第104話 お前の物は俺の物

 全員がバラバラに、しかし同じところをめがけて突っ走る。最初はどうなることやらと思っていたが、これはこれで、リャンシィたちが言っていた通り面白いくらい噛みあっている。

 まず、上空に躍り出た龍や鳥たちが、一斉に『砲撃』を開始した。口から火炎を吐き出すのはもちろん、鎌鼬、真空刃を生じさたり、雷を落ちしたりと様々なバリエーションで、敵陣後方にいる遠距離部隊を襲った。これだけ派手な遠距離攻撃を持っていたら、銃くらいでは驚かないか。自分たちの方がよほど強力な火器を携帯しているのだから。

 しかもこれは、直撃で敵を倒した以外にも効果を生む。爆発音による動揺、音もなく味方が倒される不安、それらが副産物として生まれ、相手の布陣に亀裂を生んだ。

 亀裂をさらに広げようと切り込んでいったのが、四本足の俊敏性の高い獣たちだ。

 一番槍はリャンシィだった。木々のしなりをバネのように使って森の中を疾駆し、龍の火炎を受け、ポッカリと開いた空間に着地した。

「何だァ?!」「何が起こった!」「なんだコイツは!!」

 突然の乱入者に周囲の悪魔たちの動きが一瞬止まる。リャンシィはその場で回転した。牙が、爪が、強靭な後ろ足が悪魔をなぎ倒し、高速での回転によってその銀毛に触れただけで切り傷を負う。悪魔たちが怯み、一歩下がった。そこを狙いすましたかのように、リヴが飛び掛かり、将棋倒しのように悪魔たちを倒して道を作る。

 ようやく悪魔たちが目の前の獣人を脅威だと感じたところで、今度は陣の端辺りにいた悪魔たちが弾け飛んだ。

 獅子の頭を持つ獣人たちだ。おそらくダッツと呼ばれた男と、その仲間たちだろう。彼らは完全な獣化ではなく、人と獣のハイブリッドとも言うべき変身の仕方をしていた。手は強力な爪で引き裂くことも出来れば、相手を掴み、投げ飛ばすことも可能。ネコ科の俊敏性に人間の器用さが合わさった様な形だ。確か、移動するときは完全な獅子だったはずなのに。もしかしたら、自分の意志で戦いやすい形態になれるのか? 半獣化とも言うべき状態の彼らは相手に魔法やら銃やらを撃たれる前に潰して杭が撃ち込まれるように相手陣営に切り込んでいく。だが、あまり深く切り込み過ぎると

「囲め! 囲んで押し潰せ!」

 悪魔側の指揮官が指示を出す。彼らが切り崩し広げた陣の傷は徐々に塞がり、退路を断とうとしている。囲まれればさすがの彼らもそれで終わり。

 しかし、それを予期してかのように第二波が押し寄せる。熊や猪、大蛇、象など巨体を誇る連中の圧倒的な質量の暴力だ。悪魔たちの陣の傷口が再び開く。

「いやあ、凄いな」

 獅子連中と熊の間位にいるのだが、僕のやることがあんまりない。その前にこいつらが倒してしまうのだ。

 空の方では、クシナダが龍、鳥の巨体の間に浮かんでやることなさそうにしていた。彼女が狙いを定める前に、龍の火炎が着弾と同時に広範囲に広がり、獲物を倒してしまっている。たまに現れる、空を飛べる悪魔が龍たちを落としに来るのを、逆に射落としたりして終始援護に回っている。正直ここまでとは思わなかった。

 獣人たちは悪魔たちの陣を切り取るようにVの字型に突き進んだ。陣を切り裂き、そのまま撤退に持って行く肚だ。

 そんな時、前方を行く獅子の群れが止まった。調子よく進んでいた獅子が数人地面に転がされ、一人が僕の方に投げられ飛んできた。迫ってきた背中を何とか受け止める。

「無事かい?」

 声をかける。返答はないが、意識はあるようだ。胸から脇腹に一本の切り傷が入り、そこから血が流れている。出血が多い。後ろから追いつきつつあった熊に預け、僕は獅子たちの方へと向かう。

「ずいぶんと後ろが騒がしいと思ったら、やってくれるじゃないの」

 楽しげな男の声だ。その場にいた悪魔たちは獅子に跳ね飛ばされ、その獅子も男に跳ね飛ばされたからか、小さな円状の空きがある。男がいるのはその中心部だ。なんとなくイリーガルな地下闘技場っぽい。賭け金を持った連中が取り囲む中、一対一で素手で殴り合うアレだ。

 佇む男は、西洋美術の博物館とかに飾ってある様な、前進を覆い隠す甲冑を着込んでいる。それも真っ黒な。翼は無いが、代わりに周りにいる悪魔よりも一回りも二回りもでかい。それでも獅子たちよりは幾分小さいのだが、与えてくるプレッシャーが比ではない。これは『当たり』じゃないか? さぞ名のある将軍かなと考えていたら、誰かが「アモン様」と呼んだ。

 アモン、と言えば高位の悪魔の名前だったはずだ。確かソロモン王の物語に出てくる七十二の悪魔の一柱で侯爵、だったっけ? 後、RPGでは主人公として大活躍していた。

「ホラ、お前ら。ぼさっとしてないで前線を援護しに行け。負傷者には手を貸してやれよ? ここは俺に任せろ」

 アモンが指示すると、周りの悪魔たちは素直に従う、というよりは、急いでその場を離れたがったように見えた。

 そんなアモンを敵とみなした龍の一人が、奴に対して火炎を放った。巨大な火の玉が衝突する、その直前。


 スパンッ


 軽い音共に火炎は二つに分かたれた。隙間から黒い影、アモンが飛び出した。二つに分かれた火炎は別々の場所に着弾し、爆発。爆風に煽られて少し体勢を崩したものの、危なげなくアモンは着地した。

