第47話 人生最良の日

 すっかり手になじんだ呪いの剣を掴み、だらりと腕を下げて構える。

 フルンティングが突っ込んできた。両腕でハルバートを振り上げて、裂帛の気合と共に振り降ろされる。速く、鋭く、手加減なく、僕が生身であろうと関係ない一撃だ。

 空気が切り裂かれ、真空が生まれる。分かたれた大気が渦となり鎌鼬を生み出す。直接刃に触れなくてもズタズタにされる。下手に躱しても無駄だな。

 だから、迎え討つ。

「ああぁ!」

 斜め下から上へ剣を振り上げる。垂直に落ちてくるハルバートに対して斜め下から合わせる形だ。

 刃と刃が重なった瞬間、腕が内部で爆発したような衝撃が起こった。しかしその甲斐あって、まだ僕の胴体は真っ二つにもミンチにもなってない。剣を打ち合わせることで刃先の軌道は僕から逸らし、体に受けた衝撃はその場から飛びのくために使った。さすがに全ての勢いを受け流せることはないと考えた結果だが、ぶっつけ本番にしてはまあまあ上手く行っている。

「ぐっつっ」

 歯を食いしばりながら路面と水平に飛び、どこかの家屋の壁面に両足で着地する。

 次はこっちから攻める。側面をそのまま蹴って、一直線にフルンティングとの距離を詰める。フルンティングは振り降ろした体勢から一歩こちらに足を踏み出し、横薙ぎにハルバートを振るった。さっき僕が相手にしたことと全く同じ。タイミングを合わせて相手の頭をホームランだ。今の僕の脚力でもフルンティングを飛び越えるのは難しい。が、僕に合わせて振りぬかれるハルバートなら話は別だ。フルンティングの動きの真似をするように、今度はこっちが相手の刃を飛び越える。

 片足で着地、そのまま滑るように懐に飛び込んだ。こちらは振りかぶるだけの隙間があり、あちらには武器をねじ込む隙間は無い。狙うは胸部装甲の隙間。めがけて、突きを放つ。

 剣と胸部の間に巨大な鋼鉄の腕が割り込んだ。腕に仕込まれたギミックが作動して、バックラーを展開する。バックラーのイメージは普通の盾よりも小さいが、グレンデル用であれば僕の身長よりも直径が長い。完全に視界を覆われる形だ。だが

「そいつはさっき見たぞ」

 切っ先をバックラー自体に向ける。目標は二枚の金属が合わさってできたバックラーの境目。グレンデルに乗ってた時は分からなかったが僅かに隙間がある。そこへねじ込むように切っ先を刺す。僕の勝手なイメージだが、バックラーの用途は防ぐ以上に弾く方が大きい。さっきもそれで弾かれて隙だらけになった。なら、初めからバックラーを破壊することに注力すれば話が変わる。突き刺さりさえすればどうにでもできるはずだ。力ずくで押し込んで腕を破壊することも、それ自体を破壊することも。そして僕には、そのどちらも可能な力がある。

 体内をめぐる電気の流れを知覚し、剣を握る手に向かうように意識する。剣の刀身が中央あたりから青白く輝き始める。

『小賢しい真似を・・・離れろ!』

 危険を察知したか、右へ左へと腕を振りまわす。剣を捻じり、バックラーの裏手に剣先が引っ掛かるようにして振りほどかれるのをこらえる。下手な体感型アトラクションよりもスリルがある。文字通り命がけのスリルだ。

 フルンティングの振り上げた手が頂点に達する。僕の体はフルンティングの体高と腕の長さによって六メートルほどのところに来ていた。このまま叩きつけるつもりだろうが、そうはさせない。充電はばっちりだ。

 左手一本で剣の柄を持つ。体を逆エビのようにしならせ、反動をつける。そのままバレーのスパイクのように右手を柄頭に叩きつけた。金属を削り取りながら剣先がさらに奥へと食い込む。同時、右手に集めていた電気を解放する。解き放たれた電気は剣を伝ってフルンティングへと流れ込む。

 強襲型の飛び出る剣のギミックは内部のボタンを押せば飛び出たり引っ込んだりする仕掛けだ。結局のところ信号のやり取りだ。ならばそこに電圧の負荷をかければ破裂する。複雑であればあるほど、それらのつくりは繊細だからだ。

『がっ!』

 目論み通り、フルンティングの左腕から小さな爆発と煙が上がった。

 このまま畳み掛けられるか、腕から飛び降りて空中で一瞬思案した時、上段から拳が振り降ろされた。破壊したはずの左腕の方からだ。驚く間もない。反射的に剣を掲げ、間一髪で剣の腹で受けることには成功した。だが、空中という位置関係上踏ん張ることが出来ない。そのままななめ下に、今度は僕自身がバレーボールになったように背中から叩きつけられる。肺から息を全て吐き出しながら何度もバウンドし、先ほど踏み台にした家屋に激突する。悲鳴よりも先に血の混じったよだれが飛んだ。頭も打ったらしく、血が流れて顔に垂れてくる。

