第147話 火を吐くトカゲの対処マニュアル

 何人もの狩猟者がトカゲを取り囲み、挑みかかっていた。トカゲの前を数人が囮となって挑発する。囮に気を取られている間に横合いから槍や斧で切りかかっていた。鱗と刃が激突するたびに火打石で撃ったような火花が散った。鬱陶しそうにトカゲが体を振り回す。狩猟者たちの盾がギャリギャリ嫌な音を立てて削れていく。鱗は刃を跳ね返す硬度を持つだけではなく、ヤスリのようになっていて触れる物をずたずたにしてしまう攻防一体の優れものだ。そして、包囲網の崩れたところにトカゲの牙や尻尾、炎のブレスを吐きかけてくる。聞いてた通り、トカゲのブレスはただの炎じゃない。炎を防いだ狩猟者の盾が燃えている。トカゲが再びブレスを吐き散らす。炎よりも先に、何か粘性のある液体が飛んでいる。その液体が付着した箇所が激しく燃えているようだ。可燃性の液体、石油とかガソリンみたいな物かもしれない。後はニトログリセリンみたいに強い刺激で爆発するのか、リンみたいに低い温度でも発火するのか。

 鱗のせいで攻撃は通らず近づくことも出来ず、相手の炎は防ぐのが難しい。中々の難敵だ。攻めあぐねている狩猟者たちの疲労は濃い。努力の効果が見られないと、人は疲労を感じやすい。疲労は精神にも影響を及ぼし、心を折りにかかる。そして、一人の心が折れれば周りの二人、三人と次々と連鎖的に折れていき、戦線は崩壊する。

 だが、ここには戦線崩壊に歯止めをきかせ、折れそうな狩猟者達の心を支える者がいた。

「ギャアアアアアアッ!」

 トカゲが突然甲高い奇声を上げた。左の前足が半ばまで千切れ、おびただしい血を流している。反対に狩猟者たちからは賞賛と感嘆の声が上がった。

 痛みにもだえるトカゲが、自分を傷つけた者に向かって腕を振り下ろす。鋭い鉤爪はしかし空を切り、代わりに指の何本かが飛ばされた。再びトカゲが悲鳴を上げる。

 全身鎧に身を包んだウルスラが、トカゲの前に立ちふさがった。持っていた剣を振り、トカゲの血を飛ばす。トカゲが動くその瞬間、体に引っ張られて鱗と鱗の間に僅かな隙間が出来る。そこに斬撃を加えたのだ。サソリの節よりも小さな隙間を見切り剣を差し込む、恐ろしいまでの動体視力と技の冴えだ。

「臆するな!」

 ウルスラは声を張り上げた。

「トカゲの鱗は硬い。だが、必ず隙はある。必ず倒せる! 私に続け!」

 狩猟者たちが息を吹き返した。相手も無敵ではない、傷つき、血を流す。頭ではわかっていても、実際に効果が出ているのをその目で見るのと見ないのとでは気分が大違いだ。ウルスラの攻撃はトカゲに傷を追わせるだけではなく、狩猟者たちの戦意を回復させる効果があった。

 雄叫びを上げ、狩猟者たちがいっせいに飛び掛る。弾かれても弾かれても、何度も同じ箇所へと武器を振るう。やがて亀裂が入り、鱗は砕け、その下の肉へと刃は到達する。引き抜くと同時に、血が噴出し、トカゲから絶叫を引き出した。

 だが、トカゲの生命力は体の数箇所に穴が開いたくらいではまだ止まらない。体に槍が刺さったまま体を揺すり、持ち主ごと振り回す。怪我を負ったことでさらに激しく暴れだした。手負いの獣は危険だ。怒りや憎しみ以上に、生存本能は強烈だからだ。目の前百二十度をブレスでなぎ払い、後方はやたら滅多ら尻尾を振り回す。唯一攻撃できていた側面も、前足後ろ足をたくみに使って体当たりを繰り出す。迫る壁に狩猟者は押しつぶされるか跳ね飛ばされるかの二択を強いられた。

「下がれ! 距離をとるんだ!」

 ウルスラは自身を囮にしながら、他の狩猟者たちに負傷した者たちに救助を指示する。そんな彼女へ、トカゲが狙いを定める。負傷しているとは思えない、今まで以上の速度で彼女に突進した。

