第103話 ラッパは高らかに鳴り響く

 空は馬鹿みたいに晴れ渡っていて、雲一つない青空がどこまでも広がっていた。これからここで起こることを考えれば、天気はTPOを弁えてないようだ。

 僕たちは今、村から北西方向へ進んでいた。前にリャンシィに連れて行ってもらった施設を越えて、更に北へ向かう。

「止まれ!」

 先頭を行くリャンシィが行軍をストップさせた。見れば、前にはルシフルが待機していた。

「ルシフル殿。要請に応じ、我らバベルの民総勢二百三十二名、天使軍を援護するため馳せ参じた」

「援軍、本当に感謝している。では、早速最終確認を行おう」

 ルシフルが再び、地図を投影させた。

「昨晩も伝えたように、我々が今布陣しているのはここ。この場から北東に向かった先に本陣がある。そして北西には悪魔たちが布陣していることを確認した。間もなく合図のラッパが鳴る。昨日伝えた通り、このまま西へ進み、奴らの背後を取るような形で攻めてもらいたい。すでに悪魔どもの偵察・奇襲部隊が動いているので、見つからないようにして、背後に回ってくれ。あくまでそなたたちは奇襲部隊であり、相手をかく乱するのが大きな役目だ。下手に交戦すれば、そなたたちの存在がばれ、奇襲の成功率が下がる。同時に、そなたたちの危険度も上がる」

「分かっているよ。上手くやるさ。もう少し俺たちを信用してくれ。色々と思う所はあるが、やるからには、俺たちは全力を尽くす。自分たちの住処を守る為でもあるからな」

「そうだな。すまない。・・・よろしく頼んだぞ」

 私は自分の持ち場に戻る、そう言って飛んで帰った。見送ってから、リャンシィは再び進軍の指示を出す。


 数分後、高らかなラッパの音が空の彼方へと突き抜ける。あれが戦争開始の合図か。ずいぶんと朗らかだね。ラッパの音で開戦だなんて。名作アニメ映画のワンシーンで、ハトがトランペットの音と共に空を舞う場面を思い出した。

 だが、そんな和やかな空気は前方に存在した小山と一緒に消え去った。

 突如閃光が瞬き、轟音と衝撃の余波が暴風となって僕らの体を打つ。ハトが飛べる状況じゃない。代わりに粉塵舞う空間に飛び交うのは砲弾と怒号、そして悲鳴だ。ラッパとのギャップがひどすぎる。

 煙が晴れたそこにすでに山は無く、代わりに大きくえぐれて土が露出した大地があった。それを背景に、白と黒の点が激しくぶつかり合っている。天使と、悪魔か。まるでオセロのようにくるくると色が入れ替わる。ただし、一度裏返った者は二度と復帰することはできない。

「始まったな」

 獣人部隊は止めていた歩みを進めた。動揺は見られない。こんな大規模な戦闘なんてこれまでなかっただろうに。昨日の銃の試射でもそうだが、こいつらはこの程度では怯まないようだ。それだけ戦いになれてるってことなのか、それとも・・・。

 悪魔の姿の種類は、天使に比べて種類が多いように感じた。天使たちは大体同じような姿と格好だ。白い鎧を纏い、ルシフルみたいに三対もあるやつは見当たらないが一対の白い羽根を持っている。大きな違いは持っている武器の種類くらいか。

 悪魔側は、天使の色違いみたいな奴から、鳥の代わりに蝙蝠の翼を持っている者、翼は無いが代わりにねじくれた角を持つ者、果ては人型ではない者も多数いる。どちらかというと変身する獣人寄りだ。

 戦場を北西から北東方向に臨むまで移動した。悪魔陣営からすれば、右手後方あたりに僕たちは布陣する。

「この辺でいいだろう。皆、変身だ」

 戦隊モノのヒーローからしか聞いたことのないセリフに、思わず少し反応してしまった。リャンシィの言葉に応じて、その場にいた獣人全員が変身を始めた。昨日リヴが姿を変えるのを事前に見てはいたが、これだけ揃っていて、同時に変身しているのはなかなか迫力がある。

 質量と保存の法則を完全に無視して、人型だった頃の二倍から三倍は膨れ上がる。特に驚いたのは龍族だ。両翼と尻尾を含むと十メートルは軽い。そんなでかい連中が、この場に十数頭ひしめき合っている。他にも、獅子、狐、大蛇、グリフォン、ユニコーンと、見たことのある動物から空想上の幻獣を模したような連中が勢揃いだ。ちょっとドキドキしている。

 人型が僕とクシナダしかいなくなった場所に、美しい銀毛の狼が全員の前に進み出た。リャンシィだ。隣にはリヴが同じ姿で寄り添っている。完全に姿は狼だが、変身前の面影が感じられた。狼だけど、どこか人間っぽさが残っているのだ。