 なぜ破壊したはずの左から攻撃が来たか、顔の血をこすって拭い、目を凝らす。

凝らした目を、再びこする眼になった。

「腕が、治っている、のか?」

 破壊したはずの左腕が健在だった。ならあの爆発や煙は一体

 いや、違う。

 いまだに線香ように細い煙を上げている左腕がだらりと下がっている。破壊は成功していた。ただ、もう一本左腕があったのだ。

『驚いたぞ』

 フレゼルの声が震えた。驚愕と、歓喜の滲んだ声だ。

『初めてだ。傷を負ったことも初めてであれば、この隠し玉を使うことになったのも初めてだ』

 バキベキ、と右腕で垂れて邪魔になる左腕をむしり、『もう一本』の右腕でこちらに剣を向ける。

「四本腕、か」

『その通り』

 種が分かれば簡単だ。腕が二本しかないなどと誰が決めた。ここは化け物はびこるファンタジー世界だ。なんでもありだ。ミハルに偉そうなことは言えない。僕がいまだに元の世界の常識を引きずっている何より証拠だ。苦笑して、立ち上がる。武装が突然変わったのも、腕を切り替えただけに過ぎない。

『卑怯だと思うか?』

「は?」

 言われた意味がさっぱり分からない。

『疲れを知らぬ体、化け物すらも凌駕する力、そして四本の腕。戦う者誰しもが思うのではないか。自分より強い者に出会った時、そいつが自分より優れた武器を持っていたら。自分が負けたのは道具のせいだと。実力では負けていないと。俺も負けた時は良く思った。今思えば負け犬の遠吠えだが。そして、今は逆の立場にいる。誰よりも優れた道具を駆り、敵を追いつめて思うのだ。弱い者を虐げて思うのだ。奴らは死ぬ前に、俺のことを卑怯だと思っているのだろうか、と。どうして自分の敵がこれほど強い武器を持っているのかと理不尽を感じているのではないかと』

 その言葉に、僕は、

「は、はははははっあはははは!」

 大声で笑い返す。体中が痛くて苦しいのも気にならないほど愉快だからだ。

 なんということだ。この国で一番強い男が、そんな弱々しい、思春期の子どもの様な繊細な感情を抱いていたとは思いもよらなかった。人の目など何一つ考慮しない戦闘馬鹿かと思いきや、倒す相手にも、まあ結局は倒すんだろうが、そんな連中の心情にも心を馳せるような文学少年だったとは。これがおかしくなくてなんだというのか。

「王様、そういうあんたは、僕のことをどう思う?」

 出てきた涙を拭って僕は問い返した。

「普通の人間では死ぬような怪我もすぐ治る体。これまで戦った化け物から奪い取った、電撃を操る力。今のあんたは卑怯だと思うかい?」

 にい、と歯を剥く。

「運も実力のうち、とは僕の国の言葉だ。どれだけ弱くても勝ったやつが勝者で、強くても負けたやつが敗者だ。そいつの持つ全てが、才能とか、努力とか、武器とか仲間とか作戦とか、目に見えない運やそこに至るまでの経緯とか、もろもろをまるっとひっくるめてそいつの実力だ。そいつの歩んできた道、人生と言っても良い。それを卑怯、理不尽の言葉で片付けるほど、僕は賢くない」

 首をゴリゴリと回しながら、再び僕は構える。

「だから、あんたも、せいぜい死ぬまで僕のことは卑怯などとは思わないでくれよ?」

 そう言うと、今度はフレゼルが大笑した。逃げ惑う人たちが思わずギョッとして振り返るほどの大声でだ。

『貴様の名は、何という?』

「僕の?」

 そうだ、とフレゼルは肯定した。

 聞かれたのだから答えようと、いつものように下の名前だけ名乗ろうとして、止まる。

 これから命がけで正々堂々と戦う相手に、それは少し不誠実ではないかと、学んだ覚えのない武士道精神が顔を覗かせた。

「須佐野尊。化け物と戦うことが趣味な、ちょっとお茶目なキチガイだ」

『感謝するぞ、スサノタケル。敵としてここに現れてくれたことを。渇いていた俺の血を再び滾らせてくれたことを。・・・・今日は、俺にとって人生最良の日だ。最高の敵と戦い、この手で葬れるのだからな!』

 フルンティングが駆けた。三本の腕にそれぞれハルバート、剣、斧を持っている。まるで阿修羅だ。そして、阿修羅の如く戦えることも想像に難くない。

「お褒め頂き恐悦至極。・・・・褒美は、あんたの首で充分だ」

 こっちこそ感謝している。ようやく僕の目的が果たせるかもしれない敵と当たったのだから。

 路面を蹴って、一歩目を踏み出す。相対距離は瞬く間になくなり、ゼロとなった。

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