「くっ」

 躱すかと思いきや、彼女はその場で防御体制をとった。背後にはまだ倒れたままの狩猟者がいる。そいつを庇おうというのだろうが、傍目から見たら象とアリだ。

「流石にそいつは、無謀ってもんだろ」

 ようやく射程圏内にまで近づけた。

 手の中の剣を変化させる。天使戦で使った鎖でつながった二振りの曲刀。左足を横向きにして大きく踏み込み、刀の一本を右手で持ってテイクバックする。右足が地面を蹴った。そこで生まれた力と勢いが腰に伝わる。そのとき僕の体は深く沈みこみ振りかぶった腕は地面と平行になる。脳内イメージはシンカーを得意とした球界屈指のアンダースロー投手の動きだ。足、腰、肩と伝わってきた力が腕を伝っていく。ベストタイミングでリリース。回転しながら飛翔する刀は狙い通りトカゲの右後ろ足に巻き付いた。トカゲの左足が地面を離れるのを見計らって、投げた時に前に出た右足で踏ん張り、全力で引く。後ろの両足が地面から離れたトカゲは、前足の一本では慣性と自重を支えきれず、つんのめるようにして倒れた。

 チャンスだ。倒れたトカゲに向かって走る。体勢を立て直そうとするトカゲに飛び乗る。こんな時はざらざらの鱗は踏ん張りが利くから簡単だ。剣を元に戻し、頭へ。

「よう」

 鼻先につかまってぶら下がる。トカゲのつぶらな、といっても僕の掌よりも一回りはでかいのだけど、目と目が合う。

「馬鹿! 炎が来るぞ!」

 言ったのはウルスラだろうか。そんなことはわかってる。果たして彼女の言うとおり、トカゲは目の前のうっとおしい人間を排除しようと大きく口を開けた。

「そいつを待ってた」

 すかさず口の中に剣を付き込む。そして、足をトカゲの下顎に引っ掛けて、力尽くで口を閉じさせた。見た目はトカゲがタバコを咥えているような感じだ。

 タバコをくわえた先輩に火をつけたライターを差し出す、気の利く下っ端の気分で、剣先から火の力を解放する。いくら外側が硬くても、内側はどうかな?

「一服どうぞ」

 ぶく、とトカゲの頬や喉元が一瞬ふくらみ

 ドボムッ!

 景気良く頭が破裂した。脳みそや肉片を撒き散らしながら、トカゲがどうと倒れる。僕も爆発の余波を受けて吹っ飛んだ。地面に激突するか、と思いきや、誰かに受け止められた。

「大丈夫?」

 ウルスラの声だ。肩越しに振り返ると、フルフェイスの兜が目の前にあった。バイザーの隙間から彼女の目が見える。

「ああ、助かったよ」

 彼女の手を離れ、自分の足で立つ。派手に吹っ飛んだが、問題なさそうだ。

「それを言うのはこちらの方だ。ありがとう。しかし、無茶したな」

「そっちこそ。あの巨体の突進を止めるつもりだったのか?」

「それを言われると、立つ瀬が無い。体が勝手に動いてしまったのよ」

「癖なら、直した方がいいな。いくらあんたが凄腕でも、それじゃ命がいくつあっても足りないだろう」

「クルサにもよく叱られる。私はもう、簡単には死ねない立場だとね。死ねば、戦力だけではなく全体の士気に関わるって。わかってはいるんだけどねえ」

 困ったように彼女は笑った。馬鹿は死ななきゃ直らないってのは、こういうことなのだろう。まあ、いいさ。彼女がくたばろうが無駄死にしようが、僕には関係ない。

「とりあえず、これで左翼は大方片付いたって事でいいのか?」

 サソリはまだ残っているが、クシナダがいれば敵ではないだろう。殲滅も時間の問題だ。

「そうね。ここはもう大丈夫だと思うわ。けど、主戦場である中央は、まだトカゲやカエルがちらほらいて苦戦しているみたい。戦況を打開しないと」

「後ろから強襲するんだよな。じゃあ、行くか」

「今爆発に巻き込まれたところなのに? 大丈夫なの?」

「もちろん。僕の体が動くということは、僕はまだ戦えるということなんだよ」

 一瞬呆気に取られたように固まるウルスラだが、すぐに肩を揺らして笑った。

「わかったわ。頼りにさせてもらう」

 そして、彼女は倒れたトカゲによじ登った。

「皆、聞いてくれ!」

 彼女の声に応えて狩猟者たちが集まった。数は、だいたい百人前後か。クシナダも、いつの間にか僕の後ろに現れていた。彼女がここにいるってことは、ほとんど駆逐されたって事だろう。

「私はこれから中央へ応援に向かう。余力のある者は共に来てくれ。怪我人は無理せず、この場に留まるんだ。先ほど使いの者を守備隊に送った。まもなく助けが来るはずだ。そのまま街に戻り、傷を癒してほしい」

 くれとかほしいとかお願い口調だが、反論を許さない迫力があった。言い争う時間も惜しいからだろう。荒くれ者の狩猟者たちも、彼女の話に一切口を挟まない。異論は無いようだ。それだけウルスラはあの街で信頼を勝ち得ているということだろう。

「では、行くぞ!」

 ウルスラの掛け声に狩猟者たちが応える。彼女を先頭にした狩猟者の塊は、作戦通り中央の化け物どもの背後から襲い掛かった。

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