に付いた瞬間右へ飛ぶ。ガリ、と左側から異音と振動が伝わってきた。見ると、左足のくるぶしから先が消えている。舌打ちしながら右足と両腕の三点を地面につけて踏ん張った。

『まだまだァ!』

 顔を上げた頃には、すでに目の前にフルンティングが詰めていた。とっさに右手のハルバートをアンダースローで投げつけた。直撃コースの穂先を、フルンティングは想定通りやすやすと弾く。別にかまわない。意識を一瞬そっちに持って行けさえすれば。こちらが相手に飛び込む隙が欲しかったのだ。ハルバートに続くようにしてフルンティングに肉薄する。懐に入り込み、剣を突きいれる。持ってたのがハルバートなら、防ぐのに間に合わないはず。相手は避けるか刺さるかの二択、になるはずだった。

 そこからフルンティングのとった行動に驚かされた。奴は剣の前に左腕を差し出したのだ。左腕を犠牲にして避ける気か、と思いきや、何も持ってなかったはずの左腕の甲部分が卓球台をセットしたように左右に開いた。

バックラーだ。胴体一直線に向かっていた剣先をそれで滑らせるようにして弾く。今度はこっちが隙だらけになった。がら空きの胴体に、フルンティングが体当たりを敢行、防ぐ手立ては何もなく、そのまま数十メートルほど吹き飛ばされ、レンガ造りの建物にぶつかってようやく止まった。計器類が赤く点滅し、内部の各所で小さな火花が飛び散る。モニターも半分は潰れ、残り半分も上から降り注いだ瓦礫によって塞がれている。何とか退けようとしても、どこか関節か配線が千切れたのか左腕の方がさっぱり動かない。

『部下に言っていたな。性能の差が戦力の決定的な差ではない、結局は人間の腕の差だと』

 逃げ惑う人々の悲鳴を押しのけるようにしてフレゼルの声が届く。

『では、腕が拮抗していたら、性能の差は決定的な差になるのではないか?』

 違いない。スポーツでも、実力が同程度なら後は戦略と道具が物を言う。シューズの重さが数グラム違うだけで、足にかかる負担が全く違う、なんてよく聞く話だ。

『貴様の腕は申し分ない。だが、それだけだ。性能で劣るその機体では俺に勝てない』

短い攻防の中でもわかる。フレゼルは腕が拮抗していると言ってくれたが、そんなことはない。機体性能だけじゃなくて、技量も上だってことが分かる。悔しいが、グレンデル同士の戦いでは僕は完敗だ。

『これで終わりか?』

 何かを期待するようにフレゼルは言った。言葉とは裏腹のことを待ち望んでいるのが丸わかりだ。まるで子どもの様に期待するものだから、こちらとしても応えなければならないな。

『この機体で勝てないのなら、自分の機体を使うしかないか』

 内側から思い切りコックピットを蹴り飛ばした。凹んでいた胸部装甲ごとコックピットの一角がはじけ飛ぶ。乗っていた瓦礫も一緒にどけられ、もうもうと埃が舞う中をゆっくりと這い出る。

『自分の機体? 貴様もグレンデルを持っているのか?』

「グレンデルじゃないけどな」

グレンデルはなかなか楽しいオモチャではあったが、少し物足りない所もあった。

 一つは、どうしても自分の感覚とグレンデルの動作にずれが生じるからだ。自分の意志にワンテンポ遅れて動作が開始するような感覚だ。オンラインの対戦格闘とかFPSをやってる感じだろうか。短期間の操縦訓練ではこのタイムラグを無くすまでには至らなかった。

 もう一つは、感覚がいまいち分からないということだ。物を掴む、地面を蹴る、そういうことを当たり前にしてきた人間がグレンデルに乗って同じことをしようとすると、かなりの違和感を覚える。もちろん操縦桿越しにも感覚は伝わってくる。だけどそれが自分のイメージする感覚とかけ離れていて、ちょっと気持ち悪いのだ。触覚が意外に大事だということが良くわかった。

だから、自分にとって最も得意な機体を使うしかない。反応がダイレクトで即伝わり、小さな空気の流れすら感じ取れるほどの鋭敏な感覚が違和感なくリンクできる、そんな機体。

「自分で言うのも何だけど、僕が一番、僕を上手く動かせるもんで」

 つまりはまあ、そう言う事だ。

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