「準備は良いか?」

 彼の声に、全員が頷く。

「無茶はするな。危ないと思ったら逃げてくれ。他人の喧嘩で死にたくないだろう?」

 はは、と少しだけ笑いが起こった。その中で、僕は首を傾げていた。全員でここまで行軍してきたから、そのまま全員で突っ込むのかと思いきや、彼の言い分は、まるでここからは全員が個別に行動するような言い草だ。集団で連携を取ったりしないのか? そう思っていたら、狼の金色の目が僕たちを見据えた。

「タケル、それに、クシナダ。お前たちも好きに動いてもらって構わない」

「それはそれでいいんだけど。そうさせてもらうけど。あんたらって全員が一つの部隊として動くんじゃないの?」

「そんなわけないじゃない」

 隣のリヴが馬鹿にしたように言った。

「この姿を見てみてよ。全員バラバラでしょ? 進む速さも戦い方も違うし、空飛んだり大地駆けたり様々な種族がいるのよ? 合わせろって方が無理よ。同族では集まって固まるけど」

 そういう事か。確かに、一緒に動くと互いの利点を消し合ってしまう。

「だから昨日も、自分たちがすることを伝えあっただけ。仲間の位置を最低限把握して、同士討ちだけに気をつければ問題ないわよ」

 作戦も何もあった物じゃない。僕が呆れていると思ったのか、リャンシィは苦笑して、獣人たちを擁護する。

「いや、作戦を立てたりしたことも以前はあったんだ。けど、上手く行かなかった。全員我が強くてね。自分に合わせてもらいたがったのさ。試行錯誤した結果、それぞれが勝手にやった方が上手く行くってことになって、それ以降は大まかな動きを全員で合わせたら、それに沿うように戦うだけになった」

 理詰めよりも、本能、感覚的に動いた方が効果的ってことか。野生爆発だね。噛みあうなら別にいい。文句があるわけでもない。どうせ僕も好きにするし。

「分かった。僕らも好きに動かせてもらうよ」

「ああ。撤退した時の場所は分かってるな?」

 頷く。あの施設だ。はぐれた場合はあそこに集合すると決めていた。

「クシナダ、死ぬなよ」

 リャンシィが僕から彼女に視線を移した。

「ええ、リャンシィ、あなたもね。ご武運を」

 クシナダが微笑みながらそう言うと、凛々しい狼の相貌がクシャッと歪んだ。照れているらしい。その後ろでもう一匹の狼が面白くなさそうに自分の尻尾を噛んでいた。つうか、こいつ来たのか。あの言い草から、てっきり来ないもんだと思っていた。

「何よ。私がいて、何か文句ある? リャンシィだけじゃ不安だからついてきてやったのよ!」

 リヴが苛ついたように吠えた。文句なんか特にない、が、ふと悪戯心が芽生えてしまった。彼女に近付き、耳元に口を寄せた。一応聞かれないよう配慮だ。

「ねえ、あんたって、リャンシィが好きなの?」

「ぶふぉ!」

 ほう、狼もむせるのか。ゲホゲホと咳き込むリヴに、更に続ける。

「好きなら、噛みつくばかりじゃなくて、もっと甘えて見たらどう?」

 奴が妹属性を持っているかどうかは賭けになるが。

 だが、こいつも見た目はなかなかの美人だ。少し性格はきつそうだが、仲間の為を思って発言したりするところをみると、性根も優しい。キャンキャン噛みつくのも、嫉妬から来てると思えば、なかなか可愛らしいんじゃないか。

「ゴフッ、な、ゴホッ、なに、を!」

「僕が言うのもなんだが、クシナダは非常に良い女だ。リャンシィが惹かれるのも無理はない。指加えて黙って見てても良いけど、それが面白くないんなら、もっと兄ちゃんに積極的にアプローチするんだな」

 言うだけ言った。パクパクと喘ぐリヴに背を向けて、噛みつかれる前に退散する。振り返った先では件のリャンシィと、クシナダがこっちを見ていた。

「リヴがどうかしたか?」

 首を傾げる彼に両肩を竦めて「何も」と答え、プライド高そうな妹狼の尊厳を守っておく。リャンシィの後ろのクシナダは、何とも言えない、複雑な表情をして僕を見ている。喜んでいいのか、悩んでいいのか、そんな感じだ。

「どうした?」

「んん。別に」

 彼女らしくない、歯切れの悪い返事だ。

「何だよ。言いたいことがあるなら今のうちだ。戦いが始まると、ちょっとの間、相手はできないぞ?」

「んー・・・、後で聞くわ。急ぎじゃないし」

 そうか? 彼女がそう言うなら、僕も無理には聞き出さない。

「では、行くぞ!」

 リャンシィの遠吠えが轟く。呼応するように鳥、龍族が飛び立り、獅子や狼が大地を蹴った。

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