「とと、あぶねえな」

 口ほどには焦りを感じない。多くの悪魔を屠ってきた龍の火炎を易々と切り裂いたのだ。

 アモンの着地地点に肉薄する者がいた。無事だった獅子の一人だ。着地した瞬間を狙っていたのだろう。爆風が起こした粉塵にまぎれて、アモンの背後から強襲する。鋭い爪が甲冑を貫くと思われた瞬間、獅子の動きがびくりと止まった。全力で振り降ろした腕をアモンは片手で防ぎ、余った片腕の肘を脇腹にめり込ませているのだ。肘を叩き込まれている獅子の脇腹の反対側から鋭く尖った刃が貫通し、突き抜けている。切っ先からは血が滴っていた。

 刃が縮むと同時に、アモンは相手から肘を離した。そこにはあの長い刃は見当たらない。伸縮自在ってことか。さっき僕に向かって飛んできた獅子にも深い切り傷があった。あれでやられたことに間違いはなさそうだ。

 アモンは攻撃を防いだ方の手で獅子の腕を掴み、自分よりでかい相手を軽々と振り回し、投げた。とんだ先は先ほど奴に火炎を放った龍だ。想定外のスピードと事態に、龍は仲間を受け止めるかそれとも躱すかで迷ってしまい、結局中途半端な体制のまま衝突。獅子と龍は揃って落ちていく。この短時間でとんでもない暴れっぷりだ。悪魔たちがいそいそとこの場から離れていった理由が分かった。自分たちがいたら巻き添えを食うかもしれないからだ。

「何だ、お前ら。まさか、獣人か?」

 アモンが驚いたように言った。こっちとしては今気づくことか? と言いたい。相手が何者か知らないで戦っていたようだ。

「何だよ。獣人って絶滅したんじゃなかったのか? それが生き延びてて、何で天使共の肩をもってんだ?」

 無警戒に接近してくるアモンに、獣人たちは警戒をさらに高めた。彼らも感じ取っているのだ。奴はさっきまで相手をしていた悪魔とは格が違うことに。

「おい、質問してんだから、誰か答えろよ。俺は悠長に答えを待つほど、気の長い方じゃねえぞ?」

 また一歩、また一歩とアモンが近づく。代わりに、アモンを取り囲む獣人たちの半円が下がり気味になってきていた。

「質問に答えても良いけど、代わりに僕の質問にも答えてくれるかい?」

 その円の縁から外れて、ぽつんと取り残された僕はそう言った。

「何だテメエ。獣人じゃ、ねえな。けど」

 アモンのフルフェイスの甲冑の奥が、赤く輝いた。

「俺たちに近い・・・。おいおい、まさか、そうなのか?」

 アモンが笑ったように感じた。僕はこいつとは面識はない。はずだ。お初にお目にかかる奴は、なぜか久しぶりにあった旧友にするようにこっちに向かって手を振った。

「懐かしい気配だと思ったんだよ。お前、レヴィアタンの眷属か」

 なんのこっちゃ? レヴィアタンと言えば、これまた高位の悪魔だ。全世界発行部数ナンバーワンの書籍にもご登場の。あっちは悪魔同士だから何らかのつながりがあってもおかしくない。が、僕には何のつながりもない。・・・もし考えられるとしたら、僕にかかってる呪いのことだけど。

「申し訳ないけど、僕はあんたのことも、そのレヴィアタンとやらのことも知らないんだけどね」

「まあ、そうだろうな。俺はお前と逢うのは初めてだし、レヴィアタンも何千年も前に、それこそ俺たちがまだこの世界にいたころにくたばってる。知り合いだと言ってたらお前、悪魔以上の嘘吐きになるところだぜ?」

 ケタケタとアモンは笑った。

「眷属って言ったのはアレだ。物の例えってやつだ。レヴィアタンの力の一部が、お前に流れているんでね」

 やはり、呪いの方か。

「それ以外にも色々と混ざってんな。お前、どんだけの敵を喰い滅ぼしてきた?」

 しかも、剣の効力のことも知っている。この話だけで色々と推測が出来てしまうな。

「その辺のところ、色々と教えてほしいんだけど」

「お、それがお前の質問か?」

「いや、これは今思いついた。最初に聞こうと思ってたのは、天使と悪魔について。これはあんたが欲する情報にも関係すると思う」

 ほう、とアモンが顎に手を当てた。

「なるほど、欲しい情報を互いに交換する訳か。ただ、レヴィアタンの力を受け継いだものにしては、ちと、欲がないな」

「というと?」

 答えはなんとなく分かっているが、あえて聞き返した。

「悪魔はな、強欲なんだよ。だからお前を生け捕りにして、俺の欲しい情報だけを全部聞き出すってことさ」

 ジャイアニズム精神か。わかりやすくて良いね。僕は後ろにいた獣人たちに先に行け、と合図を出してから、アモンに勝負をもちかける。

「では、勝った方の総取りってことでいいかな?」

「面白い。乗った」

 互いの剣が交錯し、互いの意地が激突するまで、あとわずか。

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